私は誰?
混乱する少女は、生まれたての子鹿のように震える脚で何とか立ち上がり、今の状況を頭の中で整理し始めた。
「私は此処で生まれ育った村長の孫娘で、名前は…ジェールだった気がする…それから…」
少女ジェールは、朧げな記憶を思い出しながらも、何か重要な事が思い出せないような気がしていた。ただ、それを思い出すことが現状では出来ず、動揺と不安な気持ちが彼女を襲っていた。
とりあえず自分の視界にある、自宅であろう建物に入ることにした。
「ガチャ…」
無機質なドアノブの音と共に、蝶番の軋んだ音が鳴り響くドアを開けてみた。
自宅であると思うのだが、壁や窓や家具などに全くの記憶が無い。しかし、懐かしいと思う匂いがその家にはあった。
家の中に一歩一歩と進んで行くと、小窓くらいの大きさの絵が壁に数枚ほど飾られていた。その絵には幼い女の子と高齢の男性が描かれていたり、顎髭が生えた青年と妊娠している女性が描かれているもの等があった。
きっとこの絵の高齢の男性が祖父なんだと納得し、他に何があるのか家の中を見て周った。
ナイフ、種類の違う硬貨、置き時計、壺…
見たところ自分に所縁のある物は、見当たらないみたいだ。
別の部屋を探そうと歩き出した時に、視界の端に何か光ものがあった。おそらく机の下辺り、そこでジェールは机の下に手を入れて、光る正体を取ってみた。
それは青と銀色が混ざった色をした懐中時計のような物で、裏面を見てみると「ジェール」と、この土地の文字であろうものが彫られてあった。
その懐中時計みたいな物には、押しボタンが二つ付いており、ジェールは無意識に一つのボタンを押していた。
「カチャ、ピーピー」
懐中時計みたいな物が開くと同時に、機械音が数度鳴って言葉を発し始めた。
「ジェール様の現在の預金残高は…約十五京パリーあります、引き落とししますか?両替しますか?」
ジェールは聞いたこともない桁数に感情を失うのだった。