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第0話

冷たい石づくりの牢屋に、まだ十代だろうか、うら若い美女が両腕を吊り上げられている。

捕虜か、罪人か。

陶器のような白い肌には似つかわしくない大小のキズが点在し、プラチナブロンドの長髪は枝毛だらけで痛みきっている。コバルトブルーの大きな瞳は屈辱に歪み、正面を強く睨みつけていた。

目線の先には一脚の椅子が。

座っているのは中肉中背の中年男性である。

両手で吊られ彼女とは対照的に、なんともリラックスして腰かけている。

これまた対照的に、人を食ったような笑いが顔面を超えて"カラダ全体の表情"すら作り出しているかのようだった。ニヤニヤという効果音が周囲に浮かんで見える(気のせいだが)。こんな「全身煽り人間」が存在しようとは。そんな感慨さえ覚える。


「……殺せ」

美女が枯れかけの声でつぶやいた。

男は聞こえなかったのか、答えもしなければ表情も崩さない。

「私は王家の血を引く者として、捕虜の身に甘んじるわけにはいかぬ。どんな責め苦を受けようと祖国を売るつもりもない」

彼女は続ける。なるほど王族を名乗るだけあって、憎悪と恥辱に塗れてなお、その面立ちには気品が宿っていた。

「武士の情けだ。一思いに殺してくれ」

およそ少女の口から出るとは思えない、重すぎる覚悟であった。ただの思い付きで言っているのではあるまい。一人のうのうと生かされるのを、心から恥じているのだ。


男はそれを聞き届けると、ゆっくりと立ち上がり、彼女に歩み寄った。少し前かがみになり、目線を合わせる。

その顔はなんと、混じりけ一つないニヤけ顔であった。


「それってあなたの感想ですよね?」


「は?」

少女は呆気にとられ、間の抜けた声を出した。悲痛な覚悟で絞り出した、せめてもの願いだった。それを……感想?? この男は何を言っているのだ???


「いやだって~、普通に考えて、敵国の王女様を殺してこっちに何のメリットもなくないですか?笑」

「それを恥ずかしいから殺して欲しいです~とかいうのって、あなたの感想ですよね?笑」

「こっちに何のメリットもない提案をしといて、それが叶えてもらえると思うのは、はい、あなたは頭が悪い人なんだな~って思いますね笑笑」

男は立て続けにまくしたてた。文字起こしをしたら確実に語尾に「笑」がつくだろう、完全に舐め腐った喋り方である。


少女はしばらく面食らい茫然自失としていたが、すぐに感情が戻る。

先ほどまでとは全く温度の違う辱めが襲い掛かってきた。

王族として恥じることのないよう、武術・馬術を日々鍛錬し、傭兵を学び、率先して前線に出た。その誇り、武人としての矜持を軽んじ、「頭が悪い」などと愚弄するのか。

私は、私の国は、このような連中に敗れたのか。

否。敵将をとらえ、尋問したこともある。祖国への忠義に篤い、敵ながら天晴れな武人であった。

なのになんだ、この男は。このニヤけ面は。話がおよそ通じない。

およそ同じ人間とは思えぬ。異種族と話しているような、あるいは、()()()()()()()()()()()


「そもそも~、捕虜の感情を優先して殺してあげましょうって書いてる法律がないんですよね笑」

「だったら絶対少しでも有効なカードとして使うべきじゃないですか笑笑」

男はまだまだしゃべり続けている。まるで虚空に向けて喋っている姿を見聞きしている人間がいるかのようだ。


「メリットだの法律だの、血の通わぬものばかり。人の心がないのか、貴様には」

嫌味の一つでも言わないと気が済まない。

「人の心~とか言いながら、自分にメリットしかない提案をしてきたの、あなたの方ですよね笑」

「ぐっ……」

……これ以上の会話は無意味だな。少女は男への説得を諦めざるをえなかった。



「そういう武士の情けみたいなのを重んじて戦争を長引かせるくらいなら、メリットを優先して早期決着を目指した方が結果として一番死傷者も減って人道的だと思うんですよね~笑」


それからしばらく後、この異端の男に導かれた王国が長きにわたる戦に勝利し、戦乱の世にひとまずの終わりが来ることを、この時点ではまだ誰も知らない。


 第0話、終

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