第四話「願いは現実の拒絶なのか?」 2
彩花は目が覚めて、ベッドの上で身体を起こす。
少しずつ思考がクリアになってきた。
夢の出来事を反芻しながら、今はほどかれているが普段は編み込んでいる髪を、ぐしゃぐしゃに掻き毟る。
それから自分の唇を指でなぞる。
祈にキスをされた感覚が唇に残っていた。
「あああああ」
両手で口を押さえて、無意味な叫び声を上げた。
なんてことを!
なんてことを!
ひとしきり叫んだあと、大きく溜息をつく。
夢の中とはいえ、なんてことをしてしまったのか。
あんなことを自分が望んでいるわけがない。
夢の中のことを全否定する。
脇の机に置かれていたバッテリが回復したレンズをコンタクトケースから取り出して、両目に嵌める。
そのとき、左手に指輪が見えた。指輪を外すのを忘れていて、嵌められたままだったのだ。
レンズを起動させて、天気予報と今日一日の勉強カリキュラムの一覧を表示する。
そこに、情報が割り込みで表示された。
『グリモアのデータが更新されました。インストールを行います』
確認をする前に、指輪が少しだけレンズ越しに光った。
『インストールが終了しました。スキルセットが更新されました。確認をしてください』
「グリモワール。サミジーナ」
小声で呼びかけて、ゲーティアを起動させる。ベッドの上に弱々しい光でほのかにサークルができて、甲冑騎士が姿を見せる。裁定者が来なければ自由に動かすことはできないが、ただ起動するだけならいつでもできる。
「スキル表示を」
視界の左下にスキルのリストが表示される。
「ん」
彩花が対戦したのは紗希とミチルだけだ。
それなのに知らないスキルが並んでいる。
見たことがないスキルがいくつも増えている。
優に二十以上はあるだろうか。
スキル名だけで、実際の効果がどういったものなのかは表示されていないのでわからない。
もしかして、と彩花は思う。
祈の戦闘データ?
自身のクラスを確認する。
クラスはAになっていた。
クラスも祈のものになっているのだろうか。
しかし、クラスはA、最上級クラスだ。
彩花は、祈が負け続けたせいで失踪した可能性を疑っていた。これが本当に祈が消えたときのクラスなら、この疑惑はただの妄想だということになる。
やはり失踪はゲームとは無関係なのか。
それに夢の中の会話。
祈が言っていた、ゲームを続けてほしいという言葉。
あれは一体何を意味しているのか。
いや、夢は夢のはず。
彩花はそう思いながら、指輪に触れる。
本当に、夢なのだろうか。
リアルに干渉されたのは事実だ。
どこからか、なんらかの方法で、祈がアクセスしている?
それならば、祈はどこかで生きている、ということだ。
同時に裁定者も夢の中に現れていた。
それが意味することはなんだろう。
いやいや、ただの夢だ、意味なんてない、と誰も見ていないのに彩花は首を左右に振った。
今は、このデータのことだけを考えればいいのだが。
とりあえず考えても始まらないし、日課のカリキュラムが残っているので勉強はしないといけない。
この件だけにかかずらっているわけにはいかないのだ。
「あ、あれ」
ベッドから床に足をつけて立ち上がろうとしたとき、彩花を目眩が襲った。ふらりと揺れて、机に手をつける。なんとか倒れ込むことは避けられた。
今日は寝過ぎかな、それとも最近人との会話が多くて気疲れしてしまっているのだろうか。
「んんー」
両足を揃えて、両手を真上に伸ばして背伸びをする。
「ん」
次に彩花を襲ったのは目の霞みだった。
目の前が白く靄のように霞んでいる。
これが本来の眼球からなのか、レンズからなのか、彩花は判断できなかった。
それよりも、これは、夢の中と同じ雰囲気がした。
今いるのは、本当にリアルなのか。
夢の続きなのか。
恐怖を感じて、両手を胸の前に持ってくる。
今見ているのは、本当に現実なのだろうか。
拳で胸を叩いて、痛みを与える。
痛みを感じるのは、リアルの証だろうか。
「うえっ」
胸が潰されて吐き気がした。
どうやらここはリアルらしい。




