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第6話 俺とエリーゼの歩み②

 

 教会に来てからのエリーゼに対する周囲の反応はおおむね良好だった。

 教えたことはすぐ覚えるし、次の日には完璧にこなしており、我儘で人を困らせることもなく、むしろ他人の世話を焼きたがるくらいだ。

 貴族の令嬢と聞いて身構えていた教会の連中は手のかからないとても良い子だと褒めていた。



 この俺を除いてだ。



 夕食と入浴が終わってしばらくすると教会の鐘が鳴って明かりが消え始める。

 一日の活動内容を上司に報告した俺は自分の部屋に戻る前に日課になった聖女様の部屋のチェックをする。


『消灯時間過ぎたぞ。早く寝ろ』


 ノックして部屋に入ると案の定エリーゼは本を開いて椅子に座っていた。

 俺が呆れて明かりを消そうとしたらエリーゼはおずおずと手を上げ質問しときた。


『窓とカーテンは開けてていい? 月明かりが無いと文字が読めないの』


『寝ろって言ってるだろ。就寝時間は自由時間じゃないんだよ!』


 明かりを消して本を没収して俺は聖女様をベッドへと放り込んで布団を被せた。

 こんなやりとりが毎日ずっと続いていた。

 確かにエリーゼは優等生ではあるが、それだけでは説明がつかないほど出来過ぎていた。

 種明かしをすれば単純で、学んだことの復習や予習をこっそりやっているわけだ。

 別にそれは悪いことじゃないが問題はその取り組み方だ。


『サヴァリスさんは私に構わず寝ていいんですよ?』


『体調管理も世話係の仕事だっての。ったく、無理矢理寝させないとお前は気絶するまで続けるだろ』


 はっきりいってエリーゼの寝てる姿は異常だった。

 白目剥いて肩を叩いても微動だにせず、死んでるんじゃないかと錯覚するほど静かでぐったりした姿。

 何があったか詳しく聞けば寝ている時間が極端に短く、常人の半分以下しか寝ておらず、与えられた休息日だろうとお構いなし。

 おそらく、この教会で誰よりも遅く寝て早く起きてる生活をしていると思う。


(なんでそこまでしてやるんだ?)


 エリーゼがこんな馬鹿やっている原因を知りたくて俺は動いた。

 世話係として側にいる時間が多いことを利用し、少しずつ距離を詰めて話を聞き出した。これはお得意の技だ。

 並行して男爵家側の素性調査も行う。

 まぁ、こっちは教会のお偉いさんが集めた資料をこっそり拝借するだけなんだがな。

 そうやって集まった情報をまとめ終わるまで長い時間はかからなかった。

 そして、全ての調査を終えた俺は自分の拳を思いきり壁に叩きつけた。


(こんなのってありかよ!!)


 男爵家でのエリーゼの扱いは家族のそれではなく、使用人や奴隷と等しい扱いだった。

 朝から晩まで彼女は家の家事をやらされていた。炊事洗濯に始まり薪割り、冬場は雪かきと暖炉の掃除。

 金銭的事情もあるのか男爵家は使用人を一人も雇っていない。

 つまり、まだ幼い少女一人だけに全てを押し付けていた。


 常識的に考えてまずあり得ない。

 誰か彼女の味方はいなかったのか調べるとただ一人だけエリーゼを愛していたのは実の母親だった。

 しかし、その母親は既に病で亡くなっていた。

 母親は墓すら用意されず、その遺品は継母によって処分され、家から持ち出してきたあのボロボロの白いスカーフは唯一の形見だったのだ。

 男爵家でのエリーゼは奴隷紛いの扱いを受け、家族の機嫌を損ねれば食事を抜かれたり、暴力を振るわれたり、暗くて狭い物置小屋に閉じ込められたりしていた。

 なるほど、つまりそのせいでエリーゼは他人の機嫌に過敏なり、強迫観念に囚われて無茶をしている状態だ。


『私が悪い子だから罰を受けて反省するのは当然なんです』


 当たり前みたいな口調で胸糞悪いことを言うエリーゼ。

 ヘラヘラと笑顔を貼り付けて誰からも好かれる優しい聖女様になろうする姿に俺は我慢ならなかった。


 心のどこかで俺は自分が悲劇の皇子で、神官やってるのも仕方なくで、何かにやる気を出して真剣に向き合うなんて疲れる面倒くさいことなんて御免だなんて思ってた。

 そんな俺の甘ったれた価値観を全部ぶっ壊すような地獄に彼女は本来守られるべき家族から突き落とされていた。

 自分がおかしいって考えが思いつかないくらいに追い詰められていた。


(そんなの冗談じゃねぇ)


 俺はあることを決めた。

 同情だろうと憐れみだろうと偽善だろうと構わない。

 聖女エリーゼが心の底から笑って幸せになれるように支えてやりたいって思った。




 だが、現実は更なる試練を彼女に与えた。




 ♦︎




 エリーゼが聖女になってニ年くらい経った頃、教会内で嫌な話を聞くようになった。


『なぁ、エリーゼ様の魔法ってさ……』


『おい。あんまり口にすると上から怒られるぞ』


 仕事をしながら内緒話をしている神官達に見つからないようこっそりと近づき、聞き耳を立てる。


『周知の事実だろ? 今代の聖女は弱すぎるって話』


 その頃、エリーゼは聖女として立派に成長していた。

 ロクな教育も受けさせられていなかった彼女は難しい読み書きが出来るようになり、儀式や式典もつつがなく執り行っている。

 相変わらず根を詰め過ぎたやり方で仕事をしようとするので制御するのが大変だった。

 休息日には無理矢理外に連れ出したり、夜は仕事に関わりそうなものを全部没収した。

 本人は何かしてないと落ち着かないと文句を言って来たが、人に不満や我儘を言うのすらちょっと嬉しいくらいだった。


 家族関係については相変わらずだが、教会から金さえ支給すればあちらから会いに来ることもないので今はそれでいい。

 ただ、エリーゼが働いて稼いだ金の一部とはいえクソ野郎共の私腹を肥やすのに使われていてふざけんなとは思う。


 そんな状況の中で浮上したエリーゼの聖女としての能力に関する話題は俺にとって悩みの種だった。


『サヴァリス! 昨日より傷の治療にかかる時間が短くなったわよ』


『おっ、やるじゃねぇかエリーゼ。今日はデザートを追加してもらえるよう厨房に頼んどくぜ』


 聖女としての能力は個人差がある。

 練度を重ねたり、工夫をすることで多少の能力を伸ばすことは出来るがある程度の幅は最初から決まっているのだ。

 エリーゼが聖女の称号を与えられた時、俺は傷を癒せるその力に驚き感動したのだが、上層部は険しい顔をしていた。

 資料を調べるとエリーゼの使う魔法は歴代の中でも劣ったものだった。

 最高位クラスの聖女は一度に数百人の命を救い、死の淵に立つ者を生き返らせ、枯れた土地を実り豊かなものへと復活させることが可能と記されていた。


 エリーゼだって腕を磨かなかったわけじゃない。

 最初に比べれば一日に治せる患者の数も傷の深さも明らかに変わった。

 これまでの聖女の中には自分の力に満足して足を止める奴もいたそうだが、エリーゼは無理矢理にでも止めない限り修行を諦めない。

 その心意気は称えられるべきものだ。


『サヴァリス。聖女様に追加された明日の患者のリストを渡しておいてくれ』


『無理だ。ここ最近は怪我人が多くてエリーゼも無茶している。負担を増やせば潰れる!』


『ならば追加リストの急患から治せ。宰相の孫が風邪を引いたのだ』


『はぁ? そんなもんより鍛冶場の火事で火傷が酷い連中が優先に決まってるだろ』


『サヴァリスよ。この教会支部は王国と深い繋がりがあるのはお前も知っているだろう。我々や聖女を支えているのは何なのかよく考えろ』


 結局は金と地位だ。

 重傷な平民の子どもと擦り傷の貴族令嬢だったら後者が優先される。

 理由は教会に渡されるお布施の額がまるで違うからだ。

 この仕組みのせいで救えなかった人間が大勢いた。


『もっと、もっと私が頑張らなくっちゃ』


 大勢の人前や貴族連中の前に出る頻度が増えてエリーゼは化粧をよくするようになった。

 ただ、他の女と違って彼女のは自分を美しく見せるためではなく、血色の悪さを隠すためだ。

 無茶する回数が増え、その度に体調を崩して寝込む頻度も増えた。


 俺に出来たのはちょっとでもエリーゼの気が紛れるように軽口を言って愚痴を吐かせるのと自分の評判が下がるのを覚悟で仕事を蹴ることだった。




 ♦︎


 聖女エリーゼは役立たず。

 王国に望まれた聖女は大ハズレ。


 そんな世間の評価に飽き飽きしていた頃にエリーゼが革新的な案を思いついた。

 自分の魔法を磨くのが限界だと悟ったエリーゼは幅広い分野の勉強に手を出し、積極的にお偉いさん方に意見を求めて新しい道を切り拓く一手を掴んだ。

 俺も彼女のやりたいことをサポートしたくて各方面に頭を下げた。


 そんな中でとある貴族の当主がエリーゼの案に協力してくれることになった。

 王国で初めての試みでリスクもかなりある案だったがそれを承知で引き受けてくれるという。

 ここまでは珍しい貴族もいたもんだなと思っていた。


『そんなわけで私は公爵家に嫁ぐことになったわ』


『どういうわけだよ!』


 椅子から滑り落ちるくらい驚いた。

 エリーゼの実家が教会に金をせびるようになったと聞いて、連中が会いに来ないよう対応策を考えていたらとんでもない話をされた。

 公爵に頼み込んでくると言ってたのにどうしてそうなったんだ?


『公爵家の次期当主が私と同い年で婚約者を探しているそうなの。なんでも王子様の従兄弟で将来有望で期待されている方らしいわ』


 話が見えてきた。世代交代をした時に王家に対して強い影響力を持ちたいと考えたわけか。

 王国の次の継承者は既に決まったようなもので、婚約者もいる。

 公爵家としてはなるべく近い位置を確保して国政に深く関わりたいと思っている。

 そこで王国唯一の聖女であるエリーゼが絶好の手札になるってわけだ。

 自分の身内にしてしまえばどの貴族を優先して治すか、どの政敵を優先して治させないか口出しできる。王族にも恩を売りやすい。

 更にエリーゼの案が成功すれば国民からの支持も集められて公爵の評判が上がれば息子も出世しやすくなる。

 政治的に聖女を利用しようって考えだ。


『エリーゼはそれでいいのか?』


『悪い話じゃないわ。王族への強いツテが手に入るのはコチラも同じだもの。その方が聖女の役目を果たしやすいでしょ?』


 そうじゃないだろって言いたかった。

 もしも婚約相手がお前の親父みたいなクソ野郎だったらどうすんだよ。それで幸せになれるのか?


『まさかこんな私を選んでくれるなんてね。自分をついてない女だって思っていたけど、ここぞって時は運が良いみたいね私』


 俺はお前に幸せになってもらいたいんだよ。

 偉そうな言葉を飲み込んで俺は『良かったな』って愛想笑いで言った。

 だって、婚約の話を俺にする時のエリーゼは自分の頑張りが報われるような嬉しそうな顔をしていたからだ。


 今の俺はただの神官でエリーゼは王国唯一の聖女。

 やりたいことを手伝って支えてやるくらいは出来るが、それが俺の限界だ。

 本当に彼女の幸せを願うのであれば俺は口出しすべきじゃない。


『私が公爵家に嫁いじゃったらサヴァリスともお別れになるわね』


『別に仕事してれば顔を合わせるくらいはあるだろ。それとも俺がいなきゃ寂しいのか?』


『寂しいに決まってるじゃない。私の友達はアナタだけだったんだから』


 思わず彼女に伸ばしかけた手を頭にやってわざと照れ臭そうな芝居をする。

 らしくない反応だったからなのかエリーゼが俺をからかうように笑う。

 俺はコイツの味方だ。

 俺はだけはコイツに悲しい思いをさせてはいけない。


『俺も友達って呼べるのはエリーゼくらいだな』


『あら、案外似たもの同士なのかもしれないわね私達』


 神官とはいえ、俺は神様なんて信じちゃいなかった。笑える話だろ。

 でも、もしも本当にいるんだっていうなら、どうか彼女を幸せにしてやってほしい。

 そしたら俺はそれ以上を何も望まない。




 ♦︎




 婚約が決まってからもエリーゼと俺は積極的に動いた。

 国と教会からは睨まれて、一部では猛反発を受けたけど小さな成果だってあった。

 結納金を手切れ金代わりにすることを男爵家にも承諾させた。

 久しぶりに兄貴から手紙が届いて帰って来いと言われたが、今一番やりたいことに集中しているから無理だと断った。

 もう少しで別れが訪れるけど、彼女が幸せになるなら俺はそれを受け入れる覚悟があった。


 だが、唐突に計画は全てをぶち壊される。あの夜の出来事だ。

 くそっ、これだから馬鹿は嫌いなんだ。

 




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