表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/34

第四話「願いは現実の拒絶なのか?」 7

 嵐が過ぎ去ったあとの静けさが周囲を満たしていた。


 三人は彩花、紗希、こなたの順でベンチに座って黙っている。


「情報を交換すべきだとは思わない?」


 しばらく沈黙を過ごしたあと、紗希がこなたに提案した。


「いいよ、今日はもう急いでも仕方ないだろうね」


 あっさりとこなたが承諾する。


「紗希、君には指輪をもらった恩もある」


「……ああ、場合によってはこれから後悔するよ」


 紗希に送られてきた二個目の指輪は、こなたに渡されていたのだ。


「少なくとも、私たちは感謝しているよ」


 こなたの二個目は、かなたに渡されたのだろう。


 こなたが続ける。


「だから、知っていて話せることは話そう」


「かなたがああなったっていうのに、意外と冷静だな」


「こうなることはわかっていた。それが今日だとは思っていなかっただけなんだ」


「どこから聞けばいいのかわからない」


 紗希が肩をすくめる。


「どこから話せばいいのか私にもわからない、けど、そうだな」


 こなたが顎に手を当てた。


「Aクラスに昇格すると、情報が与えられる。ゲーティアで勝ち続けると、こちらの願望を一つ叶えてくれる、と」


 ミチルが言っていた、ゲーティアが願いごとを叶えてくれるという話だ。


「もっとも、何でも叶うわけじゃない」


 こなたが前置きをした。


「KLSの力の及ぶ範囲で、ね」


「……KLSが作ったゲームだって知っていたのか」


「まあ、みんな薄々知っていたことだろうけど」


 ミチルもそう言っていたし、KLSのネットワークを利用しているだろうということはプレイヤーなら気が付いていてもおかしくない。


「とにかく、私たちには願いごとがあった」


「それは、誰から聞いたんだ? 確証なんてないだろ」


 紗希の言う通りだ。


 本当にKLSが作ったものだということも、本当にKLSが願いを叶えてくれるということも、確認しようがないのではないか。


「それは明かせない。明かせば、すべてが失われる。この会話だって、どこかで聞かれているんだろう。そうでなければ、あんなに迅速にかなたが連れ去られるわけがない。確からしい筋から、としか言えない」


 こなたは、自分の指輪を反対の手でこつんと叩いた。


 指輪が情報を収集して、どこかに伝えていると言いたいのだ。


「あ、あのかなたさんは」


「あの現象は『融解』と呼ばれている。もっと簡単に『融ける』と言われることもあるらしい。あの現象に身体が侵されてしまうんだ」


「ゆう、かい?」


 彩花は反復する。


「そう」


「でも、かなたさんは」


 Aクラスだ。


『融ける』には落ち続けなければいけないのではないか。


 それを察したのかこなたは頭を振った。


「誤解があるのもわかるよ。『融解』はゲームに負け続けることが条件じゃない、もちろん勝ち続けることでもないよ」


 こなたは言葉を溜める。


「ゲームを続けること、それ自体が『融解』のリスクなんだ」


 リスクとこなたが表現した。


「『融解』するタイミングはわからない。でも、私と勝負の回数が同じはずのかなたが融けたとなると、個人差があるのかもしれない」


「どうしてそんなことを知っているんだ?」


 紗希が聞いた。


 KLSが製作者だとして、そんなことを教える必要はないのではないか。


「『融解』のリスクは、願いごとをすることと引き換えに教えられる。それでもゲームを続ける人間だけがAクラスに残って戦っているってわけさ。覚悟を求めているんだろう。まあ、それでやめる人間がいるとは思えないけどね。それくらい願いごとの魅力は大きい」


「融解、融けたら、どうなる?」


「ああして、倒れる。その先は知らない」


「危険すぎるだろ」


「それでも、私たちには戦い続ける理由があった」


 こなたが自身の胸を指さす。


「かなたは心臓の病気なんだ。普段はなんともないんだけど、実際はかなり深刻でさ。今の医療でも手を出せない、せいぜい薬で延命するしかないほど、ね。もってあと数年らしい」


 気弱そうなかなたの顔が思い出された。


「私たちの願いごとは、かなたの病気を治すことだ。医者も匙を投げるレベルの病気を治す方法がたった一つだけある。それは今この世界で、KLSでしかできない治療方法だ」


「自己生体移植プログラム?」


 彩花が言った。


「そう」


 こなたが首肯する。


 自己生体移植プログラムを使う治療には莫大なお金がかかる。


 一般市民ではまだ到底手が出ないほどだ。


 しかし、開発元のKLSなら何も問題がない。


「私たちは渡りに船だと思った」


「待てよ、このゲーム、KLSに何の得があるんだ?」


 紗希の当然思い至る質問に、こなたは肩をすくめる。


「なにかはしている。そのことはわかっている。でもそれは私たちの知ったことじゃない。大事なのは、私たちの願いごとを叶えてくれるかどうかで、そんなことはどうでもいいんだ」


 だからって、と彩花は思う。


「病気を治すために、融けるリスクなんて」


 こなたが自嘲気味に、ふ、と笑った。


「ただの賭けさ。分が悪いとは思っていた。だけど、分が悪い賭けでもしなければ負けは確定している。だったら賭けないわけにはいかないだろう」


 彼女らにとっての負けは、かなたの死を意味しているのだ。


「だから私たちはそれに賭けて、それに賭けるという選択をして、今こうなっている」


 彼女たちが求めているのも選択の自由だ。


 危険を押してでも賭けるに相当すると彼女らが選んだのであれば、それはもう誰にも咎めることはできない。


「いの、一条さんは」


 こなたは祈のことを知っている風だった。


 こなたが自身の指輪を彩花に見せる。


「祈の指輪は、かなたが渡したものだ」


 ミチルから紗希へ、そして、こなた、かなた、祈へ。


 ずっとリングが繋がっていた。


「そして祈は、私たちの前で『融解』した」


「見ていたのか」


「ああ」


 ベンチの背もたれに両肘を置いて、こなたは空を見上げる。つられて彩花も空を見る。月がいつもより大きく、いつもより赤く見えたのは気のせいかもしれない。普段目の前に現れるレンズからの情報に気を取られて、空を気にすることなんてそうそうなくなっていた。


「さっき見た彼女が祈を保護していった。保護というのかな、隔離というのかもしれないけど。とにかく、死んではいないだろうことは確からしい」


 それも確証があるわけではなさそうだ。


「祈もAクラスになっていたんだろう? であれば、祈もなにかを願ったはずだ。だが、それは叶わなかったんだろう」


「じゃあ、リスクも知っていた?」


「それは、そうだろうね」


 こなたが遠くを見て、何かを思い出しているようだった。それから紗希の方を向く。


「君たちが知っていることは?」


「悪いけどそんなに多くない」


「いいよ」


「他に失踪者がいるということくらい。蘇我幹と成宮ミチル」


 こなたの話が事実なら、二人も融けてしまっているのだろうか。


 その名前を聞いて、こなたは少し顔を上げて正面を向いた。


「蘇我幹はわかるよ、戦ったこともある。祈のコンビだね。祈から指輪を受け取ったのが彼女なんじゃないかな」


 蘇我幹ともリングは繋がっていたのだ。


「成宮ミチルは、知っている。でも、なぜ」


「なにか知っているの?」


 彩花が聞く。


 こなたは何を話そうか思い悩んでいるみたいだった。


「……ああ、いや、彼女はゲームについて実験しているばかりで、あまり勝負はしていなかったはずだ。だとすると、融解するのは不思議だな。やっぱり、個人ごとに耐性は違うのかもしれない」


「ミチルは失踪する前に、私たちにメッセージを残していて、『夢の中で会いましょう』って」


 ミチルはそう言った。それは、単に融けるということを意味しているのだろうか。それとも、他に含みがあるのか。


「ああ、そうなのか。彼女は、自分の身になにが起こるのか知っていたのかもね。融解が近づいた人間は総じて、不思議な夢を見るらしい。現実と夢の境目がないような、とてもリアルな夢を。うちのかなたも最近はそういった夢を見ていた」


 彩花も似たような夢を見ている。


 あの夢のリアルさはもはやこちら側のリアルとほとんど同じだ。


 それなら、彩花にも融解は近づいているのではないだろうか、と不安になった。


「あ、あの」


「うん?」


 こなたにそれを相談しようと思ったが、どこまで関係があるかわからないし、まだ試合数も少ないので、自分が融け始めていないと思い込むことにして、話すのを止めてしまった。


「い、ううん、なんでもない」


「そうか。さて、と、もういいかな」


 ベンチから立ち上がってこなたが言った。


「おい、こなた、これからどうするんだ」


 頭痛が残っているのか、ふらふらとこなたが歩き始める。


「おいって」


 紗希がこなたの肩を掴むが、払いのけられてしまう。


 こなたは自身のものであろうスクータに乗った。


「君たちには十分話した。起動して」


 レンズを通してこなたはスクータを起動させる。


 小さなモータ音が響く。


「君たちも、もうゲームはやめた方がいい」


 こなたが二人に忠告する。


「私はかなたを迎えにいくよ」


 そう言って、立ち去ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ