27. レンが残したもの
その話を聞くやいなや、私は変態野郎の後頭部を強く叩いた。
頭ではなく下半身で考えるタイプで助かった。理性的な人間だったら、今よりもっと捕まえにくかっただろう。
彼を連れて外に出た。
「パトロールだけのつもりだったのに、初日から手柄を立てちゃいましたね。この人、車に入れておいて、それからカフェに行きましょう。」
「じゃあ、あの人は誰が見張るんですか?」
「身元も特定されたことだし、分別があるなら車の中でじっとしているでしょう。それにホムラの犬もいるし…変態野郎、逃げる気?」
「あ、いや、僕がどうして逃げたりしますか。へへ。」
「見ました?もし逃げたら、今度こそ本当に死にますよ。」
目の前に拳を突きつけて脅されれば、誰も「はい」とは言えないだろう。
それにしても、たとえそれがなくても、すでに身元が特定されている以上、再び捕まえるのは簡単だった。
我々が犯人を見つけるのに苦労したのは、彼の能力が優れていたからではなかったからだ。
本当に犯罪者になる気がないなら、ここで逃げようとは思わないだろう。
いずれにせよ、まずは彼を連れて車のある場所へ行くことにした。
「今度新しいコラボがあるらしいから、食べに行かなきゃ。」
「甘いものもほどほどにした方がいいわよ。あんた、そのうち糖尿病になって病院に運ばれるわよ。」
「まだ若いから大丈夫。それに覚醒したら病気とかあんまりかからないって知らないの?それより、私、いくら食べても体重が増えないからすごくいいのよ。覚醒したら太る心配なく好きなものを自由に食べられるなんて…多分、これは世の中の全ての女性が羨む能力ね。ユウマさんはどんな食べ物が好きですか?」
「私はお肉が……」
犯人を連れて駐車場に向かう途中。
ふと見慣れた人物の姿が見えた。
「先に車に行っててください。」
似たような人はいくらでもいるかもしれないが。
私の直感が、あの人はアヤノさんだと叫んでいる。
「どこへ行くんですか?」
私を慌てて呼ぶ声を背に、私は魅せられたように彼女が消えた路地裏を辿って入っていった。
左に曲がり、また右に、迷路のように入り組んだ路地裏で、何度方向を変えたことだろう。ぼんやりとした残像だけを追っていた私は、行き止まりの壁の前で足を止めた。
息を整えながら周囲を見回したが、どこにもアヤノの姿は見えない。
逃したのか?
最初から私が人違いをしたのかもしれない。
いなくなったはずのアヤノが、なぜここに現れるだろうか。
私が人違いをしたのだと自責の念に駆られ、踵を返して戻ろうとした瞬間、どこからか微かな人の声が聞こえてきた。
私は息遣いさえも殺し、その場所へと慎重に近づいた。
「本当に、本当にこれさえあれば僕も覚醒できるんですか?」
そこには三人の男と一人の女がいた。
とにかく、気づかれないように身を隠し、隙間から状況を伺うことにした。
「もちろんだよ、坊や。騙されてばかり生きてきたのかい?」
「あ、いや。そうじゃなくて、覚醒ってこんなに簡単にできるものなのかと思って。」
「簡単だって?俺たちだって苦労して手に入れたんだぜ。」
今の状況がどうなっているのか、私にはよく理解できないが、もし私が理解したことが正しければ、今、非覚醒者の男性が覚醒するためにこの場にいるということになる。
非覚醒者を覚醒者に変える何らかの方法があるというのか…?
もしそんな方法があったなら、日本政府が黙っているはずがないだろうに…とりあえず状況をもう少し見守ることにした。
「でも、どうして僕みたいな奴にこんなチャンスをくださるのか……」
「日本に覚醒者が増えれば、先日あったような惨事が再び起こっても大丈夫だろう?俺たちはそんな情熱があるのに、力がなくて残念な人たちを…いや、嫌なら返せよ。俺たちが良いことしてまで嫌なことを聞かされる必要あるか?」
手に握っているものを奪われたくないのか、懐に隠す男。
「俺たち暇な人間じゃないんだ。」
「違います。緊張して。」
その言葉を最後に、決心がついたのか。
手に握ったものを口に運び、私に聞こえるほど大きくゴクリと飲み込んだ。
「!!」
彼が何かを飲み込むと、以前にも感じたことがあるような気が彼を包み込んだ。
これは…間違いなくマサヒロ隊長がエキスを飲んだ時と似たような気配だった。
あの時と比べれば限りなく弱かったが、私はあれがエキスから出る気配だと確信した。
「ほら、受け取れ。」
気配が消える前に、女が本を一冊手渡す。
すると、狭い路地で突然の突風が吹いた。
エキスを飲み込んだ男から発生した風だった。
私は男が本当に覚醒したことを感じた。
彼は信じられないというように自分の両手を見つめ、すぐに腰をかがめてしきりに感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
「サナギから蝶になったことを祝う。俺たちには次の約束があるから、もう行くぞ。」
サングラスをかけた男は、面倒くさそうに手を振って男を追い払った。
慌てて。
その男が私のいる場所を通り過ぎる瞬間、私たちは互いの目を見合わせた。
短い時間だったが、彼の顔からは隠しきれない歓喜が感じられた。
彼が消え去るのは一瞬だった。
「そこに隠れているネズミ野郎。出てこい。」
サングラスをかけた男が私が隠れている場所を見て言った。
周りに私以外の人がもっといたらよかったのだが、あれは私に向けて言っているのだろう。
「出てこないなら……」
彼が建物の壁に手を当てると、その建物は地震でも起きたかのように揺れた。
ゴオオオン。
覚醒者だ。
ここで最悪なのは、三人全員が覚醒者であること。
一人で飛び出してきたのは無謀な選択だったのかもしれない。
そうなる気配を感じたら、後ろも振り向かずに逃げようと心に決めた。
私は敵対する意思がないことを示すように両手を天に掲げ、姿を見せた。
「お久しぶりです。」
こうしてきちんと見ればわかる。
アヤノさんで間違いない。
「こんにちは。」
「知り合い?」
「ええ。友達です。」
一度話しただけなのに…私たちは友達だったのか?
それはちょっと違うと言い出すには、雰囲気が良くないので黙っていることにした。
そういう人もいるだろう…私もこれから彼女に合わせて友達の基準を下げればいいことだ。
「ところで、私をこっそりつけてきたのですか?」
友達なのに?
友達にこんな困った質問をしてもいいのだろうか。
私は少し考えてから答えた。
「近くで仕事を処理して帰る途中、怪しい人たちが見えたので。」
私の言葉に、建物に地震を起こした男がサングラスを少し下げて言った。
「俺たちのことか?」
真珠のような色の瞳。
どこを見ているのか焦点が定まらない。
感情のない冷たい目を見ているようだった。
「…ところがアヤノさんのご友人の方々でしたか。」
「私のために尽くしてくださる、ありがたい方々です。」
評議会から東京へ帰る途中で行方不明になったと聞いた。
アヤノの遺体が見つからなかったため、当時は護衛を突破して誰かが連れ去ったと推測されていたが、今見る限りでは強制的に拉致されたわけではないようだ。
危険だ。
なぜ彼女が彼らと行動を共にしているのかわからないが。
話を聞く限りでは、隣にいる二人が犯人である可能性が高い。
だが、今の状況を見るに、それは私にとって都合のいいことではないのは確かだった。
「あの野郎が、そいつが言っていた人間か?」
誰のことを言っているのだろう?
私を知っている人に、私に関する話を聞いたかのように話しているが。
それが隣にいるアヤノさんだったら、あんな言葉は口にしなかっただろう。
「ええ。ちょうど、よかったわ。最後にこっそり置いていこうと思っていたのに、こうして会ったのだから…これも縁でしょう?お願いします、ゲンドウさん。」
アヤノの言葉に、もう一人のゲンドウという人物が能力を使うのか、何もない地面からベッドが浮かび上がった。
問題は、その上に女性が横たわっていることだ。
「!!」
しかも、私の知っている人が。
「…どうして?」
あまりの驚きに、他の言葉は思い浮かばなかった。
頭の中では、なぜユイが彼らと一緒にいるのだろうかという疑問だけが浮かんだだけだ。
ユイが病院から消えたのも彼らの仕業なのか?一体なぜ?
少し前まで安全に帰らなければならないという思いがあったが。
今では、彼らに対する殺意が胸の奥底から徐々にこみ上げてきた。
だが、すぐに続くアヤノの言葉に、私はあまりの驚きに何も言えなかった。
「レンさんが頼んでいたんですよ?長く会ったわけではありませんが、話すときにずいぶん恥ずかしがっていたので…ちょうど私もユウマさんを知っていますから、そうすると言いました。」
「!!」
彼女の言葉に、私の目は地震でも起きたかのように激しく揺れた。
レンが?
刑務所で死んだとばかり思っていたのに…生きていたというのか。
レンが生きていることを知った途端、今まで霧に覆われて不明瞭だったものが、はっきりと見え始めた。
レンがいなくなった日にユイが消えたことも。
ユイが病院から跡形もなく消えたことも。
アヤノが東京へ帰る途中で姿を消したことも。
考えが次々と繋がり、私は人間が考えてはならないことを思い出した。
「雪女が南下したことと、あなた方に関係がありますか?」
「どうしてそうお思いになるのですか?」
「…勘です。」
勘という言葉に微笑むだけだったが。
私はそれが無言の肯定だと知っている。
「また会いましょう。」
そう言い残し、彼らは地中へと消えていった。
残されたのは、彼らが置いていったベッドと一人分の人影。
私は歩みを進め、ユイが横たわるベッドへと近づいた。
生きていたのか。
あの日、レンが死んだと信じ、
さらにユイまでいなくなって、どれほど心が乱れたことか。
私は片手でユイの額に流れる髪をかき分け、もう一方の手で彼女の手を握った。
その瞬間、ユイの手が微かに私の手を握り返すのを感じた。




