第四話「願いは現実の拒絶なのか?」 1
てくてく。
とぼとぼ。
ふわふわ。
今日も歩く。
やけにリアルな夢の中を。
波打ち際に沿って砂浜を歩いていた。
周りの地形に見覚えがある。
学校の裏手にある砂浜だ。
こめかみの奥が痛い。
頭を押さえながら歩く。
静かに波が押し寄せている。
その波と砂浜の境目に誰かいた。
「誰?」
それは彩花よりも随分小さい少女に見えた。
少女は白いワンピースを着て、日傘で太陽を隠しながら裸足で歩いていた。
今日は霧がなく、昼間であることがはっきりとわかった。
少女がこちらに気づく。
「裁定者……」
ゲームのときに現れるゲームマスター、裁定者だった。
「こんにちは」
片膝を曲げて、裁定者は挨拶をした。
「あ、あ、うん、こんにちは」
彩花も挨拶を返す。
声は同じものの、ゲーム中の機械的なそれと違って、柔らかいものだった。
ゲームのキャラクターなのに生きているようだ、と直感で思った。
それは夢がそう見せているだけだろうか。
「あなたは、誰?」
先に聞かれたのは彩花だった。
「……私は、久慈彩花」
「そう、もしかしてゲームのプレイヤー?」
「うん」
「ああ、そっか」
「うん」
少女は彩花のことをゲームプレイヤーだと認識していないようだった。
「そっか。よくわかんない」
あまり興味はないようで、素っ気なく少女は答えた。
「他にも色々会ったわ、あなたみたいなの」
「どこで?」
その質問には少女は答えなかった。
「あなたは、裁定者?」
彩花の質問に少女はぶんぶんと首を振った。
「ううん、私は、九十九燐。きちんと名前があるもの」
「燐?」
「そう!」
子どもっぽく燐と名乗る裁定者。
「ここは?」
「夢の世界」
燐が答える。
「私のたった一つの世界」
「どういうこと?」
彩花のそばまで燐が歩いてくる。
「ようこそ」
燐はそのまま彩花に抱きついた。
燐の頭が彩花の胸に沈んで、背中に日傘の柄が当たった。
「温かいね」
胸元で燐が言った。
燐からは体温が伝わってくる。
触覚も体温もリアルそのものだ。
少なくとも、この夢の中では少女は生きていた。
「彩花」
ぼそりと燐が言う。
「私を許してね」
燐が日傘ごと霧のようにふわりと消えた。
誰もいなくなった砂浜で不安を覚える。
「彩花」
呼びかけられて彩花が振り返る。
そこにいたのは祈だった。
「祈」
祈は彩花の数歩先にいる。
「あなたも燐に会ったのね」
「うん」
祈は燐のことを知っているようだった。
「よかった、これであなたも近づいた」
「なにに?」
祈は微笑むだけで、それには答えなかった。
「すぐに会えるわ」
「祈に?」
「そう、ここじゃなくて、もっと近いところに」
祈が彩花に燐と同じように近づいてくる。
「はやくあなたに会いたい」
彩花の右頬を祈が撫で、顔を近づける。
彩花は抵抗できないまま、口づけをされる。
「んぐ」
舌を入れられ、祈の金属ピアスの感触が彩花の舌に伝わる。
「やっ」
思わず祈を両手ではねのけて、無理矢理距離を取る。
彩花は眉をひそめる。
それでも祈は満足そうだった。
「また、会いましょう」




