10羽 ついてるね
タバコの先からゆっくりと立ちのぼる煙がワルツのように踊りながら、やがて空へと消えていく。
昼もだいぶ過ぎた頃、ようやく一息つく事が出来た。七月のアタマだというのにうだるような暑さだ。たまに風が吹くのだけれど、もはや熱波。コッチの世界にはチョーー巨人の熱波師がいて、扇いでいるに違いない。
「夕方のバイトが来るまでは独りかぁ」
タバコをもみ消し携帯灰皿にねじ込む。長い一日になりそうだ。今日はいつか言っていた保護者の集まり、だかなんだかで二人ともいないのね。
・・・ホント、皆にはアタマが下がるのですよ。接客は大変。いいお客ばかりじゃないからね。
欲しい物があるから対価を支払う、対価を頂くからにはより良いものを提供する。コッチも客もフィフティのハズなんだけど、この世界でも一定数、勘違いやろうがいるのよ!「お前が神様なら、コッチは仏様だ!
肉切る前にコッチがキレるわ!!」
・・・って、声高に言えないから心の中で罵るだけにしておく。多少サービスは悪くなるがね!
ムムッ、考えたら気分悪くなってきた。暑いし。
こうも暑いと客も少ないし、冷蔵ケースに入っていてるとはいえ肉も色が悪くなる。特にミノタウロス(牛)はすぐに悪くなる。
う~ん。明日は出せないだろうな・・・。仕方ない、バイトちゃんにこのお肉で賄いでも作ってやりますか!!
牛丼二人前
ミノタウロス(牛)の切り落とし肉300g
白滝一玉
玉ねぎ一つ
(醤油オタマ一杯
砂糖同量
みりん大サジ2)
調味料はめんつゆ濃縮タイプで一発代用可
まず切り落とし肉をサラッと湯がいて余分な脂を落とす。玉ねぎはスライスして半分ほど多めの油で焦げ茶色になるまで揚げる(こうすると甘く香ばしいのよね)面倒なら市販のフライドオニオンで。
肉、全ての玉ねぎを鍋にぶち込みヒタヒタの水、調味料を入れて火にかける。沸騰前に白滝を追加してひと煮立ち。この時、アクが出てくる様ならきっちり取り除く。
あとは火を止めて落とし蓋をして(クッキングシート)休ませる。
お召し上がり前に温めて飯の上にドーン!
肉は多めで!俺は玉ねぎ多め(笑)
お好みで七味唐辛子。あ、紅しょうが忘れずに。
オーク肉(豚)のバラしゃぶしゃぶ用でも美味しいよん♪
うん。いいんじゃない?
ただ・・・味見と匂いで、なんだかお腹いっぱいになっちゃったや。
一人分にしては多いかもだけど、バイトちゃん、運動部だからいっぱい食べられると思う。
スポーツに特化した学院がこの近くにあり全国から優秀な者達を集め、先生として輩出している。
こうした者達は大抵実家が遠方で、通うのが大変だろうと寮が用意してある。そこでそれぞれ生活しているのだが、バイトちゃんもその一人だ。
彼女の名はサヤ。コッチにもサッカーみたいなスポーツがあって、それのキーパーを任されている。
何度か出先で観たことがあるが、どれもドリブル主体の攻撃的なゲームでエキサイティングだった!まるでキングやタケダがいた頃のような!!
聞くとパスには前半、後半と回数制限があるのだそうだ。なるほど、だからか!
死ぬ前に観ていた日本のサッカーは、パスばかりでスピード感がなく、アッチにポーン、こっちにポーン・・・。なんとなく子供たちのイジメ“上履き返してよ”みたいだった。
「・・・よくやられてたっけ・・・」
少年時代の嫌な記憶を彷彿とさせてくるのでそのうち、なんとなく観るのをやめてしまったが。
二人ほど接客したあと、作業場に戻り鶏唐とカツを揚げる。熱気と油の匂いでクラクラするけれど、こういったものがよく売れてくれると助かるのだ。
「暑い時に揚げ物は食べたいけどお家ではちょっと・・・」分かるよ~。台所、立ちたくないもんね!
ただ、お父さん的には唐揚げにビール!!最高ね!子供たちにも大人気だし♪
こちらとしても惣菜に回せるものは強気に並べられるからさ、頑張って揚げますよ!
「おはよう御座います~~。あ!チョ~いい匂いッスね♪」
ちょうど鶏唐が出来たとこでサヤが出勤して来た。
袖まくりのシャツと七分のパンツからのぞく健康的な小麦色の肌!弾ける若さのエネルギー!!程よく揺れるおっぱ・・・。ばか。
「おはよう!ごめん、今日一人なんだ。日が落ちて涼しくなる頃、ちょっと忙しくなると思うけど頑張って!!あと、牛丼作ったからさ、帰りに持ってきな」
「マジすか!アザス!!ってか、むしろ今食べたい位!!チョ~腹ペコリンなんす!!」
「アハハッ!午前中は全力部活か!
たった今、鶏唐揚げたからそれ、食べていいよ!!」
「アザマス!!・・・あっつ!はふはふ・・
マジメここの唐揚げが一番美味いッスよ!
なんか、今日仲間が買いたいって言ってたんですよ~!後で来んじゃないんすかね」
この通り、元気な娘なのだ!笑顔も可愛いし♪接客する販売員ってさ、いわばそのお店の顔、看板そのものだと思うのよ。その観点から言えば、ウチはパーフェクト!!だな。
「だろ?俺も美味いと思ってる!しかしまあ、鶏さんも幸せなんじゃね!?キミみたいな可愛い娘に食べてもらえてさ!!」
「・・・」
唐揚げをはむつきながら、そっぽを向いてしまったが、耳が紅い。・・・か~わいいのぅ。
それにしても、仲間、か。何度か来店しているが彼女の部は入部に顔審査が有るんじゃなかろうか、と思うほど、皆可愛いのだ!!
思い浮かべると、どうにも止められない欲求が湧いて来てしまった!
唐揚げを食べながら裸でキャイキャイする娘たち!!観たいだろ?観たいに決まってる!!
観たくないやついる~?いねぇよなあ!!
幸いにして、パート二人とも、いないし!!
♪つ~いてるね♪ってか!?
・・・そわそわ・・・
「いらっしゃいませ~」
お!!・・・なんだ⤵ジジイか・・・
「いらっしゃいませ~」
これか!!・・・なんだよ!またジジイかよ!
ああ~、もう!閉店時間来ちゃうよ!?
ムダにウロウロ
いかん。冷静になろう。深呼吸だ。
来店時、クールな店長でいたいからね!
目を閉じて、深呼吸すると、大人数の気配を感じる!来たか!!
スキル解放!!
「いらっしゃいませ」
作業場から努めて冷静に売場である対面ケースへと出る。そこに広がる光景!!ああ!!
「♪バナナが十本ありました~!あーおい!いったい何だこりゃ~♪」
「あ、店長!なんか、男子部員達も来てくれたみたいっす!!」
おッエエエ~~!!チョ~~バッチイ~~!
マジデキチャナイ!!なんかついてる!!
鍛え上げた下半身の真ん中にだらしなくぶら下がるバナ~ナ~。
「モザイク!!!」
間髪を入れず処理を施したが、脳内に焼き付いて・・・インパクトが・・・。
「・・・ああ・・・いらっしゃい。
うん、なんか、きてくれてありがとね」
「あ、発注忘れてた」とかいって早々に作業場へと逃げる事にする。
近年で一番汚いモノを見た!!
獣の大腸を裏返して洗浄している時より
肩肉のリンパがコルゲンコーワの時より
はるかに“おええっっ”っだ!!
「店長~~。なんか、男子達が唐揚げ全部買っちゃったッスよ。ウチらの分が・・・」
なんてことするんだよ!男子部員!!鶏唐を楽しみにしているあの娘たち、可哀想だろ!
そして、俺も可哀想だろ!!
バチがあたったか・・・!
いや!
ばっちいのがあたった!だな⤵
ああ・・・俺の唐揚げキャイキャイ・・・。
しかも、もう閉店時間でないですか。
・・・がっかりだぁ。
「いらっしゃいま・・わあ、来てくれてありがと~!
聞いて~!せっかくなのにさあ、今男子達が全部買っちゃってさぁ!!」
来たか!!!観てやる!せめて脳内の記憶の上書きを!!
「いらっしゃいませ」普段より一段低い声で対面へとクールに出る。
・・・モザイク架けてたんだった・・・(泣)
ナニコレ!?なんで都合良く上と下の一部だけモザイク架かってるの!?全員カワイイだけにがっかりもひとしおだぁ・・・。
もうダメだ。全てのやる気が失せたわ。
「ごめんねー。全部売れちゃってさあ。
そん代わり、残りの揚げ物、持っていっていいよ~。サヤちゃん、後俺片付けるから皆と一緒に帰りな。牛丼、忘れずに」
「マジすか!アザマス!!お疲れっしたあ!」
こうして、俺の長い一日が終わった。
全ての掃除を終えてようやく一息。
タバコの先からゆっくりと立ちのぼる煙がワルツのように踊りながら、やがて空へと消えていく。