25. 100倍?いや1000倍!
コンビニを出て最初に思ったのは「これからどうしよう」ということだった。
追跡に必要な証拠は監視カメラの映像一つ。それすらもまともなものではなく、犯人を探すよりもむしろ新たな事件が起こるのを待った方が早い気がした。
とにかく、今回の事件が覚醒者と関連している以上、防衛隊の管轄であることは確かだった。
今のように日本がこのような状況に陥ったのは、雪女が北海道を離れてから間もなくのことだった。
モンスターウェーブ以降、全国のモンスターは大幅に減少し、その結果、以前のようにモンスター関連で出動する機会は減ったが、その反面、覚醒者関連の事件は増加したのだ。
いつか再び以前のようにモンスターの出現で出動頻度が増えるかもしれない。
しかし、その日が来るまでは、脅威となるモンスターだけを処理し、最近急増している覚醒者関連の事件にのみ対応すれば、平和な時期を維持できるだろうと考えられていた。
もちろん人手不足の問題は相変わらずだが、それでも私には今の状況の方が良いように思える。
問題と言っても、人が死に絶えていた頃に比べれば、今起こっている出来事のほとんどは些細なものだったからだ。
どこから捜査を始めればいいのか途方に暮れていたその時、焔が車のドアを開けて口笛を吹いた。
ヒューイーッ
すると車の中から犬が一匹飛び出してきた。車の中で私の顔を舐めていたあの犬だ。
「お座り。」
犬は前足をきちんと揃え、お尻を地面につけて座った。
そして焔がコンビニの袋をごそごそと漁り、何かを取り出して犬に差し出した。
犬は鼻を「クンクン」と鳴らしながら匂いを嗅ぎ、動きを止めると次のものを取り出す、という具合だった。
「ふむ、今、匂いを嗅がせようとしているみたいですね。」
それは私にも分かる。
しかし、犯人が使っていた物を落としていったわけでもないのに、それが可能なのだろうか。
そんな私の気持ちを察したかのように、焔は袋を漁りながら、どうやって追跡するのかを説明した。
「犯人がコンビニを歩き回って落としたり触ったりした物を全部買ってきたから、この中から重複する匂いだけを抜き出して追跡するんだ。」
「そんなことができるんですか?」
「俺が意思疎通できるんだから、一度やってみて損はないだろう。犬は人間よりも嗅覚が最大10万倍以上優れている。その中でもこの子は特に優れている方だ。捨てられた犬が100km離れた場所からでも匂いだけを頼りに家を探し当てたという前例があるくらいだから、半日も経っていない今なら充分すぎる時間だ。ちょうどシザーが特定したそうだ。」
ワン!
そうなのか。
私には犬の鳴き声にしか聞こえないけれど……
とにかく、焔の犬がコンビニの入口のあたりに頭を突き出した。
再び鼻をヒクヒクさせながら匂いを嗅ぎ、しばらくするとまた吠えた。
「シザー、追跡を開始してくれ。俺たちはついていくだけでいい。」
シザーが先に進み、振り返った。
まるで「俺がいるのに何をもたもたしてるんだ?」と言いたげな表情で。
私たちは人でごった返す通りを縫うようにして、シザーについて移動した。
そうしてしばらく移動したところで、シザーが立ち止まったのは銭湯の前だった。
「ここ、合ってるの?」
犯人がなぜここに来るというのか?
これまではどうだったか分からないが、どうやら今回は彼の犬が間違えたようだ。
「…ああ。」
焔もこれは違うと思っているのか、先ほどに比べて言葉に自信がなくなっていた。
それでもここまで来た以上、手ぶらで帰るわけにはいかない。
「ここまで来たんだから、一度入ってみましょうよ。」
中に入った。
しかしすぐに、おばさんに制止された。
「壁の貼り紙を見てください。」
おばさんが指差した先には、「ペットの持ち込み禁止」「飲酒後の入場禁止」など、銭湯の利用規則が書かれた案内が貼られていた。
シザーには入口を守らせ、私たちだけで入ることにした。
焔が分かれ道を指差して言った。
「シザーはどっちに行った?」
シザーが前足を上げて片方を指差した。
私は当然男湯だと思っていたのだが…その先には、ピンク色の背景に白い文字で「女湯」と書かれた暖簾があった。
私たちは互いに顔を見合わせ、気まずい視線を交わした。
「そこに立ってたら通れないじゃないの。ちょっと通らせて道を空けてちょうだい。」
「申し訳ありません。」
しかも、休日でもない営業中だ。
「……。」
そう、こういう時に助けを求めるために一人ではなくチームで動くのではないか。私は奏を振り返って言った。
「どうやら、奏さんが一人で入って出てきていただくしかないようですね。」
「え…本当にこの中にいるとしたら、一人で入るのは危ないんじゃないでしょうか?そもそも私は戦闘要員ではないので……」
明確な拒否の意思を示した。
確かに、本当にあの中に覚醒者がいるとしたら、それはそれで問題だ。
こうなると、焔か私が入らなければならないのだが…話が複雑になった。
「どうやら今回は焔さんが間違えたのではないでしょうか?」
「……。」
「ここまで来たんだから、確認してみないと。」
私は私たちを退屈そうな顔で見ていたおばさんに、防衛隊の身分証を見せた。
「この建物に危険な人物が侵入しました。ご協力をお願いします。」
「危険な人物ですか?どう協力すればいいんですか?」
「争いになる可能性があるので、中に入っている方々を外に出していただければ結構です。」
私の言葉が気に入らなかったのか、それまで営業用の顔を見せていたおばさんの表情が険しくなった。
「ちょっと、お客さんを追い出したら、うちの商売はどうなるんですか?」
「…損失は補償させていただきます。」
「損失補償はいいでしょう。でも、お客さんが気分を悪くして二度と来なくなったら、あんたたちが責任取るんですか?」
私がそんなことまでどうやって責任を取るんだ?
「…それは難しいですね。」
「ほら見たことか。こんなに考えなしでは。フン。」
その時、私たちの会話を聞いていた奏が突然口を挟んだ。
「店長さんのご事情も考えて、私たちが今日の営業開始から今までの売上の100倍を差し上げます。」
100倍?!
勝手にそんな約束をしてしまっていいのか?
露骨に嫌がっていたおばさんも、「売上100倍」という言葉に心が揺れたのか、その数字を小さく呟いた。
しばらくして、おばさんは態度を完全に変えて言った。
「100倍では足りないわね。1,000倍は出してもらわないと、私もお客さんを追い出せないわ。」
100倍では足りないだと?
どれだけ欲深いんだ。
「それは私たちも難しいですね。お疲れ様でした。」
「あ、いや、ちょっと…!」
1,000倍というおばさんの言葉に、奏は私と焔の腕に腕を絡ませて、
後ろも振り返らずに私たちを外に連れ出した。
最後に引き止めようとしていたのを見ると、交渉しようと高く吹っかけたようだが……
外に出てきた奏は、不満そうにぶつぶつ言っている。
「欲張りなんだから。」
「本当にそのお金を払うつもりだったんですか?」
中に人もたくさんいるようだったのに。
「ええ。私のお金じゃないんだし、払えばいいじゃないですか。」
「……。」
「事故が起きて誰かが死んだり、建物が崩れたりするよりは安いですからね?」
それはそうだが。
「それでも1,000倍はやりすぎですよ。欲もほどほどにしないと。」
「これからどうしますか?」
少し前までは泣きそうな顔をしていたのに、
私の言葉を待っていたかのように「ニヤリ」と笑う奏。
今こそ、自分の能力を披露する時だと彼女は言った。




