エピローグ
「おめでとう!」
「おめでとーう!」
舞蹴と珠里亜の結婚披露宴には多くの参列客が集まった。
珠里亜の銀行の同僚や上司も多いが、舞蹴の側の客も同じぐらいに多かった。
「ありがとう、皆さん」
「ありがとう、みんな」
二人が揃ってお礼の言葉を述べる。
長机にはバイキング形式でたくさんの料理が並べられている。その中には舞蹴が自分の店から持参したチャーシューや餃子もあり、ラーメンを自分で作れるコーナーもあった。
舞蹴はあれから母に頼み込み、自分のラーメン屋をオープンさせたのだった。どこで修行したこともないが、彼はラーメンに関しては独自の哲学があり、異世界では15歳の時に、ラーメンのない世界にラーメンを普及させた実績があった。日本でもその哲学は広く認められ、彼のラーメン屋『異世界ラーメン』は日本全国にチェーン展開をするに至っていたのである。
一躍有名人になった舞蹴は、迷うこともなく珠里亜を迎えに行った。
彼女はエマとふたり、寂しいアパートでずっと彼を待ち続けていた。
あの異世界で生命の危機を乗り越えた体験が、二人を固く結びつけていた。
「これから末永く、よろしくお願いいたします」
そう言って、珠里亜の父が手を差し出す。
「こちらこそねえ……。よろしくお願いしますねえ」
舞蹴の母親が、その手を握った。
「珠里亜さんみたいな素敵なひとをお嫁さんにできるなんてねえ……、うちの息子は幸せ者ですよ」
困ったように珠里亜の両親が顔を見合わせる。
「じつは私たち……、あの子に嫌われていたんですのよ」
珠里亜の母親が、告白した。
「自分を愛してくれないとか言って、電話をかけても出ない子だったんです。それが……」
父親が話を継いだ。
「舞蹴くんと付き合いはじめて、明るく素直になったんです。前は手のつけられないじゃじゃ馬だったのに……」
二人の親が、三人揃って壇上に座る新婚夫婦を見つめる。
「良い出会いが、新しい二人の人生を導いたんですね」
「じゃ、ここで舞蹴が歌いまーす!」
以前よりも明るくなった舞蹴が、マイクを持って立ち上がった。
「LUNA SEAの『ROSIER』、歌わせていただきまーす!」
彼が興したラーメンチェーンの関係者や友達が拍手をする。
ラーメン屋の常連客もなぜか数人来ていて、野次を飛ばした。
「新郎は歌わなくていいんだよっ!」
「一方的に祝われとけ、大将!」
エレクトーンが伴奏を始めた。
アップテンポの伴奏に乗って、舞蹴が歌い出す。
舞蹴の母が、うっとりとしながら呟いた。
「うちの子が……まるでマイケル・ジャクソンになったみたいですわ」
珠里亜の父親も、うっとりとなっていた。
「うちの娘もまるで若い頃のジュリア・ロバーツのようだ」
サビの部分で、舞蹴は『ROSIER』を『Julia』に替えて歌った。
隣に座る珠里亜がそれを聞いて、みぞおちにパンチを打ち込んだ。
「そういうの、聞いてるほうは一番引くんだよ! バーカ!」
そう突っ込みながら、花嫁は幸せそうに笑った。
咳き込みながらもなんとか最後まで歌いきると、舞蹴がマイクで喋った。
「新婦からいいツッコミ入りましたけど、頑張って歌いました。ありがとうございました!」
客席から笑い声が起きる。
舞蹴は続けて喋った。
「僕は彼女に会う直前、人生を諦めかけていました。彼女に会えたから、ここまで来れたんです。珠里亜さんには本当に、感謝しています」
パチパチと軽快な拍手が起こる。
「自暴自棄になり、死ぬ気で僕はあることを成し遂げようとしました。それは成功したのかもしれない。でも、成功したとしても、その先にはきっと何もなかった」
客席の者たちには意味がわからなかったが、珠里亜にだけはわかった。
彼女は銀行強盗を未遂に出来た彼の腕に優しく手を添えると、ゆっくりと撫でた。
「死ぬ気になればなんでも出来るなんて、僕は思いません」
舞蹴は真剣な表情で、言った。
「でも、この人とだったら一緒に死んでもいいと思える人がいれば、なんでも出来ます。間違いない!」
珠里亜が舞蹴を見つめた。
初めて出会った時にはオドオドしていたその大きな瞳は今、彼を見つめてキラキラと輝いていた。
珠里亜の隣で、特別に招待されていたパピヨン犬が、嬉しそうに甲高い声で、ワン! と鳴いた。
(おわり)
お読みいただき、ありがとうございましたm(_ _)m
じつは完結設定にするのを忘れていて、書く予定のなかったエピローグを急遽加えました。
蛇に足が生えたみたいになってないでしょうか(^o^;