オマケその② 突然の休暇のご予定は
「えっ、休暇ですか?」
眼鏡をかけた婆さん上司に呼ばれた俺は突然の提案に驚いた。
「そうです。このところ忙しかったでしょう? だからサヴァリス君には少し長めの休暇を与えようと思って」
確かにここ最近は例年より忙しい日々が続いていた。
年末を越えれば解放されると思っていたが、想定外の大雪のせいで色々なスケジュールが乱れてしまったせいだ。
おかげで残業が多くなり、猫の手も借りたいような仕事の量に追われていた。
「俺が休んだらエリーゼの補佐は誰がするんですか?」
一応は聖女エリーゼのサポート係として建てられた部署でもあるので彼女が活動している間は俺らも一緒について回ったり事前に面会相手と交渉したりとやることは多い。
だから俺だけ休んでもエリーゼが働くなら面倒な引き継ぎが発生するからなるべく遠慮したい。
「それについては安心してちょうだい。聖女エリーゼ様にも同じ期間お休みしていただきます。これは既に上と交渉済みよ」
俺の心配なんてお見通しな上司はもう手を打っていたようだ。
「エリーゼ様が不在の間は他の聖女様が代理を務めます」
「なんか申し訳ないですね」
「いいのよ。エリーゼ様が頑張る姿を見て他の聖女様達にもやる気がみなぎっているのですから」
上司が言うにはこれまで帝国にいた聖女達は互いに仕事を押し付けあっていかに自分が楽をするのかだけを考えていたらしい。
他国からすれば聖女を数人も抱えている帝国はズルそうに思えるようだが、実際のところは人口に対して圧倒的に人手が足りていなかったため激務で疲労し、手の抜き方に磨きをかけていたそうだ。
しかし、そんな環境に追放される形でやって来たエリーゼが自分から積極的に仕事を引き受け、更には国と教会を巻き込んで労働環境を劇的に変化させたおかげで彼女達も新入りだけに任せたままじゃいられないと頑張り出した。
「腐敗しかけていた教会に新しい風を吹かせてくれたのですもの。少しは自分を労って欲しいのよ」
多分、本人は仕事をしていない方が落ち着かなくて急な休暇なんて与えられたら困惑するだろうが、俺としてもエリーゼには体を大事にして欲しいからありがたい提案だ。
「でも、俺まで休みってのは……」
「そう言うと思っていたわ。この際にハッキリと言わせてもらうけれど、エリーゼ様と同じかそれ以上にサヴァリス君は頑張り過ぎなのよ」
珍しく上司が目を鋭く光らせながら俺に告げる。
エリーゼ以上と言われて俺はそんな馬鹿なと思った。
「いやいや。エリーゼに比べれば俺なんて」
「そうかしら? ここに貴方とエリーゼ様の業務記録があるのだけど見てみる?」
待ってましたと言わんばかりに取り出された用紙には俺とエリーゼの直近のスケジュールが書かれていた。
よくよく目を通してていくと、確かに俺が教会や貴族連中と会議したり後輩達の仕事をフォローしたりとエリーゼよりも日程がぎっしりと詰まっていた。
けど、これにはれっきとした理由がある。
「俺は、」
「貴方がエリーゼ様の負担を減らすべく先回りして動いているのは知っています。そうでもしないと彼女が潰れてしまうかもしれないからと考えたのでしょ?」
一言一句違わずに言い当てられて俺は言葉を失う。
お見通しとばかりに上司は笑った。
「王国での扱いを考えればそうしたくなる気持ちは理解出来ます。ですが、ここは帝国。良くも悪くも二人くらいいなくなっても社会は回るのよ」
上司が口にしたのは事実だ。
エリーゼのおかげで環境が変化したとはいえ、俺達が来るまでも帝国の教会は機能していた。
改革についてもおおまかな説明や今後の動きについては上層部と話をつけてある。
言い出したのが自分達だから責任を持って最後までやり遂げるつもりだが、ここまでくれば正直他人に変わってもいい。
それだけしっかりした下地を作ってきたつもりだ。
「それから貴方が頑張り過ぎると周囲もそれに釣られて無茶をしようとするの。うちの部署は若くて将来有望な子が多いけれど、まだ経験が浅いわ。率先して休むのも上に立つ者に必要な能力よ?」
ちらっと後ろで仕事をしている同僚達に目を向ける。
どいつもこいつも俺のことを舐めてる連中だが、エリーゼの力になりたいと集まってくれた奴らだ。
彼女が安心できる味方を増やしたいという俺の個人的な願いに賛同してくれた気のいい仲間でもある。
「これから先の未来を考えるのなら息抜きをして自分を労ってあげなさい。いつまでも私がこの席にいるわけではありませんし、貴方にはまだやるべきことがあるのでしょ?」
「……はい。じゃあ、お言葉に甘えて休暇をいただきます」
「そうしてちょうだいな。あと、これは貴方宛に届いた手紙よ」
上司に感謝して頭を下げようとしたらいつかのように手紙を渡された。
しかも二通ある。
差出人の名前はかかれていないが、見覚えのある封蝋と上質な紙ですぐに誰からのものなのかわかった。
「結婚を前提にお付き合いを始めたのだし、ゆっくり羽を伸ばしてきなさいな」
温かい目を俺に向ける上司。
ったく、この人といいどうも帝国には俺達にお節介を焼きたがる連中が多いようだ。
そんなに俺が頼りないのか?
……まぁ、数年も進展がなかった男だし、信用されてないのかもしれない。
渡された手紙をペーパーナイフを使って開ける。
一通はお馴染みの小言が長々と書かれた余計なお世話の手紙。
もう一通の方はふわりと懐かしい香りがした。
丁寧な字で書かれたその手紙を読み終えた俺は休暇中の予定を素早く頭で組み立てる。
なんとエリーゼに説明するかを考えながら俺は同僚達へ仕事の引き継ぎを任せるために自分の席に戻るのだった。
◆
サヴァリスと私が突然の休暇を与えられてやって来たのは帝都から少し離れた田舎の町だった。
賑やかで活気のある帝都の雰囲気に慣れていたので、こうしてのんびりとした田舎の空気を吸うと自然と肩の力が抜ける。
どうやら私は自分で思っていた以上に気を張っていたようで、こうしてリラックスする時間がそろそろ必要だったのだと気づいた。
「この辺の美味しい店とか観光スポットとか調べとけばよかったな」
地図を片手に隣を歩くサヴァリスはいつもの神官服ではなく、ラフな私服を着ていた。
まだ寒いので首には白いマフラーを巻いて、手袋もしっかりつけている。
ちなみに私とサヴァリスのマフラーはお揃いで二人で一緒に選んだものだ。
本当は手編みを用意したかったけれど、生憎とそんな時間は取れなくて皇后様に相談したら二人で店を巡って買い物するのもまた一興だとアドバイスされた。
「ん? 俺の顔見てどうした?」
「ううん。今日もサヴァリスがカッコいいなって」
「急に変なこと言うなよ……」
そっぽを向いて地図で顔を隠すサヴァリス。
表情は見えなくなったけれど、耳が赤くなっているのを私は見逃さなかった。
普段は貴族のご令嬢や女性の神官、はたまた他の聖女に言い寄られても軽く流して愛想よくしている彼が恥ずかしがっているのがなんだか面白くて私はちょっかいを出す。
まぁ、カッコいいって思っているのは本当だし、こんな人が恋人なのは私にとって自慢だ。
「そろそろ着くが準備はいいか」
「準備も何もそんなの必要ないでしょ?」
少し歩いて町のすぐ側にある小さな森の一本道を進む私達だったが、サヴァリスの様子が変だ。
顔がちょっとずつ険しくなっていて足取りも重そうだ。
「いや、だってよう……」
「そんなにお母さんに会うのが嫌なの?」
休暇中の目的の一つがサヴァリスの母、皇太后様に会いに行くこと。
王宮を嫌って静かな森で一人暮らしをしながら余生を過ごす皇太后様からサヴァリス宛に手紙が届いたのがきっかけだった。
王国からサヴァリスが戻ってきたことや私の側近として教会内で頑張っていることは皇帝夫婦から伝えられていたそうだが、直接サヴァリスとやりとりすることは無かった。
友人でもある皇后様が言うには、親としての接し方に悩んでいるとのことだった。
幼い頃に我が子を追い出すようなことをしてしまい、家族として過ごした時間より離れ離れになっていた時間の方が長くなってしまった。
そのせいでどうすればいいかわからないと。
帝国に戻ったサヴァリスから数年も連絡をしなかったのも悩む原因の一つになっている。
「恨んでいるわけじゃないんでしょ?」
「恨んでなんかねぇよ。お袋は正しい判断をした」
私の意地悪な質問に彼は即答した。
先帝の時代にそうしなければ今頃サヴァリスは継承者争いに巻き込まれて命を落としていたかもしれない。
そして、私と彼が出会うことは無かった。
だから私も皇太后様の判断は間違っていなかったと思う。
「ただ、今更になってどんな顔をすればいいのかわからないんだよ。俺の顔は年々クソ親父に似てきたし、エリーゼのこともあるからお袋に紹介するのは悩むし」
「どうして私のことで悩むの?」
「だって、血の繋がらない義理の母親なんてほしくないだろ?」
言いづらそうな表情で私を見るサヴァリス。
すぐに何のことなのか理解した。
彼が心配しているのは私の家庭環境をよく知っていたからだった。
この世で最初に私を愛してくれた母。その母が亡くなるのと同時にやって来て継母になった女性は私の事が嫌いでいじめてきた。
今でもあの日々を夢に見ると息が苦しくなって怖くなる。
「何を言ってるのよサヴァリス。それはそれ、これはこれでしょ」
だから何だと言うのだろう。
「私はもう大人なのよ。いちいちそんなの気にするわけないじゃない。それに、皇帝陛下とサヴァリスのお母さんなんでしょ? だったら私は怖くないわ」
「なんでそう言えるんだよ」
「だって、二人とも他人に優しくて沢山の民を守ろうと頑張れる人だもの。ずっと側で見てきた私が尊敬するサヴァリスを育てて守ろうとした人を怖がるわけないわ。むしろ、あなたに会わせてくれてありがとございますってお礼が言いたいくらいなんだから」
サヴァリスの手に自分の手を重ねて力強く握る。
皇太后様については義理の娘になった先輩の皇后様と話をしていると話題になることはあった。
自分の家族や子供を育てる環境があんな酷い状態でそれでも我が子だけは守ろうとしたり、皇帝陛下が結婚するまで必死になって支えたりと凄い人なのはわかっている。
サヴァリスに会えなかったら今頃私は使い潰されて死んでいたかもしれない。それか、耐えきれずに自分で……。
「私は大丈夫。……これ、本当なんだからね!」
つい口癖になっていた言葉を口して慌てて念押しする。
サヴァリスのことだから変な心配をするかもしれないし、勘違いをされたら堪らない。
「ふっ、わかったよ。お前を信じる」
ちゃんと伝わったようでサヴァリスは微笑みながら私の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「ちょっと! 折角整えて来たのに乱さないでよ」
「あっ、やっぱりお袋に会うからいつもよりおしゃれしてたんだな」
「当たり前でしょ! 結婚前のご挨拶なんだから少しでも良く見られたいじゃない」
「そんなの気にしなくてもエリーゼは充分にかわいいよ」
銀色の髪がすぐ目の前まで迫った。
額に口付けしたのは私の口紅が取れないようにするための配慮だろうか。
でも、いきなりの不意打ちなキスのせいで私の頭は真っ白になってしまう。
「な、なんなのよいきなり!」
「さっきのお返しだ」
悪戯を成功させた子供みたいな顔して笑うサヴァリスにしてやられたと気づいた私は俯いてマフラーに顔を隠す。
恥ずかしくて、ここに鏡があればきっと顔は赤くなっているだろう。
「でも、サンキューな。おかげでお袋に会う決心がついたよ」
睨みつける私の頭を今度は優しく撫でながらサヴァリスが言う。
そこには不安からくる険しい表情もなく、気負った重苦しい雰囲気も消え去ったいつもの彼がいた。
「まず最初は『ただいま』って言うといいわよ」
「そうだな。長い旅をしてきたようなもんだし、土産話が沢山あるからな」
どちらからともなく私とサヴァリスは手を繋いで歩き出した。
繋がれた左手にはキラリと光る指輪があって、これがある限り私は自分が幸せなんだって思える。
きっとそれは肩を寄せて隣を歩く彼だって同じ気持ちなはずだ。
森の奥に小さなお屋敷が見えて来た。
どこか懐かしい雰囲気を感じるのは生前母が実家の庭に植えていたのと同じ木がお屋敷の庭もあったからだろう。
ふと、顔を見上げると二階の窓際にいた女性と目が合った。
白髪混じりの茶髪でほんのり赤い瞳をした少し疲れた様子の女性だった。
でも、その優しそうな目つきは隣の彼によく似ている。
こちらに気づいた女性は私を見て微笑むと窓から離れて姿を消した。
ほどなくして屋敷の扉は開かれる。
「母さんただいま」
「初めまして。私はエリーゼと言います!」
きっと私と彼にとって凄く有意義で素敵な休暇になる。
そんな予感が私にはあった。
これは私がもう一人のお母さんと初めて会った日の出来事である。
以上で完結になります。
本編とオマケとお付き合いいただきありがとうございました。
誤字脱字報告をいつでもお待ちしてます。すぐに修正しますので。
そして下の方から感想を送ったり・評価をつけたりできます。
いいね!等は作者の励みになりますのでよろしければどうぞ。




