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第三話「夢は現実の一部なのか?」 4

『ミチルを呼び出しています。ミチルはオフラインです。コールバックを要請しますか?』


「お願い」


『了解しました』


「やっぱり、いないみたい」


 数度目の連絡をするが、ミチルからの反応はない。


「いや、これはまた壮絶」


 紗希が、太陽は落ちかけているのに右手を額につけて日差しを作って言った。


 一軒の家の前に二人は立っている。


 彩花と紗希は普段と反対方向のコミュータに乗って、かつては新興住宅街だった、いまや人があまりいないエリアにいた。


「なんというか、いやすごいなあ」


 かろうじて一軒家であることはなんとなくわかる。


 表札はなく、郵便受けは壊れ、建物の屋根はトタンのようで、玄関は立て付けの悪そうな引き戸で、地震がくれば建物ごと崩壊しそうな平屋だ。数十年前どころか、百年前に建てられたと言われても信じてしまいそうだ。


 そんな家の前に制服を着た高校生が二人立っているのもかなり違和感があった。


「し、失礼だよ」


 そう言いながら、彩花もこの家が近所にあったら放置された空き家だと思うだろうな、と考えていた。それか、お化け屋敷として近所の子どもたちの肝試しの格好の場所になっているかもしれない。


「とりあえず、いってみよう」


 インターホンもなく、紗希が手の甲で玄関の扉を叩く。そのたびにガチャガチャと不穏な音がした。


「やっぱり、いないよ」


「いや、玄関は開いているみたいだ」


「ちょ、ちょっと紗希、やめよう、ね」


 扉を左に引き、紗希が玄関を開けてしまう。


「だって、開いているんだし」


 紗希が玄関を抜け、土間まで進む。


「おーい、ミチル、いるか?」


 紗希の後ろから彩花が顔を出して家の中を見る。内部は外側の見た目にしては整っていて、まだ人の住む余地がありそうだった。


 紗希の呼びかけは家の奥に吸い込まれていった。


 返事はない。


「上がってみるか」


 紗希が靴を脱いで上がり込む。


「それは、さすがに、人の家だし、勝手には」


「いや、もし倒れていたらどうするんだよ。連絡がないってことはその可能性だってあるだろ」


「う、ううん……。そうだけど……」


 紗希に言いくるめられてしまったような感があるが、確かにミチルが一人で倒れていたとしたらどこかに連絡しなくてはならない。


「親とか」


「いや、一人暮らしって聞いたぞ」


 いや、ここは女の子が一人で暮らすような家だろうか。


「結構仲がいいんだ」


 家庭環境なんて人に話す機会はそうそうない。紗希がそれを知っているということは、それなりの関係であることがわかる。


「僕に指輪をくれたのはミチルだから」


「へ、へえ」


「なに? 嫉妬しているの?」


 なに馬鹿なことを言っているのだろうか。


「馬鹿じゃないの?」


 彩花は思わず心の声が出てしまった。


「お、そういう言い方もするのか」


「ミチルとは学校に来てからの知り合いだよ、ほら、コミュニケーション」


「ああ……」


 リアルコミュニケーションの科目のことだ。あれで仲良くなる人たちが本当にいるとは思わなかった。


「ほら、入った入った」


 自分の家かのように、紗希は彩花に促す。


「お、お邪魔します……」


 そういえば、誰かの家に入るなんてどれくらいぶりだろうか、と彩花は考えながら恐る恐る紗希に続いて足を進めて行く。誰かと連絡を取りたいと思えばネットで十分だし、紗希が提案して半ば強引に連れてこなければミチルの家に行こうなんて思わなかっただろう。


「なにか聞こえる」


「冷蔵庫じゃないの?」


 二人が立ち止まって耳を澄ますと、低く、唸る音が聞こえる。


 というよりも、ゴウンゴウンと床が振動しているようだ。


「いや、台所じゃないみたいだ」


 紗希に先導されて音がする方向、家の奥へと向かっていく。


「この部屋だ」


 一番奥にある部屋から音がしている。


「おーい、ミチルいるか。僕、紗希だよ。いないなら入るよー」


 容赦なく言い終わるか終わらないかで、紗希はドアを開けた。


「おっとこれはすごいな、さっきとは別な意味で」


 唸る音の正体を見て、紗希が声を漏らす。


「こんな装備、僕は初めてみた」


「私も」


 部屋自体は取り立てて広くない。和風に言えば八畳、くらいだろう。


「これ全部、マシンか」


 その部屋は、壁の一面を何枚もの大型ディスプレイが占め、隙間なく埋め尽くされている。反対側の面には三十センチ平方ほどの立方体が何十台もうずたかく積まれていた。唸りを上げているのはこの立方体たちだ。


 すべて起動しているらしい。


 この手のマシンを個人で所有していることはもう少なくなってしまった。ディスプレイもこのようなリアルな形式のものは使わない。個人所有のマシンは手のひらに乗るくらい小さくなり、あとは大部分をクラウド上で処理をするようになった。マシンを持っているのも一部の愛好家だけで、あとは彩花が学校から支給されているようなタブレット型の端末とレンズがあれば日常生活には十分だった。


「こんなところに、こんなの、個人で持っているなんて、あいつ馬鹿なのか」


 その手前にはボロボロになったキーボードが何個も落ちている。音声認識が普通になった時代では、あまり使われなくなったインターフェースだ。


「なにか、聞いていないの?」


「いや、僕もそこまでは……」


「そうだったの?」


「そもそも、僕はそんなにミチルのことは知らないんだ」


「家を知っているのに?」


 常にオンラインで繋がれる時代に、リアルの家を知っているというのはかなり仲が良い証拠だ。


 特に仲良くもないのに家を知らされたということは、家に来て欲しい理由があったからかもしれない。


「うん、この指輪をもらったのが最初だよ」


「え? そうなの?」


「うん、僕はそれまでミチルのことを知らなかったんだよ。それで、昼休みに、突然教室に来て、それで指輪をもらったってわけ」


「……よく受け取ったね」


 自分ならあり得ないと思ったが、知らない女性から渡されるのもそれほど違いはないかもしれないと思い直した。


「いや、まあ、なんか面白そうだったし」


 なんというコミュ強的な発言だ。


「そのときにゲームの説明を?」


「そうだったかな、そうだったと思う。彩花は? ミチルのこと知ってた?」


「……ううん」


 彩花も学校にミチルがいることを知らなかった。あのとき教室で見たのが最初だろう。


「僕もなんだけど、まあ、彩花は他の生徒に興味がなかっただけか」


「……そんなんじゃないけど」


 そんなんじゃないけど、本当はそうかもしれない。


「あれ、紗希と同じってことは水曜クラスじゃないの?」


「ん、そういえばそうだな、あれ、じゃあどうして彩花と同じ教室にいたんだ?」


 原則生徒が登校するのは週に一度でいい。それなのに水曜と金曜に出没している。ミチルは紗希のように意味もなく学校に来るようなタイプには見えなかった。それに金曜クラスの蘇我とも友人のように話をしていた。


「ところで、彩花はどうして一条なんか気にするんだ?」


「うーん、気になるっていうか」


 本心のところは彩花も判然としていないところがあった。


 好奇心はあったが、夢で見たからというのが今でも気に掛けている原因かもしれない。


「うーん、やっぱりよくわかんない」


「そうか、まあ、わかんないこともあるよな」

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