その後
「お兄ちゃん、あれ買って~」
駅前の商店街。
遥が冗談っぽくそう言って、翔の袖をつかんだ。
「はいはい、おねだり妹ちゃん。おやつは300円までだぞ?」
近くにいた小学生がふたりを見てクスクス笑う。
翔と遥は顔を見合わせ、声を上げて笑った。
「ほんとに兄妹みたいだね、私たち」
「“みたい”じゃなくて、もう兄妹でいいんじゃない?」
ふたりが「恋人」をやめてから半年が経っていた。
夜は別々に眠り、連絡も必要なときだけ。
だけど休日は自然と一緒に出かけ、帰宅すれば同じ鍋をつつく。
ふたりの関係は“家族”としか言いようのない、心地よいかたちに落ち着いていた。
それでも――。
「最近、職場の後輩に告白されてさ」
遥が夕食の途中、ぽつりと言った。
翔の箸が止まる。
「で、なんて答えたの?」
「“今は誰とも付き合うつもりない”って言った」
「……そっか」
しばらく沈黙が流れた。
テレビの音だけが、静かな部屋に響いている。
「翔は、誰か気になる人とかいないの?」
「いや、俺もそういうの、今はいいや。……っていうか、今のこの関係が心地よすぎて、他の誰かを入れる気になれない」
遥は少しだけ笑って、うなずいた。
「……私も、同じ」
次の日曜日、ふたりは近くの温泉街に小旅行に出かけた。
泊まりではなく、日帰りで。
手もつながず、温泉も別々に入り、観光地では「兄妹のふり」をして過ごした。
お土産屋の店主に「仲良い兄妹だねぇ」と言われ、
遥は笑いながら答えた。
「はい、大事な兄です」
それを聞いた翔が、照れたように顔をそむけたのを、
遥は見逃さなかった。
帰りの電車。
窓の外に沈んでいく夕日を見ながら、翔がつぶやいた。
「“兄”って呼ばれるの、意外と悪くないかもな」
「じゃあ、今度から“翔兄”って呼ぼうか?」
「やめろって、マジでやめろ」
遥は笑いながら、翔の肩にもたれかかった。
家族でも、友達でも、恋人でもない――けれど、世界のどこより安心できる場所。
“他人のふり”をしながら、ふたりはまた、新しい一歩を踏み出していた。
恋を終えても、終わらない関係がある。
ふたりのかたちは、今日も少しずつ変わりながら続いていく。