崩壊の夜
王都ルヴェリア、その中心にある聖堂は、かつて神と祈りの象徴だった。
だが今、その天蓋は音を立てて軋み、空間が断続的に歪み続けている。
「――異界との同調、78パーセント。境界、限界点を突破します」
聖堂の奥、石の祭壇に浮かぶ魔法陣。その中心にはエリシアが立ち、まるで神の降臨を待つ器のように静かだった。
彼女の金色の髪が風もないのにふわりと揺れ、瞳は虚ろに何かを見つめている。
「もう少し、もう少しで……あの方と一つになれる……」
その声は微笑むように優しく、それでいて決定的に壊れていた。
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一真とレイヴァンが聖堂の門を蹴破ったとき、内部の光景に言葉を失った。
床が浮遊し、壁が天井に反転し、何か別の理に支配された空間に変質していたのだ。
「これは……空間構造そのものが……崩壊してる」
一真の手が震えたのは、恐怖からではない。
彼の中の創造神の欠片が、この空間の理と呼応し、共鳴し始めていたからだ。
「このままでは、この世界自体が異界に飲み込まれる」
レイヴァンの紅い瞳が鋭く輝く。
「止めるには、鍵であるお前が、あの扉を閉じるしかない」
だが一真は、扉の中心――そこに立つエリシアの姿を見つけ、言葉を失った。
光をまとったその姿は、まるで神だった。だが、その神は祈りではなく所有を求めている。
「カズマ……迎えに来てくれたの?」
その一言に、一真の胸が張り裂けそうになる。
「エリシア……やめてくれ。これは……君の願いじゃない」
彼の叫びに、少女は微笑んだ。
「願いよ。私があなたを愛した瞬間から、これがずっと、私の祈りだったの。あなたを、神にすることで、私も永遠になれる。ねえ、素敵でしょう?」
一真は、その瞳に彼女がもういないことを悟る。
エリシアは、すでに神の意志と半ば融合していた。
次元のゆがみが拡大する中、一真は祭壇に足を踏み出した。
レイヴァンがその後ろに立つ。だが、彼女の様子もおかしかった。
「レイヴァン……?」
「……私の中にも、何かが目覚めようとしている」
彼女の瞳に、金色の光が混じる。
「たぶん……私の中にいるの。あの時からずっと……創造神の片鱗が」
レイヴァンは苦しげに胸を押さえ、膝をつく。
「私が……壊れるかもしれない。一真、もし私が――」
「言うな」
一真はレイヴァンの手を握った。
「君を殺すくらいなら、俺が壊れる」
彼の瞳は真っ直ぐだった。怯えも迷いもなかった。
「それが、空の勇者だというのなら、俺は空のまま、君と共に進む」
その瞬間、異界の門が完全に開いた。
闇でも光でもない、理を超えた世界が、その向こうに広がっていた。
「……来なさい、カズマ。あなたは私のもの。あの女ではなく、私の神になるの。私だけの神に――」
エリシアが手を伸ばす。
だがその手は、一真には届かなかった。
「エリシア……すまない。君の願いは、俺の願いじゃない」
彼は、レイヴァンの手を取ったまま、扉の前に立った。
「この扉は、俺たちが選ぶためにあるんだ。誰かのためじゃない。俺自身のために選ぶ」
異界の声が囁く。
「ならば――扉の先へ来い、継承者よ」
一真は深く息を吸い、レイヴァンと共に、その夜を越える一歩を踏み出した。




