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別れと出会い

…私には、魔王様一人しかいなかった。魔王様の為ならなんだって捧げてきた。この身も、心も。

だから「勇者を殺せ」と言われた時も、勇者に対し何とも思わなかった。むしろ魔王様に頼っていただけたことが何よりの喜びであった。それが例え捨て駒であったとしても…。


それが、どうしてこうなってしまったのだろうか。


「ベル」

静かに、しかしその声は、私の名を呼ぶ言葉はしっかりと私の耳に、体に響き渡って。

「ま、おうさま…」

赤い瞳が、私を射抜く。

それは、畏怖。それは、尊敬。それは・・・愛情。全ての感情が、彼を見た瞬間に膨れ上がっては溢れ出る。

「お前は、お前だけは我を裏切らないでくれるな?」

それは、確信。それは、傲慢。そして…懇願。それがわかるからこそ、抗うことなんてできなかった。


しかし…


「リン」

反対から聞こえる、こちらもよく通る声。なのにどこか魔王様とは違って。

反射のように思わずそちらの方を見れば、青い瞳が優しくこちらを見つめていた。それは私が辛い時も、楽しい時も、見せてくれた優しい瞳で。 剣を持ってない手を差し出す。

「こっちに来てくれ、リン。頼む…」

一緒に冒険してきたからこそわかる。その気持ちに。込められた想いがどれだけ強いか、ということに。

…嗚呼。二人の間で私は一粒涙を流す。

私はどちらかを選ばなければいけない。逆に言えばどちらかを捨てなければいけない。


それはなんて…残酷なんだろう。


「お呼びでしょうか、魔王様」

コツコツと静かな足音と共に漆黒の髪を上に一纏めにした女性が魔王の前で跪く。

「そう構えるな、誰もおらぬ」

魔王の言う通り、いつもなら魔族が魔王の傍にいるのだが、今回は魔王直々に人払いをした。それは魔族軍に所属する唯一の人間だからというのもあるのだろう。

「…しかし…」

「お前は我のものであろう?ベル、これは命令だ」

ベルと呼ばれた女性は命令と聞くと一瞬だけ体を強ばらせ、そしてゆっくりと顔を上げた。

「ま…レイン様」

ベルがその名を呼ぶと、レインは満足気に笑みを浮かべる。


「それでよい…こっちへ来い」

レインの言われるがままに目の前へと歩いていけば、ベルの細い腕が引っ張られその体はレインの膝上に乗せられる。

「ま、魔王様!」

「ベル」

「……レイン様、私ごときがレイン様に触れるなど…」

「我が良いと言ってるのだから良い。それとも不満か?」

「そんな…滅相もございません」

「ならばそのまま我の上に乗っていろ」


言い返す言葉もなく、ベルはレインの膝の上でソワソワと落ち着きなくどうすればいいのかわからずにいた。そんなベルを微笑みながら見つめるレインは、ベルの頭を寄せ己の胸にもたれかけさせる。

ベルは温かくはないが大きく頼りになるその胸板に寄りかかれるのが嬉しく、しかし顔に出さぬようにと必死にレインの服へと顔を埋めた。もっとも、朱色に染まった耳がその全てを語っていたが。


レインは笑いそうになる声を押し殺し、吸い込まれそうな漆黒の髪を優しく撫でつける。

(…レイン様は、私のことを人形か何かだと思っていらっしゃるのだわ)

ベルは、勘違いしないようにそう己に言い聞かせた。

(だって…こんなに美しい方が醜い私を好きになるわけがないもの)

ベルは元々奴隷だった。不吉を意味する黒の髪と悪魔のような金と紫の瞳を持って生まれたベルは両親の顔も知らぬ内に売られたのだ。生まれた頃から醜いだとか悪魔の子だとか言われ続け、ベルは自身が醜いのだと思い込んでいた。


しかしそんなベルでも美しいと思った人がいる。それがレインだ。レインは奴隷であるベルを救ってくれた。月の光を集めたような銀色の髪をたなびかせ人を殺すその姿に一目惚れしたのである。そんなベルが都合良かったのだろう。レインはベルを配下に入れた。一目惚れした相手に仕えることができてベルは心から喜んだ。何も持っていない自分が差し出せるのは己の体と心くらい。ならばその全てを捧げようと、誓ったのだ。


そう、だからこれはベルの勝手な敬愛であり、恋心だ。それが叶わない夢だと知っていても、その感情を捨てることはないだろう。

「ベル」

心地よい低い声がベルの耳へ響く。細長い指にすくわれるように顎を持ち上げられれば、血のような赤い瞳と視線が交わる。一見恐怖を感じるものだが、ベルにとってはバラのごとき美しさを目の当たりにしたように目をそらすことができなかった。

「最近勇者が現れたことは知っているな」


-勇者。魔物を殺し、魔王の命ですら狙っている悪しき存在。

「次々と我が配下が殺されていてな。そこでベルには人間として勇者に近づき、暗殺して欲しい」

魔物だったら警戒するだろうが勇者と同じ人間であるベルなら警戒されずに近づけると思ったのだろう。

「御意に。必ずや勇者の命を貴方様に捧げると誓いましょう」

決意を胸に、そう呟けばレインは少し顔を曇らせ所有者の証として送ったベルのチョーカーを弄ぶ。


「…絶対に死ぬな。これは命令だ」

切実な声にベルは泣きそうになるのを堪える。

(ああ…こんな私にも気遣ってくださるなんて)

その言葉だけでベルは充分だった。人間で、奴隷だったにもかかわらず平等に接してくれた、それだけで。

「…はい、わかりました」

だからベルは初めて嘘を吐いた。己の敬愛する魔王の為ならば、刺し違えてでも殺すということを。その心に隠して。


***


「………い…」

ぼんやりとした意識の中、うっすらと声が聞こえる。

「…だい……か…」

段々と声が鮮明に聞こえてきた。それと同時にまるでゆりかごにいたような心地から感覚が研ぎ澄まされる。

「大丈夫かい!?」

その言葉にハッ、と女性は目を覚ます。そして全身に駆け巡る痛みに顔をしかめた。

「無理しなくていい、おそらく崖から落ちたのだろう。怪我が酷い」

女性は言われて気づく、身体中傷だらけだった。骨も内蔵も無事なのが唯一の幸いか。

女性は顔を上げる。太陽の光を集めたような金色の髪に空を見ているかのような青色の男性が心配げに女性を見つめている。


「君、名前は?どうしてこんなことに?」

男性に聞かれ、女性は思い出そうとする。しかし…

「…わからない」

女性は何も思い出せなかった。どうしてこうなったのかも、自分が何をするべきなのかも…そして、自分の名前でさえも。

「もしかして…記憶喪失?」

そうなのだろう。もしそうなら自分はどうすればいいのだろう。女性は不安そうに胸の辺りで拳を握った。

しかしその手は男性に握られ、女性は驚く。


「大丈夫、僕が君の記憶を取り戻してあげるよ!」

にこり、と笑う男性に女性は戸惑う。

「どうして…見ず知らずの人を助けようと思うのですか?」

男性にとって女性は所詮他人なのだ。放っておかれてもおかしくないのに。

「困ってる人がいたら助けるもの…ってかっこよく言えたらいいんだけど」

男性は苦笑いを零しながら頭をかく。

「本当は綺麗な君を放っておけなくてね」

「…綺麗…?」


首を傾げる女性の髪を男性はすくう。

「まるで吸い込まれそうな漆黒の髪、宝石のような紫と金の瞳。まるで僕を誘惑する悪魔みたいだ」

キラキラと目を光らせてそう言う男性がなんだかおかしくて、女性は鈴を転がすように笑った。

「君の笑い声、とても素敵だね!」

男性は嬉しそうに笑うと「そうだ!」と手を叩く。

「君の名前、『リン』なんてどうかな?」

「リン?」

男性は名案と言わんばかりに頷いている。

「君の笑い声が鈴みたいに綺麗だからさ、ずっと聞いていたいって意味でリン」


『お前の笑い声は鈴みたいに綺麗だな。ずっと聞いていたい』

「……?」

女性は脳内で聞こえた声に首を傾げる。前にも同じことを言われたような…

「き、気に入らなかった?」

しかしその声も男性の弱々しい声に遮られる。女性は安心させるようににこり、と笑った。

「リン…とても気に入りました」

女性…リンがそう言うと男性は花を咲かせるように顔を綻ばせる。


「よかった。よろしくね、リン」

「あの…貴方の名前は?」

「ああ、そうだったね」

男性は立ち上がり、爽やかな笑顔を浮かべる。

「僕はティル、しがない勇者だよ」

ティルの後ろから差し込む太陽の光にリンは目を細める…後にして思えば、目の前の人物がとても眩しく感じたからかもしれない。


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