第三話
「まさかこんなに早く彼女の実家に来ることになるなんて…」
「むむむ、もしかしてサトル君緊張してるのカナ~?」
彼女の実家を訪れて家族へ挨拶をするという一大イベントを前に緊張するサトルをいつもの調子でからかうフワリ…しかしそんなフワリもまた、いつもの調子を装いながらも、喧嘩中の姉『マイカ』との再会に緊張していた。
それぞれの緊張を抱えながらインターホンを押し、玄関が開くのを待つ二人…しばらくして玄関が開くと、そこには二人の女性が立っていた。「いらっしゃい、フワリちゃん、サトルちゃん。早速実家に顔を出してくれて、お姉さん嬉しいわぁ♡」一人はサトルも先日会ったユキノ、続けてその隣に並んで立つ黒髪ロングで清楚な雰囲気の女性が口を開く。「おかえり、フワリ…そして、サトル君だったよね…?初めまして、フワリの姉のマイカです。」
◇ ◇ ◇
『姉さん、怒るとめっちゃ怖いんだから!』マイカについてサトルが持っている情報は、以前フワリが語っていたその言葉だけだ。しかし今、サトルをリビングまで案内するために目の前を歩いている女性はどうだろう、『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』という古来から伝わる美しい女性を例えるための言葉があるが、マイカの雰囲気はまさにその言葉を使うためにあるのではないかと思えるほど、穏やかなものだった。
(こんな感じだけど、怒ると怖いのか…?)そう疑問に思ったサトルだったが、そんな疑問はそれ以上に気になることがあったせいで、すぐに頭の隅に追いやられることになる。(ユキノさんほどではないけど、マイカさんもめちゃくちゃデカいな…)マイカはその儚げで清廉な雰囲気に反して、圧倒的存在感のある暴力的なサイズの乳を持っていたのだ。そのサイズは出会った時点では『サトルの人生で出会った巨乳ランキング』で第1位だったフワリよりもさらに一回りほど大きく、ユキノに次ぐ第2位に食い込み、フワリを第3位まで陥落させるほどだった。
(遺伝か…?遺伝なのか!?)内心ではそんなことを考えていたサトルだったが、「ただいま!お父さん!お母さん!」そう言いながら仏壇に手を合わせるフワリを見て、この疑問はしばらく胸の奥に仕舞っておくことにした。
◇ ◇ ◇
「このクッキー、おいし~…」
「フワリが帰ってくるっていうから、用意してたんだ…ほら、もっと食べて…」
「マイカ姉さん、ありがと~…」
(き、気まずい…!)サトルは喧嘩中にも関わらず何とか普通を装おうとしているフワリとマイカを見て、何とも言えない居心地の悪さを感じていた。
「サトルちゃん、緊張しなくていいのよ?サトルちゃんはフワリちゃんが連れてきた大切なお客さんなんだから♡」サトルがそう感じているのを察してか、ユキノがそれとなくフォローを入れてくる。
「せっかく妹が彼氏さんを連れて来てくれたんだもの…今日はご馳走よ♡」
「やったー♪」
「だからフワリちゃん、準備のお手伝いをしてくれる?」
「えー!アタシだってお客さんなのに~…」
「ということで、私たちはご飯の準備をするから、サトルちゃんはマイカ姉さんとゆっくりしててね♡」
(ナイス気遣い!さすが高級クラブのNo.1!)サトルは心の中で、フワリを連れてキッチンへと消えていくユキノの背中に親指を立てて、称えていた。
「それじゃあ私、ちょっと庭のお花に水やりしたいんだけど…サトル君、手伝ってくれない?」
◇ ◇ ◇
マイカと庭に出ながら、サトルは間を埋めるための話題を振る。
「そういえばマイカさんって、お仕事は何をされてるんですか?」
「私の仕事?サトル君、GlamFlowって知ってる?」
GlamFlowは設立から数年で急成長した新進気鋭の企業『TrendSync』が配信しているアプリだ。『美容業界の全てを繋げ、美の流れを作るライフスタイルアプリ 』というコンセプトのもと開発されたこのアプリは、これ一つで美容室やネイルサロン、エステのみならず、ヨガスタジオやジムまで、美容に関することなら企業の垣根を越え、全ての予約を完結することができるという革新的な便利さから、メインのターゲット層である若い女性のみならず、老若男女から幅広く支持される覇権アプリになっている。
「GlamFlowって最近話題のアプリですよね?もちろん知ってますよ!この前もテレビで特集してましたし、CMもよく流れてますよね。」
「あれ作ってるの、私の会社なんだ。」
「マイカさんTrendSyncで働いてるんですか!?事務員とか…あ、マイカさん人当たりが良さそうだし営業とかされてたりするんですか?」
マイカはサトルの問いかけにクスッと笑うと、「違うよ、社長なの。TrendSyncは私『の』会社なんだ。」と何でもないことのように答えた。
「ええ!?あっ、よく見たらGlamFlowのCMに出てる人…美人過ぎて普通に女優さんかと思ってたけど…」
「ああ、あのCMね…CMの打ち合わせに行ったらぜひ出てほしいって言われちゃって…少し恥ずかしかったんだけどね?」
そんなことを話しながら庭に出たサトルとマイカは、庭の花の水やりを始める。
ジョウロを持って花に水をやるマイカの姿は、まるで御伽噺に登場する純朴な少女のようで、とても会社を経営している社長には見えなかった。
不意にマイカが「私、昔からお花が大好きで…こうやってお花のお世話をしてる時が一番落ち着くの。でも、女社長にはこういうの…似合わないよね?」そう言いながらサトルに笑いかけてきた。その笑顔を見たサトルは、(え…!? マイカさん、可愛い…いやいや、何考えてるんだ!フワリの姉さんだぞ…でも…)と、一人で葛藤する。
サトルがマイカの魅力に翻弄されている時、マイカはその純朴な少女のような見た目からは想像できないことを考えていた。(ルックスは悪くないし、優しそうだけど…本当に信頼できる男なのかしら? 妹の交際相手なんだから、ちゃんと試さないと…)
サトルはまさかマイカに品定めされているとは夢にも思わず、先の質問に「マイカさん、花の世話してる姿、似合ってますよ…」と顔を赤くしながら答える。
(ふーん…顔が赤くなってる…フワリがいるのにこの反応…やっぱり男って単純ね。もう少し試してみようかしら…)そう考えたマイカはよろめく演技をしながら、「私、ちょっと疲れちゃった…ごめん、支えてくれる…?」と、サトルの腕に自らの腕を絡めた。
まさかの展開にサトルの葛藤はさらに加速する。(うわっ!めっちゃ近い…でも断るのも悪いし…)そう考えたサトルは動揺しながらも、マイカに「大丈夫ですか?」と声をかける。
(ふふ、動揺してる…もう一押ししてみようかしら?)「ありがとう、サトル君…優しいね…、私…こういう時に誰かに頼るの…慣れてなくて…サトル君みたいな人がそばにいてくれたら…安心できるなって…」マイカは上目遣いでそう言いながら、サトルにどんどん顔を近づけていく。
その時だった、突然庭に面した窓が開く。
「サトルくーん! ご飯できたよ! って、え!? マイカ姉さん、なんでサトル君にくっついてるの~!? 」フワリは靴も履かずに庭に飛び出すと、「もー、ダメだよ! サトル君はアタシの彼氏なんだから!」と主張をしながら、腕を絡め合う二人に近づいてきた。
マイカはサトルからサッと離れると、「ちょっと疲れちゃって…サトル君に支えてもらってたの…ね、サトル君?」そう言いながら、サトルに笑顔を向ける。その笑顔は変わらず穏やかなものだったが、サトルはそこから、先程まではなかった圧のようなものを感じたような気がした。
「むー…信じるけど…サトル君はアタシのなんだから、あんまりくっついちゃダメだよ!ぺろっ♪えへへ♡」
「ふふ、ごめんねフワリ。サトル君、フワリを大事にしてあげてね?」(まあ、合格かしら…でも、これからも見張っておかないと…)
「うふふ、サトルちゃん、姉さんに試されてよく耐えたわね…えらいえらい♡」窓から覗いていたユキノの言葉を聞いて、サトルは(試されてたんだ…)と肝を冷やした。




