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第4話 彼の秘密の過去

 

 先帝、つまりサヴァリスと皇帝陛下の父親には正室と何十人もの側室がいた。

 いくつもの部族や国を吸収してのし上がった帝国の君主ともなれば多く女性を囲う甲斐性が必要なのだとか。

 とはいえ、先帝の女性に対する執着は凄まじく、妻や子供達が住む小さな町まで作り上げる程の女好きだったらしい。


 当然、そんな無茶苦茶なことをすれば莫大なお金がかかって帝国の国庫は笑えないレベルまで圧迫されてしまった。

 おまけに先帝は家族を増やすだけ増やして急にポックリこの世を去った。

 聖女が何人もいたとはいえ、死人を蘇らせることは決して出来ない。

 魔法の腕が一番良かった聖女が駆けつけた時にはもう手遅れだった。


 後に残されたのは熾烈な後継者争いだった。

 皇帝の側近達がそれぞれお気に入りの皇子や皇女を推薦し、謀略や暗殺が横行し始める。

 財政困難や空白の玉座で帝国の行く末が危うくなった時に名乗りを上げたのが現在の皇帝陛下だった。


 元より正室の第一子だった陛下は腐敗しかけていた国の上層部に操られたり唆された同じ血の流れる異母兄弟や姉妹を断腸の思いで排斥し、正しい国の在り方を目指す覚悟で帝位継承争いに身を投じて勝ち残った。

 この話は陛下の自伝として記録が残っているので詳しくは割愛された。


 私にとって一番重要で気になっていたのはサヴァリスについてだ。


 家族同士で争い始めた頃の彼はまだ幼く、とても争いに参加して生き残れるような年ではなかった。

 王冠を手に入れることが出来るのは一人だけで同じ母を持つ者でも例外なく敵と見做され処分される魔境。

 我が子同士で殺し合うことを恐れたサヴァリスの母はある策を思いつき実行した。


 それが幼いサヴァリスを神官見習いとして教会に預けることだった。


 物心はついていたサヴァリスは説明を受けると自分の意思で頷いてあっさり皇族の身分を捨てた。

 ただし、そのまま帝国の教会本部にいるとあらぬ疑いを持たれるので隣国である王国の支部で暮らすことになる。

 彼の素性を知るのは教会の中でも限られた少数だけで、他の神官達と生活を共にしてすくすく育った。

 出会いがあったのは彼が教会での暮らしに馴染んだ頃のことだ。

 田舎の男爵家から不思議な力を持った少女が現れたと聞いた教会が少女を保護した時に年が近いからという理由だけでサヴァリスは少女の世話係を任されることになる。


 その少女が私ことエリーゼだった。




 ♦︎




「なんだか凄く壮大な話を聞いたわ」


「別に大したこと無いって。歴史上でよくあるお家騒動だぜ」


 淡白に、まるで他人事のような口ぶりでサヴァリスは説明を終えた。


「俺はさっさと逃げたけど、陛下の方はそれはもう大変だったんだろ?」


「うんざりするほどな。一番の山場は即位した後の事後処理だぞ」


 継承争いの中心で戦っていた陛下は当時を思い出し、苦虫を噛み潰したような険しい顔をした。

 私が聖女になりたてだった頃に隣国では一大事が起こっていたのか。


「けど、今は子供が二人もいて奥さんとも仲良くて幸せなんだろ?」


「無論だ。後でお前にも会わせたい」


 陛下の顔にある年の割に深い皺はこれまでの苦労を乗り越えた勲章なのだろう。


「本来ならもっと早くに会わせたかったがな。厄介事を片付けた後、国に戻るように連絡を取ったのにお前という奴は」


「えっ。陛下が即位された時期を考えると何年も前の話ではありませんか?」


 陛下の口から出た情報に私は耳を疑った。

 だって、そんなことは初めて聞いたからだ。


「そうだ。それを此奴は断りおった」


「いや、だってあの頃は陛下が結婚したばかりだろ? やっと少しは国が落ち着くかって時に元皇子が戻るなんて新しい火種になるだけだ。俺の年齢だって即位してもおかしくなかっただろ」


「そんなもの我がどうにでもしてやったぞ」


 兄の重荷にならないように誘いを断った弟。

 なんて兄弟愛の深い二人なんだろう。

 どこかの田舎貴族とは大違いだ。


「よかったわねサヴァリス。こんな弟想いのお兄さんがいて」


 お互いに何年も会っておらず、聞いてる話だと一緒に暮らしていた時間より離れていた時間の方が長かっただろうに。

 世の中には離れ離れになっても思いやりを忘れない家族もいるのね。

 久しぶりの家族との再会なんて感動的だ。


「あーあ、でもそうなると寂しくなるわね」


「どうしてなんだ?」


「だって、自分の家に戻るんでしょ?」


 陛下はサヴァリスのことを本当に大切にしている。

 帝位継承権を捨てたとはいえ、皇帝の一声があれば皇族として帝国の貴族社会に復帰できるだろう。


「こんなみすぼらしい聖女の従者よりもそっちの方が幸せじゃない」


 王国には私しかいなかった。

 だからサヴァリスの待遇は私の代理人として下級貴族くらいだった。若い神官の中ではかなりの出世枠だ。

 でも、これからは違う。

 帝国の何人かいる聖女の中でも一番下で、余所者で、オマケに婚約者と家族に捨てられた女だ。

 そんな人間の側にいればきっと惨めな思いをする。


「心配だったのよ。どうすればアナタを私から遠ざけて普通の神官として扱ってもらえるか悩んでいたけど、取り越し苦労だったわね」


 きっと、この結末が一番良い。

 彼まで私の道連れになる必要は無いんだ。


「はぁああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜っ」


 これで万事解決だと思った私の前でサヴァリスは特大のため息をついた。


「ふははははははははははっ!!」


 そして、何故かわからないけど陛下が大笑いしながら膝を叩いている。

 あれ? 私は何か変なことを言っただろうか?


「ふっ、ふふふふふ」


「笑い過ぎだろ陛下!」


 過呼吸になっている陛下にサヴァリスがキレた。

 弟から睨まれ、深く呼吸をして陛下は私に視線を向ける。


「なるほど。確かにこれは重症であるな」


「だろ? ちょっと頭の中がぶっ飛んでるんだよ」


 兄弟揃って私に対して酷いことを言ってくる。

 いつもの軽口とは違う、珍しく苛立ちを含んだ声だ。


「あー、エリーゼ。最初に言っておくが俺は王宮に住むつもりも皇族に戻るつもりも無いぞ」


「どうして? 皇族の方が偉くて凄いじゃない」


「だって、クソほど面倒くさいだろ」


 質問への回答はとても単純なものだった。


「考えてみろ。皇族になって待ってるのは堅苦しいお勉強と礼儀作法だろ? それに年を考えると結婚だのなんだのって色んな連中から絡まれる」


 サヴァリスは軽薄そうで、いつも軽口を叩くめんどくさがり屋だけどルックスは良い方だ。

 社交の場で私の付き添いとして参加した時も独身の令嬢から声をかけられている場面をよく見かけた。

 お決まりの「俺は神官なので女性より神に仕えることを優先してしまいます。それではお嬢様の方が耐えきれないでしょう?」で乗り切ってきた。

 よくもあんなわかりやすい仮面をつけてキザったらしい台詞を言えるものだと思っていたが、全部面倒くさいからなんだよね。


「俺はもう継承争いとかごめんなんだ。関わりたくもねぇから戻らない」


「でも、陛下はそれじゃ寂しいですよね?」


「我はこの弟が自分のやりたいことをやって元気にしていればそれでいい。同じ帝国にいれば会う機会も増えよう」


 サヴァリスも陛下もそれで納得しているような様子だった。

 近くにいれないことを惜しむような雰囲気はない。

 お互いに通じ合っているという様子だ。


「そういうわけだ。俺はこれからも聖女付きの神官のままだぜ」


「本当にそれでいいの? 私の側なんかより、折角の故郷なんだから家族を優先した方がいいし、側仕えなら帝国の聖女の方が待遇はいいと思うわよ。サヴァリスはなんだかんだいって器用だから本部で出世もできると思うし」


 幼いながらに他の国で逞しく生きてきた青年だ。

 恵まれた環境であればもっと自分の才能を磨いてより幸福な生活を送ることができるはず。

 私の近くにいるよりはマシだと説明していくうちに自分の中に暗くて濁ったドロドロとしたものを見つけた。

 口にしてはいけないと思いながらも自己嫌悪で気分が落ち込んでいた私は吐き出した。


「それよりもやっぱり王国に残っていた方が良かったかしら? 新しく聖女になったルシアの側近なら私なんかよりお似合いだったわね」


「エリーゼ……」


 サヴァリスの声が一段と低くなった。

 これまで共に過ごした中で一番強い怒りの感情だ。

 誰かの悪口を言ったり、不幸なことがあるとサヴァリスはよく怒っていた。

 でも、私にこれほど剥き出しな灼熱の炎のような怒りを向けたのは初めてだ。


「……長旅で疲れているので、少し席を外させていただきます」


「う、うむ……」


 私は何もかもが怖くなってその場から逃げ出した。

 せっかく陛下が謁見してくださっているというのに無礼にも程がある台詞を吐き捨ててだ。

 咄嗟の申し出に虚をつかれた陛下と視線を合わせずに俯いたまま玉座の間から駆け足で遠ざかる。


「……っ」


 何処に行くのかも考えずに私は他人の家の中を全力で走り出した。

 今はただ、何もかもから逃げたかった。




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