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1羽 それではみなさんさようなら

「コロッケ二枚ですね!ありがとうございま~・・・痛っ」


 販売にあたっていた女性が突然片目を軽く押さえてしゃがみ込む。


「お!やったな?」


 俺は直ぐさま彼女の元へ向かった。


「ん。代わるよ、取っておいで。

あー、お客さん、販売代わりますね~!え~と・・・コロッケ二枚でしたっけ」


 揚げ物の衣が飛んで目にはいったようだ。サクサクのコロッケはたまに牙を剥くのだ。


「済みません。ありがとうございます」


 そう言って奥の流し台へ行き、衣の破片を取りにかかった彼女の真剣な顔つきが可愛く見えて、ちょっと見入ってしまった。


「あと、オークの肩切り落とし300g」


「!!あっ、ハイ、落とし300ね」


 客の声で我に返る。


「あ、私、手あいたんでコロッケ詰めます」


 今まで揚げ場に入っていた別の女性が出てきて俺と代わってくれた。じゃあ俺は肉を計りにかかりますか。

 大きめな長細い葉に肉を包み天秤に乗せる。もう片方に100gの重りを三つ、積む。

・・・うん!いい感じだ。


「はい、お待たせ!500イェンになります」


「ごめんなさい。取れました~!

・・・もう!マツエク掛けたばっかりなのに

とれちゃうとこでしたぁ」


 客から代金を受け取り、釣り銭を渡すと先の女性が帰って来た。

 彼女はサワリ。俺の店で主に販売を担当してもらっている。少し明るめカラーのデコ出しショートボブで前髪を右に流しているが、気分で左になったりもする。大きめなクリクリした目が左側だけ少し赤い。「長いまつげに防御機能は無いんだね」と言ってみると、冗談でキッと睨んでから「そうなんですよ~」といつもの笑顔で答えてくれた。

 そんな愛嬌全開のとても愛らしい女性のエルフで、当店の看板娘なのだ。


「サワちゃん大丈夫?まじウケるんだけど。二日前マツエクしてから三度目だよねー。

呪われてんじゃない?」


 こちらの女性はアミアミ。この店で最初に雇ったエルフさんだ。揚げ物を作っていただいているのだが、たまに揚げ油の匂いにやられて唸っている。俺は揚げ物が苦手だから

いやホント、助かります。

 ギリギリ肩までの黒髪を後ろでチョコンと結んでいて、いつもボーイッシュな服装を好んで着ている。小柄なのに大抵の仕事はこなせる頼もしい存在だ。


「ちょっとアミちゃんやめて~。なんか自分でも、そうかな~、なんて思ってたとこなんだから」


「取っちゃえば?」


「やだ。高かったんだもん」


 作業場に戻った俺は、コカトリスの笹身の筋を引きながら、こんな他愛ない日常を過ごせていることに幸せを感じた。


 もう2年ほどたったのかな・・・。こっちの世界に来てから・・・。


「ぷしゅっ」


ビールの泡が踊り出る。

 いつの日からか、俺はマンションの駐車場へ車を入れ帰宅する前に、近所の公園で缶ビールで晩酌するのが日課になっていた。

・・・多分、と言うか間違いなく過労なのだ。

 朝3時半、けたたましいアラームで目が覚める。4時には出たいから朝飯など食べてる暇などない。ダラッと着替え外へ出ると四月とはいえまだ薄暗い。

 公共の交通機関は動いてないし、始発では間に合わないから自分の車で職場へ向かう。

 5時、職場に着くと警備会社のセキュリティを解除して一番乗りだ。作業場へ入ってオートパッカーに電源を入れるとモーター音が静寂を破る。

 スライサーを組み立てて広告の品から作り始めて売り場を埋めていくのだが、前日結構忙しかった為に売り場がスッカラカンだ。

 カッチャン、カッチャン

俺しかいない作業場にスライサーの単調な音が響く。


「クァァ~~。ムニュムニュ・・・。

くっそ眠ぃ~!!昨日は帰り1時過ぎてたからなぁ・・・。せめて三時間は寝たかったぜぃ。」


 あらかたのスライスパックを作り終え、手切り、鶏肉、ひき肉と段取りよく進めていく。いや、これは段取りとは言えねぇかな。もはや、脳死のルーティンワーク。

 8時の開店時間に売り場100%にしておかないと、会議でたたかれる。それが嫌だからやっているにすぎない。

 昨対におびえ、くだらないクレームに耐え、社長にひたすらペコペコし、媚びを売るなら肉を売れと嫌味にニコニコ「ごもっとも!!」とかえす日々。

 それが「もう嫌だ」と思えなくなった自分が立派な社畜だという自覚はある。自覚があるということは人格はかろうじて残っているからだ・・・と思いたい。


「これ、パックして出してきて!」


「は~い」


「広告だからね。値段気をつけて!!」


「わかりました」


・・・全てひとり言。誰もいるわけ無いのよね。ワンオペだからさ。

 年中無休のスーパーで月2回程度の応援・・・こいつがまた、パッカーすらまともに使えない品出しオンリーのバイトときたもんだ。いつ休めと!!

 もう体の限界などとうに超えそろそろ心が死んで来た・・・。


 「今日の帰り、少しアクセルを強めに踏んで、電柱とタイマンはってみるかな。うん。

そうしよう!」


 心の声が口から漏れる。今まで、充分にがんばった!うん。俺、がんばった!

「我が人生に一片の悔い・・・」いや、我が人生は()だらけ!杭だらけでもはや塀になってるて~の!

 あ、開店だ・・・。後16時間位働けば楽になれる!頑張り終了だぜ!!

 その日は、一日中全てが上の空だったが無意識に体は動き、終わってみれば本日の売り上げ、48万!ああ、きつかった・・・!

 さて、明日にはもう俺はいないから、仕込みも無し!掃除してとっととおさらばですよ。さようなら俺!!ごめんなさい両親!!

 車に乗り込みクラッチとブレーキを踏んでキーを回す。心なしかエンジン音の調子いい。カーラジオからJAZZが流れる。子供の頃、日曜日の朝に父がレコードで聞いていたナンバーだ。


「俺の門出を祝ってくれてるみたいだな」


 ギアをローからセカンド、サード、フォースと滑らかにつなぎ速度を上げる。ふふふ、この先に()()()()()があるのだよ!!

 それでは皆さんさようなら!ハンドルから手を離してしまえ!!

 

 ・・・結果から言おう。そんな度胸、ありませんでした・・・。

 情けないことにカーブの手前で思い出したのは家族ではなく、ハードディスクの中身であった。あれを残しては恥ずかしくてあの世に行けない。

 そんなわけで、いつものように、いつもの公園で、いつものように缶ビールを飲んでいる俺がいる。いつもと違うのは仕込みがなくてつらい明日が待っているという事だけだった。


「マァ、4時からやりゃ、何とかなるっしょ」


そう、強がりをひねり出し2口めを飲もうとしたその時、心臓に釘が刺さったかの様な鋭い痛みを感じて、その場に崩れ落ちて意識を失った・・・。


 「・・・ちょっと!!聞こえてるの!?味付ホルモン200!!200よ!!」


「へ!?あ??あっ!!はい、ホルモン200ね。ありがとう御座います」


 訳がわからないが、思わず反射的に声が出た。ここは一体?何だこれ!?何で俺、こんなとこで働いてるんだ??そして、この不気味な色のホルモン!!なんの内蔵肉だ!?


「えーと、コレ、でしたっけ?」


 対面ケースの中のバットに入った紫色のドロドロした・・・ホルモン?を指さす。


「?そうよ?どうしちゃったの?店長さん!」


「あー、ちょっと、疲れてるのかなぁ」


「気をつけてよね!店長さん。アンタが倒れたらアタシんち、夕食難民になっちゃうんだから」


「エヘヘ。気をつけます」


 ・・・ああ、なるほど。さっき、俺、多分死んだんだな?心筋梗塞ってやつかしら?

 夢・・・じゃあないな・・・ああ、コレ、アレね。たぶん流行遅れの異世界転生ってヤツね?

 つーーか!!!

そうだとして、何でまた、肉屋さんで働いてるの!?訳わからん肉が並んでるし!

 ウソ、ごめん。なんかだいたい判る・・・。

 店内を見渡してみても、ほぼ、変わらない。スライサーもフライヤーも・・・。

 何コレ!?せっかく転生しても肉屋なの!?イヤ、店長さんって言ってたな。もしかして、個人商店!?俺の店ってこと!?

 ・・・ああ、そう。やってやろうじゃないのさ!

 肉屋舐めんなよ?今までさんざん店舗たらい回しにされたり、ワンオペ542連勤したり、色んなとこで嫌な目にあったのも、きっとこの時の為だ!!

 さあっっ!!何でもこい!!


・・・って感じで俺の異世界にくやさんが始まった。たどたどしいながらも売り上げを伸ばし、今はパート2人にバイトが3人。

 未知の食肉相手に毎日奮闘!!俺の休みはいつなんだ!?




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