君を殺せない
空間の色が変わる。重力が反転し、時の流れが止まったようにすら感じられた。
一真とレイヴァンが降り立ったその場所は、世界のはじまりとも、終わりとも思える静寂の中だった。
そこに、門の声が現れる。
それは人の姿をしていた。黒いローブ、顔の見えないフード、そして背には星の模様を宿した翼。
その姿は、まるで「かつての勇者の成れの果て」のようでもあった。
「我は、終焉にして創造。我が名は……虚神」
「お前が門の声の正体か」
一真の言葉に、虚神はゆっくりと頷いた。
「人は、世界を繰り返す。創造と破壊、召喚と犠牲、救済と裏切り――お前たちの歩んできた道も、また例外ではない。だが」
虚神が手を伸ばす。
「お前たちは、鍵を持ってここに来た。ならば、その先にあるものを見届けよ」
空間が割れる。現れたのは、もう一つの世界。
そこには、かつて異界に召喚され、命を失った勇者たちの影が浮かんでいた。
「これは……!」
レイヴァンが息を呑む。
「彼らは……犠牲になった者たち。異界に捧げられた魂」
一真が前へと踏み出す。
「それでも、俺は選ぶ。俺たちは、未来を創るために来たんだ。誰かを犠牲にするためじゃない」
虚神が、かすかに微笑んだ。
「その答えを、試すときだ」
突如、空間が光に包まれ、そこに現れたのは――
エリシア=ルクレール。
彼女は神の衣に似た白銀の装束をまとい、かつての面影とは違う神性の化身のような姿をしていた。
「……一真。どうして……どうして私を、置いていったの?」
その声は、静かで、だが確かに痛みと愛を孕んでいた。
「私は、あなたを神に捧げることでしか、自分の価値を信じられなかった……でも、あなたは……私を救わずに、レイヴァンと行った」
「違う……俺は――」
「私も、あなたの隣にいたかったの!」
その叫びと同時に、周囲が神聖魔法の奔流に包まれた。
一真とレイヴァンを中心に空間が軋む。
「彼女は……扉の先で再構築された存在。もう、ただの人間じゃない……!」
レイヴァンが一真を庇う。
「けれど、私は――君を信じている」
一真は、剣を抜かない。
そして、静かにエリシアへ歩み寄る。
「俺は君を救いたかった。だけど、救いっていうのは、誰かを従わせることじゃない」
「……っ」
「君の愛が嘘だったなんて思わない。けど、その愛で誰かを殺すなら、俺は――君を止める」
エリシアの目から、ぽたりと涙が零れた。
「……君を殺せない」
一真の手が、彼女の頬に触れる。
「だから、生きてくれ。もう一度……自分の意志で」
その瞬間、エリシアの身体から、神性の光が抜け落ち、聖女としての力が静かに消えていった。
虚神が語る。
「選んだな、勇者よ。殺すことも、救うことも、命じることもせず――共に在るという選択を」
その言葉と共に、虚神の姿が霧のように消えていく。
「ならば、行け。門のその先に、お前たちが望む世界があるかもしれぬ」
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――王都跡。
歪みは静かに閉じ、空には晴れ間が差していた。
人と魔族は、戦を終え、やがて共存の可能性を模索し始める。
エリシアは眠るように横たわり、ザルギスの幻影がその側に現れる。
「よくぞ……生き延びたな、少女よ。お前もまた、門を知る者だ」
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一方、異界の果て。
草原と空が広がる見知らぬ世界。そこに、一真とレイヴァンの姿があった。
「これが……新しい世界?」
「そうね。すべてが、これから始まる場所」
一真は静かに微笑んだ。
「じゃあ、行こうか――また、俺たちの旅が始まる」
そして、二人は並んで歩き出す。
その空の果てには、まだ見ぬ都市、まだ見ぬ敵、そして――まだ知らぬ自分たちが待っているのだろう。
<エピローグ>
風が吹く。
扉の奥。時の狭間にて。
誰かの声が、どこかで囁く。
「継承者よ……門は、まだ終わらぬ」
そして、新たな世界の物語が、静かに――幕を開ける。




