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第三話「夢は現実の一部なのか?」 3

 今日は金曜日、登校日だ。


 いつものようにコミュータに乗り、彩花は学校に向かった。


 今日は体育と木工制作の美術だけで、リアルコミュニケーションはない。


 運動が苦手な彩花にとって体育は苦痛だが、リアルコミュニケーションよりは遥かにいい。


 それだけで少し足が軽かった。


 昼休みになって、彩花はいつものように教室の隅に陣取ってコンビニで買ってきたヨーグルトとブルーベリーベーグルを食べていた。


 教室のドアから人影が姿を見せる。


「よっ」


 教室に紗希が入り、ずかずかと教室内を歩き、彩花の方へと向かってくる。他の生徒たちが一瞬だけそちらへ顔を向け、すぐに元に戻っていった。


「うん、今日は、制服?」


 紗希は今日は彩花と同じ指定の制服を着ていた。


 近くではっきりと彼女を見ると、彩花よりも背は高いようだった。年齢は聞いていないが、ゲーティアのプレイヤーであることを考えると彩花と同い年だろう。


 制服を着ていると、女の子であることは間違いないようにも見える。もっとも、男女ともにスカートかスラックスかは自由に選べるのだから、決めつけてはいけない。


 ただ、制服にゴツいヘッドフォンはちょっと似合っていなかった。


「ん、ああ。親が古くてうるさいんだ」


 ひらひらとタイを左手でゆらゆらさせて、答える。


「あ、指輪」


 紗希は左手にゲーティアの指輪をしていた。


「うん、僕はいつでもしているよ。いつ相手が現れるかわかんないし」


 指輪自体はアクセサリとして違和感はない。


 それなら、学校内で他に指輪をしている生徒を見かけることもあるかもしれないし、場合によってはゲーティアが起動するかもしれない。


「今のところ会ったことはないけど、みんな指輪は外しているのかな」


 さすがに公衆の面前であのゲームを開始することには羞恥心が働いてしまうのだろう。いや、紗希ならやりかねない、と彩花は思った。


「そ、それで、ど、どうしたの?」


「昨日の話の続き」


 紗希は椅子の背に肘を乗せる形で、机越しに彩花の正面に座った。一瞬スカートが翻ってめくれ上がるが、紗希は気にしていないようだった。彩花だけが恥ずかしくなって、目を伏せる。


 紗希は彩花のその仕草には気が付いていなかった。


 右手を彩花の方に向け、指をくるりと回す。


「良いニュースと悪いニュースがある」


 紗希がなんだか古い映画のようなセリフを言った。


 彩花がきょとんとしているところに、紗希が訂正をする。


「嘘だ。なんだかよくわからないニュースと、もっとよくわからないニュースだ」


 聞いているこちらもわけがわからないニュアンスだ。


「まず、よくわからないニュースからだ」


 ずいっと紗希が近づいてくる。


 あのときの戦闘を入れても、実際に顔を合わせるのは二回目だ。それなのに紗希はもう昔からの知り合いであるかのように彩花に接してくる。


 こいつ絶対コミュニケーション強者だろ、とまたも彩花は思うが口には出さず、ちょっとだけ引いて距離を取る。


 お構いなしに紗希が続ける。


「一条以外にもいなくなった生徒がいるらしい。こいつ、知っているか?」


 レンズを通してデータの承認をして、セキュリティ回線で目の前に表示される。


 上げた前髪に染められた金髪、派手目な格好と派手目な顔立ち、あからさまに彩花の苦手なタイプだったが、それが功を奏してか確かに彩花には見覚えがあった。


()()、さん」


「そう、蘇我幹(みき)


 彩花は写真の下に名前が表示されているからそれを読み上げただけなのだが、紗希はアバウトなのでわからなかったようだ。


「う、うん。こないだ、ここでミチルと話していた」


 一条の失踪の話を教室でミチルとしていた生徒だ。


「……ミチルとな、なるほどな」


「どういうこと?」


「いや、うん」


「ひょっとして彼女も?」


「ああ、そうらしい、という噂だけど」


 彩花と紗希の共通の話題は今のところ一つしかない。


 彼女もゲーティアのプレイヤーだということか。


「いなくなったのは昨日らしい」


「昨日」


 それは随分と最近の話だ。一日くらいいなくなったところで、学校で話題になるだろうか。


「そこはそうだな、前々からちょっとおかしかったらしい」


「おかしかったって」


 この間ミチルと話していたときはいたって普通に見えた。


「ここのところ、眠れないって周りにこぼしていたらしい」


「そんなの」


 誰にだって起こることだし、サプリを飲めばすぐに治まる話ではないか。今は即効性のある睡眠導入剤に、脳波を利用したリラクゼーションシステムまで個人に備わっていて、不眠という現象はほとんど先進国から消滅した概念のはずだ。


「まあ、よくわかんないけど、そういう体調不良をアピールするタイプの会話体系でもあるんじゃないの?」


 紗希も割と毒舌っぽいこと言うんだなと彩花は思った。


「コミュ強ってやつだな」


 いやそれは紗希もだが、という言葉を彩花は飲み込んだ。


「そ、それで?」


「変な夢を見るんだそうだ」


「変な?」


 変な夢なら彩花も見ている。が、それを紗希に伝えても笑われる気がしたので黙っていることにした。


「まあ、その辺はぼんやりしているというか、夢の中で無人の街を歩いているような、そんなものらしい」


 自分と同じ夢で彩花がドキリとする。


 夢分析はいまだ未知の領域だ。


 現代でも残る星座占いほどの意味しか持たない。


 たまたま、ということもあるだろう。


「別に、おかしくない、気がするけど」


「うーん、周りが言うには、かなりのリアリティがあるって、そういうことを言っていたらしい」


「それって、さ」


「ああ、友達たちも心配していたみたいだ、まさかってな」


 まさか、と紗希が言ったのは、それがリアルであれヴァーチャルであれ、ドラッグの類をやっていたのではないか、ということだ。


 特にヴァーチャル系の電子ドラッグはリアルを介することなく、ある程度ネットに対する知識があれば難なく手に入るものだ。規制も追いついておらず、胡散臭いものも含めて警察といたちごっこになっている。


 当然、彩花は電子ドラッグはやっていない。


「そうじゃない、ように見えたけど」


「そうか? まあいいさ」


 蘇我もそうだという推測があった。


「これが一つ」


「もう一つの、えと、もっとよくわからないニュースは?」


 彩花の質問に、楽しそうに紗希が返す。


「ミチルもいなくなった」

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