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第三話「夢は現実の一部なのか?」 2

 目が覚めた彩花は、しばらくベッドの上でごろごろしながらミチルの言っていたことを考えていた。


 指輪を渡されたのはただの偶然で、紗希やミチルに会ったのもただの偶然だ。


 ゲームを続ける利点はどこにもないばかりか、負けるたびにあんな電撃を受けるいわれはない。


 しかし、一条はゲームを続けるように言った。これは夢なのだから、自分自身がゲームを続けたいと思っているのかもしれない。


 どうすべきか、彩花は考えあぐねていた。


 やはり、ゲームから降りて、指輪も捨ててしまうか。


 それが一番無難なのだろう。


 待てよ、と彩花はその考えを止める。


 大事なことをミチルに聞き忘れていた。


 ゲームをやめたらどうなるんだ?


 指輪をくるくると回してみる。


 外すことはできる。ということは、捨てることができるから、不意打ちで電撃を受けることはないだろう。


 たぶん。


 それに続くもう一つの疑問もある。


 ゲームに勝ち続けることで得られるメリットが本当かどうかは別として、それについての噂はある。


 では、負け続けたときのデメリットは?


 指輪と同じく、思考がくるくると回る。


 そして嫌な予感が頭をよぎる。


 一条は、ゲームから降りたか、ゲームに負け続けたか?


 だから、『失踪』した?


 もしくは、プレイヤーの間で何かがあった?


 ゲーム中は裁定者によってペナルティが与えられる。


 しかし、ゲーム前、ゲーム後なら何が起こってもおかしくない。


 馬鹿馬鹿しい話だが、ゼロとまでは言い切れない。


 過去の別の事件では結果として殺人事件まで起こった。


「検索。ミチルを呼び出して」


 ベッドから起き上がる。イヤフォンをしていないので、ホームスピーカーを通してレンズに命令をした。


 一度対戦した相手とは指輪を通じて連絡が取れるらしいが、ミチルからは直接IDを教えてもらっている。


『検索しました。ミチルはオフラインです。コールバックを要請しますか?』


「いや、いいや」


『了解しました』


 ミチルは今繋がる状態ではないらしい。


 現代では、人間が『繋がらない』ということはほとんどない。オフラインになっているのは意図的に接続を切っているか、接続できない環境にいるかだ。あまねく地上を無線回線が張り巡らされているこの世界で、接続できない環境とは、一部の機密を取り扱う施設か、コンサートホールか、とても地下深い場所くらいしかない。


 ネット依存症などという言葉も、あまりに当然のように繋がっているためにいつの間にか消滅してしまった。生物に対して酸素依存症と言わないのと同じくらいネットを使うことは当たり前になっている。


「検索。紗希を呼び出して」


『検索しました。紗希は待機中です。呼び出しています』


 オンラインは、今は出られない『接続拒否』といつでも受け答えができる『待機中』の二つに分かれる。


 案の定、紗希は待機中だった。


『コネクトOKです。接続します』


 数秒のタイムラグがあって、紗希が視界に現れる。


 現れたといっても、紗希本人が出ているのではない。


『彩花、珍しい。いや、珍しいというか初めてだけど。彩花から連絡が来るとは思わなかった』


 少し離れたスピーカーから声がする。


 声と同じく、音声認識した文字がレンズの下部にもメッセージとして現れる。


「あ、熊」


 思わず彩花は声に出してしまう。


 目の前に表示されているのは、個々が選択したアバターだ。自分自身をそのままアバターとして使っている人もいるが、それはビジネス用などの少数で、大抵はアニメや漫画のキャラクターか、それっぽい色々なものを好き勝手に使っている。


 紗希として表示されているのは、ピンク色のファンシーなテディベアだった。茶色いリボンをネクタイのように首元につけている。その熊が右手をぶんぶんと振っていた。レンズがセンサーとして働いて、身体の動きをトレースしているのだ。


『犬だ』


 今は紗希にだけ見えている彩花のアバターは、昔飼っていた白い犬を模したキャラクターだった。


 傍目から見ることができれば、犬と熊が会話をしているように見えるが、もうそんなことに違和感を持つ人間はいなくなっている。


「うん」


『なにかあった?』


「あの、聞きたいことがあるんだけど」


『僕は話したいことがあった。でもそっちが先でいいよ』


 紗希に話を促される。


「ゲームのことだけど」


『うん?』


「ゲームを、やめることってできるのかな?」


『……そりゃできるんじゃない?』


 やや困惑した半疑問の声で紗希が答える。紗希のアバターには表情がつけられていないので、熊が無表情で喋っているように見え、威圧しているようにも感じられる。


「そっか」


『それだけ?』


「あ、あと、ゲームに勝ち続けるとランクが上がっていくんだよね?」


『そうだよ。僕はBランク』


「負け続けたら、どうなるの?」


『Eクラスまで落ちて、そこから二回負けるとゲームオーバーらしいという噂は聞いたことがあるけど』


「らしい? 紗希はそんな人を見たことがある?」


『僕は見たことがない。Eクラスとやったことがそもそもないし、Eクラスって本当に存在するのかなあ』


 紗希は知らないようだ。やはり知っているとすれば、ミチルになるのだろうか。


「どうなるかわからない?」


『どうなるって?』


「ゲームオーバーになったら」


『さあ、退場するだけじゃない?』


「いの……、一条さんのことだけど」


『まさか、彩花は一条がゲームオーバーになったから失踪したとでも?』


 思考を先取りした紗希が呆れたような声で彩花に言った。


「そういうわけじゃないけど、そうかも、って」


『たかがゲームだよ、考えすぎでしょ』


「そうかなあ」


『そうだよ』


「わかった。それで、紗希が話したいことって」


 わずかな沈黙があった。


『うーん、明日学校で話すよ』


「あ、紗希も同じ学校なの?」


『知らなかったの?』


「あーうん」


『いや、僕も彩花が同じ学校だってこの間まで知らなかったよ。僕は普段は水曜クラスだし、リアルコミュニケーションでもやり取りしたことはないし。それに彩花は影が薄いから』


「ミチルといい、一言多い」


『あはは』


「あ、でも紗希は水曜クラスって」


 今日は木曜日で、彩花は金曜クラスだから明日は登校日だが、紗希は水曜クラスなら昨日登校済みのはずだ。


『いやいいよ、それじゃ明日』


「うん」


 スピーカーが小さくプツンと鳴って、表示が接続終了になる。


 ふぅ、と息をつく。


 紗希相手なら、通話でもコミュニケーションポイントがあまり減らないみたいだった。


 紗希の性格もあるのだろうが、それだけ慣れてきたということだろう。

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