プロローグ
1997年8月26日火曜日
この日、一作のゲームが発売された。
それは「ギャランズ・ペーパリー」と呼ばれるファンタジーを題材としたゲームだ。
当時はモンスターを題材としたゲームや、同じファンタジーを題材としたゲームの続編が発売された年だった為、売上は非常に悪く制作会社は倒産の危機に陥る程だった。
しかし、コアなファンからの絶大な評価を得られたことで、徐々に多くの人々に遊ばれるようになり、現在では人気タイトルの仲間入りを果たすことができたのだった。
このゲームのストーリーは王道ファンタジーそのもので、十二体いる魔王達を倒すことがこのゲームの目標だ。
しかし、冒険者ギルドや選ばれし勇者といった制度は無く、プレイヤーはどこかの村や街の出身と自動的に決められ、そこからコツコツと情報を得たり、道具を作ったり売買して戦士を目指さなくてはならない。
また、シリーズ初期からの特長でゲームの目玉である「現実世界との互換性」によって、ゲーム内の通貨を現実世界の通貨に両替することが可能だったりする。
その為、無理に戦士を目指さずに商売人や武器職人などに従事しようとするプレイヤーも多々存在する。
試しにとあるプレイヤーのプレイ状況を観てみよう。
その者は戦士としてプレイすることを選択し、魔王討伐を目指して大草原を歩いている。
しかし、歩けど歩けど草原は続き、現実世界で五時間、ゲーム内で数日間は歩きっぱなしだ。
ただ、その歩みもある存在の影響で止まる時がきた。
「あ、あれは…村か…!?」
久々の植物や石以外の存在にプレイヤーは安堵から笑みがこぼれ、先刻まで石のように重たかった脚が多少は軽く感じた。
戦士が民家に一歩一歩と近づいていくと、家の横で畑仕事であろう作業をする十代後半と思われる少女の姿があった。
少女の動き方を見てプレイヤーは悟ってしまうのだった、この少女がNPCであることを。
同じ農作業を繰り返すNPCの姿にプレイヤーは落胆するが、とりあえずそのNPCに声をかけることにした。
「ここのお野菜はスクスク育ってるんですよ」
NPCの発した言葉には何の意味も価値も感じられず、プレイヤーは絶望と同時に怒りがフツフツと湧き上がってきた。
プレイヤーは怒りからか、コントローラーの決定ボタンを連打してNPCに何度も喋らせた。
「ここのお野菜はスクスク育ってるんですよ」
「ここのお野菜はスクスク育ってるんですよ」
「ここのお野菜はスクスク育ってるんですよ」
「ここのお野菜はスクスク育ってるんですよ」
十数回ぐらい決定ボタンを押した時だったか、NPCの表情は般若の如き表情に変わっていきある言葉を発した。
「うざってーな、そんなに話がしたいんなら1000パリー払いな!!!」
突如の怒号に対してプレイヤーは驚きと同時に、宝箱を見つけた時のような高揚感で心が満たされた。この隠しイベントと呼べる出来事は、何らかの伏線や有益な情報をもたらす事が多いからだ。
怒号の後に「払う」、「払わない」と表示された選択画面が出てきて、プレイヤーは迷わず払うを選択した。
「まぁお金くれるんなら話くらいするけど、どうせ話すならおじいちゃんにしてみれば? いつも昔話をしたがっているから」
このNPCの話を聞き終えた途端、プレイヤーは急いで話に出た祖父を探しに村を探索し始めた。
少女NPCは何事も無かったかのように、農作業を再開した。
プレイヤーが立ち去ってから数分くらい経った時だった、村一帯の地域を覆う程の黒く厚い雲が突如として発生した。
ゴロゴロと鳴り響く雷雲は、大粒の雨を降らしながら少女NPCの近くに雷を落とした。だが、その落雷に全く動じずに少女NPCは黙々と作業を続けた。
平凡なNPCはゲーム上の出来事に干渉することはなく、晴れていようが雨が降ろうが槍が降ろうがNPCには全く関係はない。
その少女NPCも然り、雨に濡れることはあっても少女NPCに雷が落ちることなど絶対に起こりはしない。そう思われたのだったがー。
「ズドーン!!!!!!!!!」
まさに直撃と言うべき落雷によって、少女NPCはバチバチと音を立てながら、受け身を取らずに顔面を打ちつけて倒れ込んだ。
一体どれほどの時間が経ったのだろうか、雷雲は全て消え去り快晴となった天気が少女NPCを照らしていた。
ジワッと何か感じたことのない感覚が、少女NPCの全身に広がっていった。その感覚が指先と足先まで駆け巡った時、少女NPCは瞼をバチッと開き体を起こした。
「わ、私は…誰…此処はなんなの…!?」
この時の動揺が、少女の感情が生まれた瞬間だった。