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第二話「ゲームは現実の延長なのか?」 4

 ふらついてしまうほどの一瞬の気絶から気を取り戻して、砂浜の上の足に力を入れる。疲れと相まって倒れそうになるが、なんとかこらえる。


 本日二度目の電撃だ。


「こうなります」


 頭を左右に振りながらミチルが言った。


 ミチルにもペナルティが与えられたのだろう。


「相手のゲージを削りきらなければ、タイムアウトでゲームが終了します。勝ちも負けもない引き分けですね」


 ミチルはわかっていて自分でもペナルティを受けたらしい。


 二人のグリモアと裁定者はすでに姿を消していた。


「このゲームは謎が多いゲームです」


 歩き出しながらミチルが言う。


 砂を踏みつけてサクサクと音がする。


「とはいえ、いくつかのことはわかっています」


 ミチルが開いている白衣のボタンを閉じる。周辺に他の衣類がないところを見ると、この格好でここまで来たらしい。


 こんな朝方にその格好で、いくら自由といっても通報されてもおかしくないのではと彩花は思ったが、それを言ったところでミチルには響かないだろう。


「私が試したのは以下の事柄です」


 ミチルは片方の足でもう片方の足の砂を払い、脱いでいた靴を履く。


「対戦は一対一、もしくは二対二が上限です。それ以上の人数が集まっても起動しません。一定範囲で同時起動できる人数に制限があるようです」


 乱戦のような真似はできないということだ。


「指輪の所有者については、対戦に参加しなくても観戦することができます。ですので、五人以上の場合は少なくとも一人は観戦者になります」


 彩花が先ほど疑問に思っていたことだ。指輪を所有していなければ、裁定者もグリモアも見ることができない。


「次に、範囲ですが、この街を出るとゲームが起動しません。細かい境界線はわかりません。大体の範囲です。おそらくネットワークの問題だと思われます」


「ネ、ネットワークって、ことは」


「ええ、おそらくは、ゲームの製造、もしくは管理にKLSが関わっているとみて間違いないようですね」


 この街の高速無線通信の管理をしているのがKLSだ。


 実験都市としての場所を提供する代わりに、この街では無料で世界でも類を見ないほどの高速通信が使えるようになっている。わざわざ有料の通信回線を使う人間はいない。彩花のレンズも通常時はKLSのネットワークを利用している。


「次にプレイヤー数ですが、どれくらいだと思いますか?」


 彩花が答える前にミチルが続ける。


 どうやらミチルは押しが強いタイプらしい。これもまた彩花の苦手なタイプだ。


「おそらく、七十二人以下だと思われます」


 彩花がいくら唸っていてもわかるわけがないのだが、間を開けることなく言われるのはなんとなく癪に障る。


「どうして、わかるの?」


「グリモアです」


「うん」


「ソロモン王の指輪をご存知ですか?」


「ううん、えっと」


 ソロモン王の指輪、レンズの音声認識をオンにしたままだったので、すぐさま検索をしようとした彩花をまたもミチルが遮って言う。


「私のグリモアは『フォカロル』、あなたのそれは『サミジーナ』、紗希は『レラージュ』、これらは悪魔の名前です。昔々、本当に昔に存在していたというソロモンという王様が使役したという悪魔です。その数、七十二」


「悪魔……」


「七十二の悪魔を使役するのに用いたのがソロモンの指輪、あるいはソロモンの鍵と呼ばれる道具です。『ゲーティア』というゲーム前も、その悪魔を呼び出す『魔術書』の名前ですね。呼び出すグリモアに重複がなければ、プレイヤー数は七十二人が上限になっているでしょう」


「そっか」


「天使ではなく悪魔というのも面白いですね」


 そうか?


「次にプレイヤーそのものについて、これは曖昧な推測もあるのですが、年齢制限があります」


 ゲームに下限があるのは今に始まったことではない。最近は色々な事件のせいもあって、抜け穴はあるもののより厳しくなっている。


「年齢制限は、ごく狭いものです。十五歳から十六歳、それも女性に限られています」


「かなり狭い」


 その条件を満たす街の住人が一体何人いるのかはわからないが、千人はいないのではないか。


「それ以外の人間で試したところ、起動さえしなかったことを確認しています。ただ、すべてのグリモアがそうだ、という保証はありません」


「あれ、ということは」


「もちろん、私もあなたと同じ十六歳です。もしかして、もっと下だと思っていましたか?」


「あ、うん、あいや、ううん、そういうわけじゃないけど」


 彩花は曖昧な受け答えをしたが、ミチルがどう捉えたかは見てわかる。口を曲げてちょっと怒っているようだった。


 今では性別と同じくらい、普段の会話で年齢を聞くことは間違いなくタブーに属している。相当仲良くならなければ、お互いの年齢など聞くこともない。


「いいでしょう。とにかく、このゲームはごく狭い範囲でのみ行われていることがわかります」


「全然知らなかった」


 彩花は手にするまで噂も聞いたことがなかった。


「それもそうです。基本的に、プレイヤーは紹介制だったのですから。ゲーム参加を承認すると、どこからともなくもう一つの指輪が送られてきます。それを誰かに渡すことで、プレイヤー数が増えていく仕組みです」


 なるほど、自分にそれが回ってこなかった理由が彩花にも薄々わかりかけてくる。


「だって、あなた、ぼっちでしょう?」


 誰も、友達でもない彩花に自分に来た二個目の指輪を渡そうなど思わなかったのだ。


「くっ」


 繰り返されるぼっち発言。


 嘲るでもなく、ミチルはストレートな指摘をする。


 さっきの意趣返しかもしれない。


 図星をつかれて、彩花はつい声を出してしまう。


 そんな言い方しなくてもいいじゃないか。


「ですので、あなたはイレギュラー中のイレギュラーです。ぼっちなのですから、本来のプレイヤーではないのです」


「……わかった」


 ぼっちって、二回言うな。


 孤高の人と呼べ。


「で、でもさ、それじゃあ、『最初』の人はどうしたの?」


 プレイヤーが連鎖して増えていくのであれば、どうしても最初の一人が必要だ。そこがなければ始まりようもない。


「それも謎の一つですね。指輪が二個送られてきたのかもしれません」


「そ、そもそも、どうして、みんなこんなゲームをしているの?」


 彩花は無理に話題を変えようとする。


 彩花の疑問に、ミチルは明らかに眉をしかめて、こいつ何を言っているんだ、という顔をしながら首を大きく傾げた。


「これはゲームですよ?」


「はい?」


「だから、『ゲーム』なんですよ、これは。ゲームに目的なんてあるわけないじゃないですか」


 さも当たり前のようにミチルが言う。


「面白いからに決まっていますよ」


 面白いから、ゲームをしている。


 これ以上なく単純明快な答えだった。


「ですので、製造元が誰であるか、ほとんどの人は気にしていないと思われます」


 ときどき電撃を受けるゲームの配布元を気にしない方がおかしい、という気がするが、身元不明の電子ドラッグよりはいくらか安全だろうか。


「もちろん、噂はあります」


 ミチルが続ける。


「七戦連勝すると大きな龍が現れて願いごとを叶えてくれるとか、ランキング一位を、ええ、勝ち星の得点と勝率によりランキングが作成されています、わかるのは自身のランキングと相手のクラスだけですが、それで一位を維持し続ける、もしくはAランクを維持し続けると、ご褒美が与えられるとか」


「クラス、紗希が言っていたCクラスっていうの」


「あなたのクラスですね。最初は誰でもCクラスにいます」


 ミチルはレンズを通して、データを見ているようだ。


「一番可能性があるのが、ソロモン王、この場合はKLSになるのでしょうが、それが願いごとを叶え、報酬を与えてくれる、というものです」


 確定もしない報酬につられてプレイをしているプレイヤーはいるのだろうか、彩花が気にしている間に、ミチルが続ける。


「もっとも、誰がどこまでそれを信じているかはわかりませんが。もしKLSが絡んでいて、なにかしらの目的があるのなら、それに見合うものが手に入る可能性はあります。以前も、ほら、あったでしょう?」


「ああ、あの、宝探し、事件だ」


 二人の頭に思い浮かぶのは数年前に起こったARを使ったゲームでの殺人事件である。


 本州にあるここと同じKLSの実験都市で起こった事件で、確か都市伝説を解明して、その先にある『宝』を巡ってチームに分かれて対戦をするとかいうものだった。結果何が起こったかというと、レンズが誤作動を起こしてヴァーチャルとリアルの区別がつかなくなった十二歳の少女が、対立するチームの少年を刺し殺してしまった。


「配布元はわからなかった」


 肝心なのは、誰がそのゲームを作ったのか、どうやって配られたのかが最後まで明らかにされなかったということだ。


「そうです、それも噂はありますが」


 黒幕はKLSとも言われていたが、結局はうやむやに終わってしまって、うやむやだからこそ、影にあるのがKLSだということになんだか信憑性があった。


 それ以来、子ども向けヴァーチャルゲームに対する風当たりが強くなり、規制も強化されることになった。


「少なくとも、リアリティを出すためとはいえ、電撃を与えるのはなかなか穏やかではないですね」


 穏やかではない、済むのかあれは。


「それでも、今のところは死ぬほどではないので、その辺りを気にしているプレイヤーに当たったことはないですが」


「でもミチルは、誰が作ったか気にしている」


「そうですね、私はゲームの楽しみ方が他の人と少し違うのでしょう。ゲームがどう作られているのか、その目的は何なのか、設計思想はどうなっているのか、そういうものが気になるタイプなのです。正直にいうと、勝敗にはあまり関心がありません。クラスを維持するために、そこそこやっている、くらいですね」


 彩花がミチルのクラスを確認する。


 彩花より下のDクラスだ。


 たぶん、今回のように実験を繰り返しているために勝率が良くないのだろう。


「それで、あなたはどうしますか? 久慈彩花さん」


 ミチルが問いかけてくる。


「え?」


「ゲームを続けますか? もうやめますか?」

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