1 出会い
高校最後の冬。私は一般入試を迎える同級生を横目に悠然とした心持でいた。受験という受難を避けた私は、少なからず劣等感を感じていた。
(大学生活か……)
家の机にぐったり突っ伏した私は、自由という刑に処されているとさえ思ってしまった。ちょうど私は好きだったアイドルグループの応援をやめ、とうとう何にもすることがなくなってしまったのである。進学先も決まり、勉学の苦しみからも解放された。しかしかえってそのことが、私を自由という名のもとに苦しめる要因になろうとは考えもしていなかった。
ブー……
突っ伏した私の横でスマホが震えた。
「あいつからか……」
私は男からのラインに呆れたような反応を示した。
「『来週あたり映画でも見に行こうぜ』って……」
男の誘い文句を読み上げた私はすかさず、地元の映画館の上映スケジュールをネットで調べた。特段興味深い作品は上映されていたなかったが、
(何の気なしに家でごろごろするくらいなら……)
と思った私は、重い腰を上げて映画を見に行くことにした。
当日。私はいい加減に身なりを整え映画館に向かった。
「よ、よう」
男はズボンのポケットに片手を突っ込んで、不慣れな挨拶をしてきた。
「待たせたかな」
「そんなことないよ。こっちこそ朝早くから誘ってごめんな」
「いやいやぁ……」
「とりあえず、チケット買おうぜ」
男の背中に隠れるように映画館に入った私は、幾分か非日常的空間に高揚感を覚えたが、その高揚感も長くは続かなった。
「これ見ようぜ」
男が勧めた映画は、お世辞にも興味深いとは言い難い恋愛映画であった。
「う、うん」
私が心惜しげに返事をすると、男はずけずけと映画館の奥へと入っていった。
いざ映画が上映されると、周囲の客はあくびをしだした。空き樽は音が高いとはよく言ったものだが、これは映画においてもそうだ。中身のない映画に限って騒がしい。そのくせ子供だましのように涙を誘ってくる。
私はその恋愛映画を小一時間観たところで痺れを切らし、お手洗いに逃げ込んだ。
「なんで恋愛ものなんだろうな」
トイレの個室で頭を抱えてふさぎ込んでしまった私は、今日に至るまで自分に映画を選ぶ権利があるものだと思っていたが、デートに不慣れな男は独断で映画を選んでしまった。
「映画観終わったらすぐ帰ろっと」
私はそうつぶやくと、重い腰を上げてお手洗いを後にした。
自席に戻った時、男はぐっすり眠っていた。
エンディングロールになって、男は体をピクリと震わすと慌てたように私に気がついて、
「あれ?戻ってたんだ。映画に夢中で気が付かなかったよ」
「だいぶ前に戻ってたよ」
と言った。男は嘘のつき方が絶望的に下手であった。
「面白かったな」
男は剃り残した髭をじょりじょりとさすりながら、薄っぺらい評論家気取りで映画を評価した。
「どっか行こうか。昼飯まだ食ってねえし」
「いや、私はいいよ」
「そ、そう?」
「お金かかるし、うちで食べるよ」
「あっ、お金ならかにする必要ないよ。俺が出すからさ」
「いや、今日はいいかも」
昼飯を食う金くらいたんまり持っている。ただ私はこの男と一緒にいたくないだけである。理由は説明し難いが、一緒にいても楽しくない。ただそれだけである。
「じゃあね」
「お、おう」
映画館に無惨にも取り残された男は、その場でただ立ち尽くすことしかできなかった。男の感情は、悔しいとか悲しいとかではなく、筆舌に尽くし難いほどの虚無で埋め尽くされていた。