2 大学進学
惨憺たるデートからしばらく経って、気づけば高校の卒業式を迎えていた。私が女子バレー部に所属していたということもあり、同じ屋根の下で球を弾きあった仲間たちが名残惜しそうに寄せ書きを書きに来てくれた。
あらかた挨拶を済ませると、気疲れもあってかそそくさと家路についた。
「ただいまー」
家は真防備にももぬけの殻であった。たった今高校を卒業してきたというのに、迎えてくれたのは母の置き手紙だけであった。
昼ごはんは余り物で済ませてね
母親の字は達筆とはお世辞にも言い難い殴り書きであった。
私は適当に昼食を済ませると自室のベッドに潜り込んだ。現代病なのか、すぐさまポケットからスマホを取り出して、友人からのラインに応えた。しばらく画面を指でなぞっていると、例の男の連絡が目に飛びついた。
「『卒業おめ。こないだは飯行けなかったし、来週あたりどっか行こうぜ』......まだ懲りてないのかなぁ」
私は唖然としていた。例のデートから日にちも経ったし、例の男も私の態度に懲りた頃だろうと思っていた矢先、彼は連絡をよこしてきた。
「まあいいか」
またもや、妥協してしまった。
当日。私はしっかりとおめかしをしてから映画館に赴いた。
「よ、よう」
「おはよう」
男は前回のデートに比べて粋っぽくなっていたが、服のサイズが二回り大きく不恰好だった。
「こないだはごめんな」
「え、何のこと?」
「あっ......デートのことだよ。俺が映画見てる時寝ちゃってたこと」
(そこじゃない)
私は真っ先に思った。
「あぁ、そのことなら全然大丈夫だよー。こないだは本当にお金がなかったからさ」
「そうだったんだな」
男は安心したのか歯を見せて笑った。私だって彼の鈍感さに吹き出しそうになったが、ぐっと堪えてあくまでも無表情を貫いた。
「どっか食いに行くか」
「まだ早いかもなー」
「お、そうか」
男は私のサバサバした態度に閉口してしまった。
「お、ちいキャワじゃん」
男はクレーンゲームに指差して言った。
「ちいキャワー! 私エビちゃんめっちゃ好きでさぁ」
「え、エビちゃん?」
「え?ちいキャワのエビちゃん。めっちゃ可愛くない?」
「お、おう」
私は画像を見せればわかると思い、スマホを取り出して彼に「エビちゃん」とやらが何かを教えてあげた。
「こういうキャラが好きでさ」
「かわいい」
「だよね! 一緒にゲーセン見よ! エビちゃんいるかもしれない!」
「おう」
男は興奮する私を横目にぶっきらぼうな面持ちだった。彼もまた私に愛想を尽かしたのである。
クレーンゲームをあらかた見終わると、男は心底疲れたように、
「今日はこの辺にするか」
と言い放った。
「え?何で?」
「いや、俺今日お金ないからさ」
「え、準備してこなかったの?」
「そういうわけじゃないんだけど、大学進学でお金がかかるからさ」
「えー......」
適当な理由を言い繕うと、彼は魔の手から逃れるようにその場から去った。人で溢れかえる川越のモールのど真ん中を、私は呆然と立ち尽くしていた。
彼が言い放った「大学進学」という四文字の日本語は、頭の横を掠める鉛玉のように私の脳に響いた。