6羽 それでいいわけ?
「キッ、キッ」
楽しげな会話と共に、マッキーが二台止まる音が聞こえる。いつもと変わらない朝だ。
「・・・よかった!・・・黙っていてくれたみたいだな」
そうだよ。だって、俺悪くないもん!怯える必要ないじゃない!
「おはよう御座いますぅ」
「おはよう~御座います」
勢いよく入って来た二人は、そのまま話しながら更衣室へと入って行った。どうやらアミアミの息子さんの話で盛り上がっているようだな。
聞こえてきた会話は、昨日息子さんの所属する少年野球チームが試合だったのだが、雨で無くなった代わりにミーティングがあり、そこに集まったママ友たちとランチしたという旨の内容だった。
時折「ホント!?最悪だね」とか「やってらんないッスって感じ?」とか聞こえて、その度にオドオドしてしまうけど、笑う声もするから多分、大丈夫。
ならば俺もいつも通り振る舞うべきよね。
いつも通りコーヒーを煎れ、お客さんから頂いた“モックモック”のシガークッキーを添えて
二人が出てくるのを待つ。
「おはよ!コーヒーどうぞ♪」
「あ、ありがとう御座います。いただきます。それでね!なんかコーチのお弁当の持ち回りがさ、納得いかなくてっ!!」
「いただきます。ん~、悪しき習慣だよね。甘えんな!!ってとこ?だってさ、それって「こっちは教えてやってんだ」って思ってるって事でしょ?お金払ってるのはこっちでフィフティじゃん」
議論が白熱しているみたいだけど、なんか変たぞ!?いっさいコチラを見ない。いや、見ないようにしている。入って来た時からそうだった。俺、居るのにフルシカト・・・。
ああ、やっぱりコレは昨日の事で怒ってらっしゃいますね・・・。
「・・・あのぉ、ですね・・・昨日の、コトなんですけどね・・・」
「えぇ、聞きましたが、何か?別にいいんじゃないんですか?テンチョーも男のひとですし。他人だし。カンケーないし」
こっ、怖いよぉ・・・静かに語らないで!!
怒鳴られたほうがマシ。怒りマシマシ(泣)
「・・・申し訳、御座いませんでした」
こちらも静かに、だけれどしっかりと謝る。
必要もないのだけれど、“もしもあのままー”を考えると謝るべきだと思ったから。
それに、これ以上は何を言っても言い訳にしかならないし、何よりカッコ悪い。
コーヒーをひとくち飲み、スライサーへと向かう。仕方ない、オークバラしゃぶしゃぶ用でも切りますよ。スゴく寂しくて悲しい気持ちで一杯だけど。
・・・いかんいかん!心の乱れはスライスの乱れ。
バラをくの字に、脂が内側になるよう折り曲げてスライサーにセット。ふた息、深呼吸する。目盛りを“1”と“2”の間にしてレバーを倒して起動。しゃぶシートに並べて切っていく。
「カッチャン、カッチャン、カッチャン」
スライサーの音が、今は心地良い。それはまるで俺を慰めてくれているようだった。
十数年、ほぼ毎日この音を聞いてきた。身体に染みついたサウンドが仕事へのバイブスを高める。
なんちって。ふふっ。
じゃない。恐るべし、ワーカーホリック。死んでも治らないとは。自分に笑える。
ふと、視線に気がついて顔を上げると、揚げ場に入ったアミアミがかなりヒキ気味の眼差しを送ってくれている。
「よっぽど、楽しかったんですね~」
きっとこの重たい空気の職場を、明るくしようとして言ったのだと分かっている。嫌味を言う娘ではない。俺が何かボケると思っての事だろう。
でもね、言葉のチョイスが火に油なのよぅ。
「ストン」
サワリがタマネギを真っ二つにして包丁を止めた。
切られたタマネギはしばらく包丁の肌に貼り付いていたが、やがてコロン、コロンと剥がれてまな板の上で揺れている。
そのさまがとても不気味に思えた。
まずい。かつまる始まって以来の大ピンチ!
ウチの看板娘がチョ~~ご機嫌ナナメ!!
しばらくの間それを眺めていたサワリは、ヒヤリと冷たく地を這う、ドライアイスのような殺気を放ち始めながら、ゆっくりと視線だけをこちらに向けてきた。
「え??サワちゃんすっごい怒ってる~。
どしたの??・・・あ、もしかしてテンチョーの事好きでいろいろ気になっちゃってたりする~??」
へ??なになに???
「なっ??そっ、そんなわけないじゃん!!
違うって!アミちゃんちょっとヤメテ~~!?
男のヒトって何でそんなかなぁ!って思って
イラッときて、ウチのだったら別れてるかもって思って、テンチョーが気になるとか、そんなんじゃなくて、あ、別にテンチョーが嫌いとかじゃないですよ?」
「じゃあ、好きなんじゃん。耳、赤いよ?」
「違うって!好きとか嫌いとか、も~~!!アミちゃんホントヤメテ~~!」
しどろもどろのサワリと互いに一瞬、目があってしまい時間が止まる。
刹那、ハッと我に帰り二人ともまな板に視線を落としたが、気まずい空気が流れてしまった。
こんな気持ち、いつぶりだろうな・・・。
チラチラと互いの顔を見てはまたすぐに目をそらす。その度に胸が高鳴り耳が熱い。
声をかけられず黙り込んでしまうけど、それでも気持ちが通じあっているのが分かる。
・・・恋!!そうだよ。これが恋!!
なんと心地良く幸せな苦しみなのだろうか!!
彼女はすでに他人のものなのに
彼女もそれをわかっているのに
だけど僕達は見つけてしまった!
夜を貫くまっすぐな光を!!
「は!?好きとか嫌いとか、ないかなぁ。
ただの雇い主!嫌いだったら辞めちゃうけど、ここ、気に入ってるんだよね~。
苛つくのは、その女!そういうだらしない奴が嫌いなだけ。テンチョーはどうでもいい。どうぞ、ご自由に」
「・・・どうでも・・・って」
「ああ、嫌いなわけじゃあないですよ~?
好きなわけでもないですけど」
そう言いながらまな板のタマネギに視線を落とす。俺は打ちのめされて視線を落とす。
気まずい空気が流れて苦しい。
互いにこれ以上話すことがなく黙り込んでしまう。
・・・まあ、そうだよね。俺なんかに恋心を抱くはず、ないわよねー(泣)わかってました。ちょっと妄想に浸ってしまいました、
ホント、スミマセン。
「ゴホン。ま、俺はともかく、職場は好きなのね?」
「そうですね」
精一杯、職場の雰囲気を明るくしようと努める。
「なら!明日も来てくれるかなあ!?」
「いいとも~~!!さ、タマネギ切ろっと♪」
「俺もしゃぶ切ろっと♪」
アミアミがトングでコロッケをつまみ上げながら“やれやれ”のポーズをとる。
ん、いつも通りの職場やね!さ、仕事仕事!!
・・・そつなく一日を終え、ビールを飲みながら見上げた月は、何だかとっても滲んでみえた。