第一話
日付が変わって少し経った頃、深夜のコンビニから長い髪をゆるいツインテールにした可愛らしい女の子が、スキップをしながら出てきた。
「えへへ、ストロベリーグミにバナナ味のチョコレート、バターサンドクッキーまで買っちゃったー♪一人暮らしって自由でさいこ~♪」都会の夜空に向かい、そう高らかに言い放った彼女は鳴宮フワリ、最近実家を出て一人暮らしを始めたパン屋アルバイトの女の子だ。
一人暮らしの自由を謳歌しているように見えた彼女だが、突然スキップをやめて目を伏せると、「でも…やっぱりちょっと寂しいよ…姉さん…」と小さく呟いた。
(今の子、めっちゃお菓子買ってたな…こんな夜中にわざわざ買いに来るなんて、よっぽどお菓子が好きなんだろうな…)そんなことを考えながらコンビニから出るフワリの背中を見送っていた彼は雨本サトル、残業を終えて帰宅する途中、夜食を買うためコンビニに寄った普通のサラリーマンだ。
フワリとの出会いが自分の人生を大きく変えることになるのを、この時のサトルはまだ知らない。
◇ ◇ ◇
フワリが一人暮らしをしているアパートへの道を歩いていると、いきなり男が声をかけてきた。「おい、ねえちゃん、可愛い顔してるじゃん…俺と一緒に飲まねえ?」その赤ら顔とフラフラとした足取りから、見るだけで男がかなり酔っていることがわかる。
「えっ…!えっと…ごめんなさい!アタシ急いでてー…」フワリはそう言いながら後ずさり、踵を返して
逃げようとするが、酔っ払いはフワリの腕を掴もうと手を伸ばしてくる。「ひっ!」フワリは思わず悲鳴を上げる。
(なんだ?今の声…)悲鳴を聞いたサトルが聞こえた方向に向かうと、そこではフワリがピンチに陥っていた。サトルは一瞬躊躇したが、フワリの怯えた表情を見ると居ても立ってもいられなくなり、「おい、彼女嫌がってるだろ。やめなよ。」そう言いながら、フワリと酔っ払いの間に割って入った。(え、なにこの人…めっちゃ勇敢!カッコいい!)フワリはそんなことを考えながら、サトルの背中をキラキラした目で見つめていた。
酔っ払いは、「ハァ? なんだよ、テメェ! 関係ねえだろ、引っ込んでろ!」と声を荒げたが、サトルの鋭い視線に気圧されると、「チッ…めんどくせえな…」とぶつぶつ言いながら去っていった。
酔っ払いが去るのを確認したサトルがホッと息を吐いていると、フワリがいきなり、「ありがとう!めっちゃカッコよかったよ~!」と興奮しながらサトルの腕に組み付いてきた。サトルは突然のスキンシップに面食らいながらも、「大丈夫?怪我とかしてない?」とフワリに優しく声をかける。「うん!でも、またさっきみたいな人に絡まれたらって思うと怖くて…ねえ、もしよかったら家まで送ってくれる? 」上目遣いでそう問いかけてくるフワリに、サトルはドキッとしながら、「うん、わかった。送るよ。」と頷いた。(こんな時間に女の子が一人で出歩くのは危険だからな…決して腕に当たるこの柔らかな感触が名残惜しいからではないぞ?そう、決して!)
「 ね、名前教えて! アタシを助けてくれたヒーローの名前、知りたいな~♪」
「えっと、僕はサトル。よろしく…」
「アタシはフワリだよ~♡えへへ、よろしくね♪」
◇ ◇ ◇
フワリの住むアパートの前、サトルは「ここまでくればもう大丈夫だよね?」と帰ろうとするが、フワリは小悪魔的な笑みを浮かべながら、「せっかくここまで来たんだから…ちょっとだけ部屋でお話ししない? えへへ、アタシ、サトル君ともっと一緒にいたいな~♪」と誘ってくる。
(時間も時間だし、帰るつもりだったけど…こんな風に誘われたら…断れない…)「う、うん…じゃあちょっとだけ…」サトルは断りきれず、その誘いに乗ることにした。
アパートの古い外観とは裏腹に、フワリの部屋は部屋はピンクと白を基調とした、クッションやぬいぐるみが散らばる可愛らしい空間に仕上げられていた。「アタシの部屋、ちょっと狭いけどめっちゃ居心地いいんだから♪」フワリは自慢げにそう語る。
(うわ、めっちゃ女の子らしい部屋…! なんか緊張するな…)サトルが部屋の可愛さに圧倒され、ソファの端に恐縮して座っていると、「ね、サトル君グミ食べる?苺味!アタシのお気に入りなんだー♪」フワリがいたずらっぽく笑いながら体がくっつくほど近くに座り、「はい、あーん♪」とサトルの口元にグミを持ってきた。
「あ、うん…」サトルは少し照れながら、直接差し出されたグミを口に含む。フワリはそんなサトルの照れた様子を見て、「えへへ、かーわいー♪」と楽しそうに笑いながら、自らの口にもグミを運んだ。
「このグミ、さっきコンビニで買ってたやつだよね?気に入ってるのはわかるけど、こんな時間に一人で買いに行くのは危ないからやめた方がいいよ。」サトルが心配からフワリにそう注意すると、「うん、わかってる。わかってるんだけど…夜って、なんかちょっと寂しくて…」ずっと元気で楽しそうだったフワリが、少し表情を曇らせた。
「実はね…アタシ、姉さんと喧嘩して実家を飛び出してきたんだ…」
「喧嘩って…いったい何があったのか、聞いてもいいかな?」
「姉さんにお菓子の食べ過ぎを注意されて…アタシ、『お菓子くらい好きに食べさせてよ!』って感情的になっちゃって…」
「…なんか想像してたよりもだいぶ可愛らしい姉妹喧嘩だね…」
「ううう!そ、そうなんだけど…姉さん、怒るとめっちゃ怖いんだから!それに、大見得切って飛び出してきちゃったから、帰りたくても帰れなくて…」
姉妹喧嘩の理由は可愛らしいものだったが、涙目になっているフワリの表情から彼女が本気で悩んでいることが伝わってきたサトルは、彼女と真剣に向き合うことにした。「大変だったんだね…」サトルは俯いてしまったフワリの頭を優しく撫でる。
(サトル君、優しい…アタシ、一人暮らし始めてからずっと寂しくて…でも、サトル君がいてくれたら寂しくなくなる気がする…アタシ、サトル君と離れたくない!)決意を固めたフワリは、俯いていた顔を上げ、サトルの手をぎゅっと握ると、その決意を口にする。
「サトル君、アタシと同棲しよ!」
「なんか二つくらい順番すっ飛ばしてきた!?」
驚きの提案に目を丸くしているサトルに、フワリはさらに捲し立てる。
「大胆なこと言っちゃってるのはわかってるよ?でも、サトル君ならアタシのこと幸せにしてくれるって信じてるから…それに、サトル君もアタシのこと放っておけないでしょ?」
「はぁ、めっちゃ強引だな…でも確かに、君みたいな子を放っておくのは心配だし…うん、試しに一緒に住んでみようか?」真剣に見つめてくるフワリの目に負け、サトルもまた大胆な決断をしてしまう。
「やったー♪」フワリはサトルの承諾に喜び、飛び跳ねると、飛び跳ねた勢いそのままにサトルに抱きつき、彼の頬をぺろっと舐めてきた。「うわ!?今、舐めたよね…?急に何!?」サトルはフワリのまさかの行動に、顔を真っ赤にしながら動揺する。
「だってサトル君はもうアタシのものだもん!だからたくさんぺろぺろしちゃうの♡お菓子みたいにね♪」