3羽 テンチョー“も”大変です
「テンチョー、大変です!コレ見て下さい!」
普段より早めに出動して来たサワリが、着替えるより先に一枚のプリントを作業台の上に差し出して来た。
ゆったりとした襟口からサワリのムネの谷間が覗いている。えと、どちらをみれば?
ああ、プリントね。
「来週、保護者説明会でお休み欲しいんです~~!それで、アミちゃんもだからテンチョー1人になっちゃうんです!昨日それに気がついてっ!!大丈夫ですか?」
「おはよう御座いま~す」
「おはようアミちゃん!来週、保護者説明会でしょ?朝誰も居なくなっちゃうんだよね・・。知ってた??どうしよ!?」
「サワちゃん、まさか気が付かなかった??」
「ふぇっ!?」
サワリがすっとんきょうな声を出して驚く。
顔が真っ赤になっていて、両方のほっぺたに手をあてる仕草がとても可愛らしい。
「・・・カワイイなぁ」
思わず心の声が漏れてしまった。
「ちょっと、もう、ヤダァ~~」
さらに耳まで赤くなりしゃがみ込む。
・・・やばい・・・可愛い過ぎる!
「・・・サワちゃん。着替えたら?」
アミアミはいつも冷静だ。ポヤッとしたサワリと(本人は否定)しっかり者のアミアミ。
二人とも実にいいコンビだと思う。
「私も、相談しなきゃな、って思ってたんです。説明会お昼からなんで、朝早めに来てギリギリまでやりますよ。マッキー(魔力キックボード)とばせば、なんとかなると思うんで」
「私もそれでーー!!」
更衣室からサワリが叫ぶ。
「あはは。いいよ。お休みして下さい。ただでさえお母さんは忙しいんだから、そんなのバタバタになっちゃうじゃん?
大丈夫!俺、ひとり慣れてるから・・・」
そう、今までずっと長いことワンオペだった。切って売っての対面販売も慣れてますからね。
なに、ちょっとさみしくて、つらいだけ。
「済みません。じぁあ、申し訳けないんですけどよろしくお願いします」
「ダ~イジョ~ぶい!!」
・・・更衣室から出てきたサワリが冷たい視線を送っている・・・。
「うわぁ・・・これはコーヒー案件ですね」
「!はい!ただいま!!」
やっぱり、弱いなあ。
朝のコーヒータイムを終えると、明日用のから揚げの仕込みに入る。
四時間かけて煮出しておいたガラスープ1キロに醤油500g、卵が2つ、生姜200g、ニンニクも200g、鰹ダシ100g砂糖100g味の素50gをよくかき混ぜる。
鶏モモ肉をモミジに繋がるスジ(たま~に、そこに脚骨の細いのが入ってる事があるので気を付けて!)膝軟骨の付近、骨肌、背中に繋がる余分な皮、その辺に付いている骨肌も取り、ひとくち大に6キロほど切っていく。
から揚げは子供大好きメニューだからね。下処理は丁寧にするのさ。
これを先ほどのタレによく混ぜてから、小麦粉1.4キロ、片栗粉1キロを加えてまんべんなく絡めて、一晩寝かす。
ん~。こっちの世界でも、ほぼ同じ材料が揃うのが嬉しい。
デカいまな板の向かいで二人が黙々と鶏を成形しているのだけど、まさか、可愛いエルフが俺の前で鶏モモを切る日が来るとは・・・!
社畜の日々を頑張ったご褒美かしら?だとしたら、マジで神様ありがとう♪
おっと、お客さんだ。
「俺、出るよ」
コロッケ2枚と、オークカツと4枚の注文だ。
「あー、ごめんなさい。カツ2枚しかないのでお時間頂戴出来れば揚げますよ?ちなみに今ならリブかヒレ下か好きな方でお作りします」
「あら、じぁあリブ2枚、ヒレ下2枚でもいいかしら?」
「もちろん♪よりに腕をかけて作ります♪」
お客さんがちょいと素敵なマダムエルフだったので、心持ちサービスカットで。その位いいでしょう?俺も男なの!!
フライヤーの温度を上げて180度付近まで持っていく。このあたりは夢見る異世界ライフとは、ちと違った。異世界とはいえ、インフラは整っているのよね。むしろ天然資源は豊富らしい。電気もガスも水道も普通に通っている。ただし大規模な設備などは無く、
各町や村単位で井戸、風力発電、ボンベによるガスの供給等がなされている。
ん~。そのへん、ファンタジーがよかったなあ。ファイヤー!!とかで焼く、とかさ。
あ、でもそしたらロク魔法の使えない俺が生きていけないか・・・。
なんてことを思いながらオークカツを油の中へ。
普段はアミアミが揚げ場に入っているのだけれど、今は鶏に集中しているから俺が揚げます。あ~~。揚げ物の匂いが辛い・・・。
実は俺、お肉あんまし好きじゃないのよね~。食べるなら、お魚ラブ♡
肉を食べないお肉屋さん、お魚嫌いな魚屋さん。生鮮業界あるあるね。
「ねぇ、サワちゃん。さっきのカツ見た!?
いつより大きくなかった!?」
「見た!!そうね~~。テンチョーも男の人だもんねー。あの人綺麗だもんねー。なんかね~。もう帰ろっかー」
背中越しに嫌味(ヒガミ?)が飛んで来る。
「はい。お待たせしました。揚げたてなので
袋の口開けておきます。気をつけてお持ちください。ありがとう御座いました」
俺は至って普通です、いつも通りです、そう平静を装う顔が余計に裏目にでていたみたいで、さらにマダムエルフが帰り際にウィンクなんてするもんだから・・・圧がすごい。
ゆっくりと振り返るとスンとした顔でから揚げを仕込んでいる二人・・・。
「ねぇアミちゃん。今の方、綺麗だったねー」
「うん。だからテンチョー自分で出たんじゃない?」
「ま、お休みもらうしねー。変な事言って聞こえてたら「お休みやらん!」とかさ、なっちゃうかもだしねー」
「そんな事はないですよ」俺はオークカツと一緒に作っていた物を皿に盛り二人に献上する。
「あ、サワちゃん!!ささみカツ!!」
「え!?あ!!ホントだ!美味しそう~♪
私これスッゴい好きーー!!」
はい、知ってます。だから作りました。とりあえずご機嫌は治った様でなにより。従業員のケアーも大事よね。それに、紙にくるんだささみカツを両手でつまみ、ハムハムしている二人に癒やされてるから俺もケアー。ウィンウィン。
「多めに揚げておいたから、お持ち帰りになってくださいな」
「ハヒハホウ・・・ゴクン。ごめんなさい(照)
ありがとう御座いますーー♪
あれ?・・・テンチョ!!大変です!!」
「はいはい~。今度はなんですか?」
「コレ見て下さい!!」
サワリが壁に貼ってある紙を指さす。
「ん~、合挽25キロ・・・6月4日・・
今日ぢゃないですか!!
やっっべー!!こりゃ、大変だー!」