戦の真実
剣を振るう理由。
命を奪う理由。
その全てを、一真は未だ知らない。
だが、戦場の向こうで彼女は確かに見ていた。
——かつて愛し、失い、そして誓った、生きるための嘘を。
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夜の帳が下りる頃、黒き軍旗の下でひとりの女が目を閉じていた。
レイヴァン=アズレイド。魔族軍における最強の将のひとりであり、最も静かな者。
彼女は焚き火の揺らぎに目を落とし、ふと、過去の幻に思いを馳せていた。
——彼女がまだ、ただの少女だった頃のことを。
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「レイヴァン。今日は街に行こう」
懐かしい声。彼女の父だった。
彼は魔族でありながら、人間の村で医者として生きていた。
母は人間だった。優しい声で彼女の髪を梳いてくれた。
だがそれらは、すべて間違いとされていた。
混血。それは穢れと呼ばれた。
最初は陰口だった。次に石が飛んだ。
そしてある夜、村は燃えた。
レイヴァンが帰宅したとき、家は炎に包まれていた。
倒れた父の傍らで、母は最後の力で娘を抱きしめ、囁いた。
「……生きなさい、レイヴァン。あなたは、誰よりも美しい子」
それが彼女の全てだった。
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——そして現在。
「……私は、人間に愛されていた。それでも、人間に家族を焼かれた」
呟きは、風に消えるはずだった。
だが、その場にいたのは彼女だけではなかった。
「……それが、あんたの憎しみの根か?」
一真だった。彼はいつの間にか、魔族領の境界まで来ていた。
「……ここは敵地だぞ、勇者」
「わかってる。でも、あんたに……もう一度話がしたかった」
レイヴァンは眉をひそめたが、すぐに剣を抜くことはなかった。
一真の瞳が、恐れでも怒りでもなく、ただ知ろうとする意志で満ちていたからだ。
「……俺は、自分がこの世界に来た意味を知りたい。そのためには、戦う理由も、過去も、知る必要がある」
「……愚かだな」
「愚かでも構わない。俺は知らないまま殺すより、ずっとマシだと思う」
レイヴァンは、かすかに目を細めた。
「ならば教えよう。一つの真実を——」
彼女は立ち上がり、焚き火に一本の黒い刃を突き立てた。
魔剣
影を喰らい、記憶を映す剣。
その刃に、かつての村と、幼き日の自分、そして紋章が浮かび上がる。
「……それは……王家の紋章?」
「そうだ。私の父は、かつて王族の影武者だった男。表に出ぬまま、記録を消された捨て石だ」
混血の理由。それは偶然などではなかった。
「つまり、あんたには王族の血が……?」
「血などどうでもいい。ただの呪いだ。それがあったから、私は、この戦争を終わらせる責任を背負わされた」
レイヴァンは焔の向こうで目を伏せた。
「私は、魔族でも人間でもない。戦の歯車として、ここにいる」
「……それでも、あんたは俺を殺さなかった」
「……私もまた、命を奪わぬ者でいたかったのかもしれないな」
静かな沈黙。
「一真……お前は、何かを呼んでいる」
「え?」
「お前がこの地に来てから、世界の接続点が軋み始めている。感じるだろう……お前の背後に門の気配がある」
一真は思わず背筋を伸ばした。
あの夢に出てくる声。
異界の奥から呼びかける、誰かの囁き——「こちらへ来い、継承者よ」
「……それは、一体……?」
「わからない。ただ確かなのは——お前が、空の勇者であり、創造神の欠片を抱えているということ」
「創造神……?」
レイヴァンは一瞬、何かを躊躇うように目を伏せた。
「お前が門を開くかどうかで、この世界の未来は変わる。だがそれは、誰かを救うと同時に、誰かを失う選択でもある」
その言葉は、一真の胸に重く落ちた。
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夜明けが近づく。
レイヴァンは背を向けた。
「……次に会う時、私はお前の敵かもしれない」
「……それでも、俺はまた話をしに行くよ」
そう告げた一真に、彼女は背を向けたまま小さく笑った。
「お前は本当に……壊れることを恐れていないんだな」
そして彼女は闇の中へ消えていった。
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その夜、神殿ではエリシアが静かに祈っていた。
「一真さん……あなたは、あまりにも優しすぎる」
彼女の瞳には光と影が交錯していた。
そしてその指先に浮かぶ神紋は、かすかに脈動していた。
——まだ、計画は始まったばかりだった。