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第三話「夢は現実の一部なのか?」 5

「彩花、これ」


 紗希がそのディスプレイの一つを指さす。壁面の中央にある一際大きなディスプレイだ。


「うん」


「ミチルだ」


 ディスプレイにミチルの上半身が表示された。


 映る位置を微調整しているようで、身体を左右に少しずつ揺らしている。


 動画らしい。


「カメラか、これ」


 今はもう一般には見られなくなった旧式の設備に旧式の撮影方法。


 インタラクティブではない、一方通行の配信方法だ。


「あ、これ、この部屋だ」


 背景にマシンが映る。


「カメラは、これだ」


 ごみごみした部屋の隅に倒れているカメラを紗希が見つける。


「待って、紗希、ミチルがなにか言う」


 映像の中のミチルが口を開く。


 彩花たちが部屋に入ったことを感知して作動するようにセットしていたのだろうか。


 ただ動画を送りたいならレンズ経由で送ることもできるのに、ミチルはこの部屋に録画データを残すことにしたのだ。


 二人が家に来るかどうかもわからないのに。


 何か、特別な意味があるのかもしれない。


『この動画を見ているということは、私はもうこの世にいないでしょう』


 ミチルが話し始める。


 これも古い映画で見た記憶があるな、と彩花は思い出す。


『というのは冗談です』


「あのなあ」


 紗希が反応があるわけもない動画のミチルにぼやく。


『私は、諸事情でこの場を外しています。もし私に会いたいようなら』


 一呼吸分、ミチルが言葉を溜める。


『夢の中で会いましょう』


 そう、ミチルは言い切った。


『それでは、以上です。なお、この映像は再生終了後に破棄されます』


 動画はそこで止まった。


 ディスプレイが暗転する。


 動画はたったこれだけだった。


 繰り返して見る必要はなさそうなので、本当に破棄されているかどうか確認しようとは彩花は思わなかった。


 それから二人は街に戻って、近くのファミレスに入った。


 夕食時にもかかわらず、客はまばらだった。平日にわざわざ外食をするという風習が廃れつつあるのだろう。廃れ始めているのは店側も同じで、タッチパネル式で店員は見当たらない。厨房には調理を監視し、盛り付けをしている店員が何人かいるくらいだろう。


「どれにする?」


 テーブルに備え付けられたタブレットを彩花の方へスライドさせて紗希が聞く。


「えーっとこれかな」


 彩花は一番軽そうなハンバーグとサラダのセットを頼んだ。


「そう、じゃあ、僕はこれ」


 紗希はチーズハンバーグとカレーハンバーグのセットを頼んだ。


「ちょっと多すぎない?」


「そうでもないけど」


「あ、私これも」


 彩花がヨーグルトドリンクを追加でオーダーする。


「……結局カロリーは高いんじゃないか」


「いいの」


「というか好きだね」


「なにが?」


「ヨーグルト、昼間も食べていた」


「これは別」


「あ、そう」


 オーダー完了のボタンを紗希が押す。


 近頃は人件費の高騰と技術力の発展により、極力人が仕事をすることはなくなったし、人がしなくてはいけない仕事はその分高給になった。それはファミレスやコンビニの店員でもそうだ。今はもう、機械ができない仕事を細々としているに過ぎない。機械を補佐するのが人間、というわけだ。


 加えてこのKLSの実験都市では人々の生活はKLSによって保障され、働くことすらほとんど不要になった。KLSの財源でベーシックインカムに近い仕組みが実現しつつある。それでもそれ以上にお金が欲しい人は働けばいい、という状況だ。


 焼けた鉄板を乗せた台が自動で運ばれ、二人のテーブルの前で止まった。台はテーブルと接続して、滑るように二人の前に鉄板を置いていく。


「それじゃ食べるとするか」


 ナイフとフォークを持った紗希がハンバーグを切り取りながら口へ運んでいく。


「ん、美味しい」


「うん」


 彩花はまずヨーグルトドリンクをストローで吸う。


「結局なんだったんだ。僕にはさっぱりだ」


 右手のナイフを行儀悪く振りながら紗希が言う。


「あの、紗希」


「なに?」


「蘇我さんの夢の話、覚えている?」


 失踪する前の蘇我幹が見ていたという、街を徘徊する夢のことだ。


「ああ、それが?」


 思い切って、彩花は紗希に打ち明ける。


「私も、その、似たような夢を見るの」


「なんだって?」


 紗希が訝しげに聞き返した。


「夢、ほら、街を歩いているっていう」


「本当か?」


「うん、あ、もちろんドラッグとかはやってないから、ね」


「まあ、彩花はそんなタイプじゃなさそうだし」


「それで」


「さっきのミチルの話が関係あるって?」


「うん。あ、いや、そういうのはわかんないけど、もしかしたらって」


「うーん、そうかあ。夢、夢ねえ。他には、どんな夢?」


 紗希が首を捻っている。


「ううん」


 彩花はなんとなく、夢の中で祈に会ったことは隠しておくことにした。


「紗希は?」


「夢? いや、僕はそういうのないな」


 あっさりと紗希が否定する。


「夢だから、僕が忘れているだけかもしれないけど」


「ミチルは、ゲームのこと調べていたよね」


「ああ、ゲームそっちのけで」


「だから、これも関係があるんじゃないかって」


「ゲームが?」


「うん」


「それは、どうだろう、たかだか夢だし」


 夢に特別な意味があるとは紗希は思っていないようだ。


 彩花だって、蘇我と似たような夢でなければ、夢で祈に会いゲームのことを言われなければ、ミチルが夢で会おうと言わなければ、そこまで関連があるとは思っていなかった。


 しかし、今はパズルのピースがバラバラと散らばっているような、そんな感じがしていた。


「ゲーティア、夢、失踪……」


 うんうんと紗希は思案しているようだ。


「もしかしたら、一条も同じように夢を見ていたのかもしれないなあ」


 ぼんやりと、紗希は独り言のように言う。


「それじゃ、出ようか」


 すっかり綺麗に皿を平らげた二人は、タブレットでそれぞれ会計ボタンを押す。指紋とレンズが連携して、クラウドのウォレットから支払いが引き落とされる。ネットでもリアルでも、大体の支払いはこの二つの認証さえクリアすれば終わるようになっている。


 店を出た紗希が背伸びをする。


 それに合わせるように彩花も背伸びをした。


「じゃあ、また近いうちに」


 紗希が手を振って背を向ける。


「うん、じゃあ」


 彩花はしばらくその背中を見ていた。

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