踏切でしゃがむ女
それは、夕刻のことだ。
僕は、自宅での小説の執筆をひと休みして、気分転換にマンションを出たのである。
夕焼けが真っ赤で、綺麗な夕方であった。僕は、それに見とれて、つい駅前まで足を伸ばしてしまったのだ。そして、事件は、駅近にある鉄道の小さな踏切の前で起こった。
その若い女は、美人であった。25、6といったところか?白いワンピースを着て、踏切の遮断機の間際で、しゃがんでいる。その雰囲気は、ただ事ではない気配がした。僕は、すぐに事情を察知して、人として捨てておけない使命感に燃えて、彼女のそばへ駆け寄ると、まずは、彼女を刺激しないように、すぐ隣に座り込み、話しかけた。
「..................、夕焼けが綺麗ですね?そう思いませんか?」
すると、女は、前を向いたまま、
「ええ、そうですね」
と、素っ気ない返事だ。それで僕は、仕方なく、ダイレクトに訊いた。
「あのう、.................、電車、待ってるんですよね?ここで?」
すると、女は、少し苛立った様子で、
「ええ、あの人、あたしの最愛のあの人に会うために、................」
これはまずい。後追い心中か?何とかしなくては。
「で、でも、ここまでしなくても、何かの方法があるでしょう?」
すると、女は前の踏切を見つめて、
「いいえ、これしか方法はないんです」
警笛は、さっきから鳴っている。いつ飛び出すか、分からない。緊迫感が走る。どうする?
「でも、そう急ぐことはない。人生はいくらだってやり直せるから」
「あたしの勝手でしょ?ほっといて、いい加減にして!」
その時、ついに、電車は、踏切を駆け抜けた。良かった。何とか命の危機は免れたのだ。
遮断機が上がる。女は立ち上がると、踏切の中を駆けていく。駅から流れるように出てくる人々。彼らは、皆、踏切を越えて、こちらに向かってくる。その中のひとり、若いイケメンの男を見つけると、その女は飛びつくように、抱きついた。
「ダーリン、待ったのよ、遅いわよ!待ちくたびれて、あたし、ここまで来ちゃったわよ」
「遅くなってゴメン、ゴメン。さあ、帰ろう!.........................、あれ?この男は何だい?」
「さあ、分かんない。さっきから、ひつこくつきまとって。とにかく、帰りましょ!」
僕は、呆気に取られて、ボンヤリと、ふたりの後ろ姿を見送った.................。