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第1話 ある日、唐突に不幸は始まる

 

「聖女エリーゼ。いや、聖女を騙る卑しい女め!」


 多くの貴族達が集まるダンスホールに響き渡る怒声。

 今夜は作物の豊作を祝う収穫祭の締めくくりとして王国中から要人が集まるパーティーが開かれていた。

 煌びやかな衣装を身につけて人々が笑顔で会話や踊りを楽しんでいる。

 そんな賑やかな場を台無しにした人物がいた。


「貴様のような女と結婚なんて僕にとって一生の恥だ」


 苛立ちから長い金髪を掻き上げ、眉間に皺を寄せ、青い瞳を鋭くして怒りをぶつけてくる男。

 この未来の宰相候補と期待された公爵家の次期当主であり、整った顔立ちで社交界の場でも女性に人気の青年。

 このヨハンという男は私の未来の夫になるはずだった。


「ヨハン。それはいったいどういう意味なの?」


「気安く俺の名前を呼ぶな。その声を聞くだけで吐き気がする」


 これはまぁ、相変わらず随分な嫌われようだ。

 普段ならにこやかな笑みを浮かべながら他人のご機嫌を伺って優等生を演じていた彼らしくない。


「エリーゼ。貴様は教会に聖女として認定されあらゆる恩恵を受けてきたな」


 《聖女》。

 大陸中にその影響力を持つ聖教会が神から特別な力を与えられて魔法を行使する女性に付ける称号のことだ。

 この聖女として認められた人間を確保することは各国にとって大きなステータスになる。

 田舎の男爵家に生まれた私は幼い頃にその特別な力に目覚め、それ以来聖女としての務めを果たしてきた。


「だが、俺はお前の持つ力に懐疑的だった。何故ならお前の使う魔法は歴代の聖女とは比べ物にならないからだ」


「それは……」


 痛いところを突かれて私は口籠る。

 私の行使できる力はとても小さな力だったからだ。

 歴史に名を残してきた聖女達のように枯れ果てた土地を一晩で癒したり、負傷した軍隊をたった一人で治したり、疫病を消し去ったりしてきた人達とは違う地味なものだった。

 聖女認定した聖教会ですら後から頭を悩ませるくらいに。


「しかし、疑いは現実になった。俺は真の聖女に出会ったんだ。ルシア、こっちに来てくれ」


 ヨハンに名前を呼ばれて人混みの中から現れたのはこれまた可愛らしい少女だった。

 濃いクマのある吊り目で子ども体型の私とは違う発育が良くて愛嬌のある顔立ちの綺麗な女の子だ。

 ただ、そのエメラルドの瞳が緊張で不安そうに揺れている。


「ヨ、ヨハン様」


「心配しなくていい。俺が側に付いているよ」


 同じ金色の髪を持つ彼女に近寄り、肩を抱き寄せて優しい声で囁くヨハン。

 私に対する態度とはえらい違いだ。

 ルシアと呼ばれた少女はそんな彼の気遣いに安心したようで体の震えが止まっていた。


「この子はルシア。これまで平民として暮らしていたため発見が遅れたが、紛れも無く聖女としての力を神から授かった娘だ」


 周囲に聞こえるように声を張り上げながら言い、ヨハンは何を考えているのか腰から剣を抜いた。


「何をするつもりなの」


「証拠を見せてやる」


 私の質問に答えると、ヨハンあろうことか自分の手に剣を突き刺した。

 いきなりの奇行に血を見慣れていない貴族令嬢達から悲鳴が上がる。

 苦しそうに呻きながら彼が剣を引き抜くと勢いよく血が流れて地面を赤く染める。

 あんなに床を汚して誰が掃除すると思ってるんだろうと疑問に思ったけれども口には出さない。

 ヨハンの傷口はかなり深く、場合によっては何らかの後遺症が残りかねないというのが私の見立てだ。


「ルシア、頼む」


「はい。ヨハン様!」


 名前を呼ばれた彼女が自傷したヨハンの傷口に手を翳すと淡い光が漏れてみるみるうちに傷が塞がっていく。

 やがて光が消えると手から傷の痕が完全に消え去っていた。


「「「おぉ〜」」」


 会場にいた観衆の口から魔法を目の当たりにして感心するような声が出る。

 同じ聖女である私としては悔しいが認めざるを得ない。

 彼女の力は嘘偽りのない間違いなく本物の聖女に相応しい魔法だった。


「見たか。彼女こそ、この国の聖女に相応しい! そして、偽りの力で聖女となり横暴な振る舞いをしていた貴様はその座を奪われるだろう。この国に役立たずの聖女なんて不用だ」


 傷の消えた手を伸ばし、私を指差しながらヨハンは宣言した。


「そして、貴様と交わされていた婚約もこの場で破棄させてもらう!!」


「ちょっと、いきなりそんなことを言われても!」


 彼のあまりの発言に問い詰めようと私は近づいた。

 聖女と公爵家の婚約はそう簡単に破棄できるものではないし、今更そんなことを言われても困る。


「俺に触れるな。この卑しい乞食が!」


 肩を突き飛ばされて私は体勢を崩す。

 慣れないヒールだったせいもあり、そのまま床に倒れ込んでしまった。


「醜悪な貴様の姿を二度と俺の前に晒すな」


 トドメとばかりに近くのグラスに入っていたワインを浴びせられた。

 ポタポタと私の髪から零れ落ちる液体がカーペットに染みを作り出す。


「あらあら……」


「わしはおかしいと思っていたんじゃよな」


「やっぱりあんな子が聖女だったのは何かの間違いだったのよ」


 糾弾される場面を見ていた観衆の中からそんな呟きが聞こえた。

 誰が見ても納得する本物の魔法を見せられてこれまでハッキリと口にしなかった本音が吹き出したのだ。


「次期公爵のヨハン様は流石だな。真の聖女を探し出すなんて」


「本物の聖女様ってのはまるで天使のような美しさを持ってるんだな」


「こんな田舎娘を聖女と認めていたなんて聖教会にはもっとしっかりして欲しいもんだ」


「オレらが払った金を返せ!」


 堰を切ったよう溢れ出す罵倒の数々。

 理解が追いつかずにぐちゃぐちゃになる心。

 ぎゅっと唇を噛み締めた私は異変に気づいて助けに来てくれた教会の神官に連れられるまでその場に座り込むことしか出来なかった。




 ♦︎




「いい加減元気出せよエリーゼ」


「うるさい」


 頭から毛布を被り、ベッドの上で丸いサナギ状態になっている私へと声をかけてくる男がいる。

 私のベッドに腰掛けた真っ白な神官用の服を着て、首から銀色のロザリオをぶら下げている軽薄そうな印象のあるこの男の名前はサヴァリス。教会が派遣した世話役で護衛でもある。


「いつまでもあんな男に振られたからって落ち込むなよ。元からわかっていただろ? 政略結婚だって」


 ひとつに結んだ長い銀髪を弄りながらサヴァリスが失礼なことを言う。


「知ってる……」


 そんなことは私自身が一番理解している。


「すまん。言い過ぎた……」


 益々落ち込んだ私を見て気まずそうに頬を掻くサヴァリス。

 聖女として教会と付き合うようになってから長い間側にいた彼は私のプライベートについて詳しい。


「別に気にしてないし」


「嘘つけ。気にしてないなら顔隠す理由が無いだろ」


 またも失礼なことを言う側仕えに腹を立てた私は枕を投げ付けてやった。

 私より少し年上でなんでも器用に立ち回り、いつも私を小馬鹿にしてくるウザい奴。

 でも、今はそんな彼の存在が私には有り難かった。


「やっと顔が見えたな。うわっ、目元凄い腫れてるぞ」


「うっさい! それで、私が神殿に引き篭もっている間に何があったの?」


 再び毛布を頭に被り、顔だけは出す雪だるまスタイルで私はサヴァリスに質問した。

 婚約破棄と貴族達からの言葉に傷ついている数日の間も彼はあちこちに足を伸ばして情報を集めていたに違いないと思ったからだ。


「あのルシアっていう子は正式に聖女の称号を手に入れたぜ」


「そうなんだ」


 あの魔法を直接見てこれは本物だと思ったけど、教会が正式に発表したのなら彼女は私と同じ聖女になったのだ。


「ったく、上層部もいきなり湧いて出てきた聖女様に混乱して大騒ぎだ」


 聖女が世界に与える影響は大きい。

 その力で国家間のパワーバランスが崩れかねないのだから教会も聖女関連には気を遣っている。


「まぁ、うちの教会支部どころか王国中が大慌てしてるけどな。公爵家の馬鹿息子もよくあんな娘を引き当てたもんだ」


「彼女の力はとても凄かったものね。それにしても馬鹿息子って……」


 ヨハン本人が聞いたら腹を立てて斬りかかってきそうだ。


「事実だろ?」


 サヴァリスは二人きりの時、ヨハンの悪口をよく言う。

 私は誰に聞かれているかもわからないので肯定はしないが、同時に否定もしない。


「それでさ、一番ヤバいのはあの子の血筋だ。聖女になるからには厳しい身辺調査があるんだが、その結果がマジでヤバかった」


「何がヤバかったの?」


「先代の国王の娘だったんだよ」


 口がポカーンと開いた。

 先代の国王と言われて私は聖女になってすぐに一度だけ会ったお爺ちゃんを思い出す。

 白髪だらけのヨボヨボした人で既に亡くなっている。


「ねぇ、あの子の年齢考えたらそれは……」


「王族にとって大スキャンダルさ。母親は先代国王のメイドで、お手つきになったらしい」


 高齢になっても随分とお盛んな方だったのねと驚く。

 教会の調査がしっかりしたものなのは実体験で知っているから否定出来ない紛れもない事実なのだろう。


「王位継承権の話も上がっていて大変らしい。あの馬鹿息子の権力に尻尾振る態度は信用してたけど、まさかエリーゼより上が見つかったらあっさり乗り換えるなんて」


 ヨハンの悪口を言って呆れの混じった溜め息を吐くサヴァリス。

 元婚約者の本性は知っていたつもりだけど僅かな夢を見ていた私は自分がいかに愚かだったかを実感した。


「ねぇ、サヴァリス。私はこれからどうなるの?」


「エリーゼの聖女認定取消しは有り得ない。教会もそこまで馬鹿じゃないんだが……」


 途中まで話して言葉を詰まらせるサヴァリス。

 少し間を置いて歯切れ悪く話の続きを口にした。


「王国の貴族達の間で……その、エリーゼのこれまでの仕事にいちゃもんつける奴らが増えて……」


 予想していた通りの回答だった。


「田舎貴族の娘が聖女だったものね」


「聖女に身分は関係ねぇよ」


 自虐気味に言うとサヴァリスはすぐ否定した。


「公爵家が掌を返してそれに他の連中が乗っかった。エリーゼのこれまでの功績が特殊なのもあって教会も強く反論できなくてな」


 歴代で最弱の聖女。

 王国内で唯一の魔法を使える存在なのに殆ど役に立たずに余計な口出しをする金食い虫。

 他国に王国が軽んじられる原因の一つ。

 そんな陰口は何度も聞いてきた。


「連中、エリーゼを偽物呼ばわりした上で追放しろとか言ってんだ。揃いも揃って馬鹿ばっかりだぜ全く」


 徐々に貴族達への怒りが昂まって口が悪くなっていく。


「ごめんなさいねサヴァリス。あなたにも迷惑かけて」


「気にすんな。聖女のフォローをすんのも仕事だからよ」


 軽い口調で励ますように笑うサヴァリス。

 でも、彼が普段よりピリピリとした雰囲気を纏っているのに私は気づいてる。

 こうして引きこもっている間も彼は動いてくれていたのだからその時に色んな声を聞いたのだろう。

 本当に申し訳なくなっていく。

 私なんかが聖女として振る舞うことが間違っていたのだ。


「ねぇ、サヴァリス。実家からは何か連絡があった?」


 どんどん気分が深く沈んでいく中、一番気になっていたことを聞いた。


「明日、お前に会いに来るそうだ」


「そう」


 毛布を握る手が強張る。


「今はそんな気分じゃないって追い返そうぜ。忙しいから無理とか言い訳はいくらでも用意してんだ」


「いいえ。会うことにするわ」


「けど、お前……」


 ルビーのような赤い輝きをした瞳が私を心配そうに覗き込む。

 これ以上サヴァリスに迷惑をかけるわけにはいかない。

 それに先延ばしにしたらその分だけ厄介なことになるから早めに対処しておきたい。


「大丈夫よ。私はもう大丈夫だから」


 聖女の振る舞いとして身につけた余裕のある微笑みを見せながら私は自分にそう言い聞かせるのだった。





新作です。

本編完結まで全10話で完結まで毎日更新。

本日あと1話投稿します。


ブクマ、評価、感想、誤字脱字報告をしてくださってくれた方ありがとうございます。

作者にとって大変励みになります。


それでは最後までお付き合いください。


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