26. 変態の常識
「私の能力が何なのか気になるって言いましたよね?今からお見せします。ライター持ってますか?」
「タバコは吸わないので持っていません。」
「じゃあ、ちょっと待っててください。」
そう言って彼女はコンビニへライターを買いに行った。
「それ、どうするつもりですか?」
「見れば分かります。」
その言葉と共に彼女の横に、何の気配もなくモンスターが現れた。
「うわっ。」
反射的に剣の柄に手を伸ばすと、奏がそれを制した。
「私の能力です。こうやって、大きさも調整できるんですよ。」
「危険じゃないんですか?」
「ふふ、最初に紹介した時、能力は人形使いだって言いませんでしたっけ?人形が勝手に動くのを見たことあります?」
なぜさっきから質問に質問で返すのだろう。
一瞬頭がズキズキしてこめかみを擦ると、彼女は心配そうな顔をした。
「大丈夫です。」
彼女は能力をマリオネットのような感じで使うらしい。
マリオネットは、人形に紐をつけて人が思い通りに動かせる人形だが、人形劇を見た記憶があるのでどんなものか感覚で分かった。
そして、名前も付けてあげたという。
「マイン・エンゲル。日本語で『私だけの小さな天使』という意味です。」
人形が見ているものは彼女も見えるし、思い通りに動かすこともできる。
そして何より良いのは、習得する能力が優れていて、人形がするマッサージを受ければ天国に行くような気分になると言っていた。
「後でマッサージを受けてみたくなったら言ってください。安くしてあげますよ。」
こんな状況で使うのに最適だと言いながら、コンビニで買ってきたライターを人形に握らせた。
チリチリ—
人形が持っていたライターに火が点いた。
小さいけれど明るい炎がゆらゆらと揺れる。
「異常なし。」
「奏、本当に?」
銭湯を出てからずっと無言だった焔が、不快そうな顔で尋ねた。
「じゃあどうするのよ。これも全て市民の安全のためなんだから。私たちが補償しないわけじゃないのに、欲に目がくらんで協力しない人が悪いんじゃない?」
奏が建物に向かって手招きすると、指先に従ってマイン・エンゲルが建物の中に入っていった。
それから間もなくして火災報知器が鳴り響いた。
「火事だ!火事!」
銭湯にいた人々は最低限の服だけを身につけて外に飛び出してきた。建物の前はあっという間に人でごった返した。
騒ぎが収まり、状況が少し落ち着いた頃、私たちは再び中に進入した。
おばさんと会った。
「最初に言った通りにしましょう。最初の提案通り100倍だけ受け取ります。」
火災報知器が鳴ったなら早く避難すればいいのに、ここで何をしているのだろう?
その状況で金を受け取ろうとする点がすごいと思った。
スッ。
その時、奏が懐から財布を取り出し、一万円札を一枚取り出した。
「あの時と今では状況が少し違いますよね。受け取ってください。お釣りは取っておいてください。」
「あ、いや…これは話が違うじゃない。」
「これが嫌なら私たちもどうすることもできません。」
奏がお金を再び財布に入れようとすると、おばさんは電光石火の早業で素早くそれを取り上げた。
「計算済みですよね?私たち入ります。行きましょう。」
先を行く奏を見て、口論はするまいと思った。
彼女に続いて女湯に入った。
床は水浸しで、天井のスプリンクラーからは水滴が「ポタ、ポタ」と落ちていた。
「あ、冷たい。」
頭に水が落ちてくるのは変な気分だった。長居する場所ではない。
今度は女湯までシザーを連れてきた焔が追跡に当たったが、首を横に振った。
「シザーがどこだか分からないって。」
「ここにいるのは確かなの?」
「確実だ。」
「見えるものはないけど…ゆっくり探してみよう。」
私たちはロッカー室からトイレ、女湯の奥まで隅々まで調べたが、何も発見できなかった。
「見当違いだったかな。」
「いないみたいだし、外に出て休むついでに、カフェにでも寄りますか。」
このまま引き返そうとしたその時、片隅に小さなサウナが目に留まった。
「ちょっと待って。あの中、確認した人いますか?」
「サウナか?」
「私たちが銭湯に来たのもおかしいのに、あそこにいるわけないでしょう?」
誰も確認していないという言葉に、私は慎重に動いてサウナの前まで近づいた。
ドアノブを掴むと、中の熱い空気が「フワッ」と感じられる。
サウナの中は狭く、見回すほどでもなかったが、何か…人の形のような煙が私の横を駆け抜けていったので、思わず足を引っ掛けた。
感覚があった。
何かが足に強く引っかかった。
倒れる音と共に大きな浴槽で水しぶきが上がった。
プハッー!
私は水しぶきが上がった場所に向かって剣を抜いた。
剣が、銃が、マイン・エンゲルが大きな浴槽に向けられた。
しばらくして、水の中に入った物体が徐々に浮かび上がり、水面に人の形が見えた。
「覚醒者なら姿を現せ。でなければモンスターと見なす。」
焔の言葉に、ぼんやりとした形がはっきりとして人間に変わった。
男だった。
「うわっ、俺の目!」
「なんで裸なの?」
「ここ、銭湯なんですけど……」
「女湯でしょ。」
「…間違って入りました。」
狂ってるな。
私たちがその言葉を信じると思っているのか?
「あ、あの…怖いので武器を下ろしていただけませんか?」
どう見ても脅威にはなりそうになかったので、剣を元の鞘に収めた。
「あんた、コンビニにも寄っただろ?」
「…いいえ。」
瞳が地震のように揺れているのに、いいえだと?
「シザー、噛みつけ。」
ウーウー。
「あ!行きました。行きましたよ。人がコンビニに行くことだってあるでしょう。それがどうしたって言うんですか。」
「どうやらあんたはダメだな。シザー、噛みつけ。」
◇
変態男を裸のまま連れて行くわけにもいかず、男湯に入って残っていた服を拾って彼に渡した。
「俺には合いません。」
「殴るぞ?」
「今見るとアンバランスなのがすごくおしゃれでヒップですね。」
黙って座ってでも殴られるタイプだな。
だから変態じみたこともためらわなかったのだろう。
覚醒というのは人柄審査をしてなるものではないので、こういう人間が生まれるのは仕方のないことだった。
そういう人間を捕まえて管理するのが防衛隊の仕事でもあるので、もっと頑張るしかない。
調査の結果、覚醒して透明人間になれると分かった途端、家で服を脱ぎ捨てて近くのコンビニに向かったという。
それが私たちがCCTV映像で見た彼の最初の犯罪だった。
覚醒したばかりで慣れない能力でコンビニに行ってバレたようだった。
コンビニにはなぜ行ったのかと聞くと、透明人間になったらコンビニに行くのは常識だそうだ。
いつからそんなのが常識になったんだ?
こいつは精神教育から受けさせる必要があるな。
「それなら、ここにはなぜ来たんですか?」
そう言いながら語る内容はさらに呆れるものだった。
「可愛い女性がいると思って来たら、みんなおばあちゃんばかりで、精神的に大きなダメージを受けました。」




