41. とうちゃん
思ったより早く、4人が戻ってきたことに、英子は、
驚いていたけれど、みんなの顔が明るいのを見て、
彼女も笑顔になった。
「お話はうまくおさまったのね?じゃ、ちょっと早いけど、
お昼ご飯にしましょうか」
英子と佳也子で、ある程度、朝に用意はしていたので、
あとは運んで、卓上で、温めるだけだ。
お鍋を中心に、さまざまな惣菜が並ぶ。
「アレルギーとかは、大丈夫ですか?」
「はい、3人とも大丈夫です」京子が答える。
とはいえ、香奈は、まだ2歳になるところなので、
京子が気遣いながら、食べられるものを、選んで、
小皿にとって与えている。
佳也子は、思い出す。
想太も、あんな頃があった。大変だったよなあ・・・
今は、なんでも食べられるし、食べるのも上手になった。
口に入れるよりこぼす方が多かったり、時間がかかって、
スプーンを握りながら、ウトウトしていたこともあったっけ。
今、京子がどんなにハードな日々を送っているか、
佳也子には、わかる。
そんなところに、突然、5歳の男の子を引き取るって
言われたら、気が重い、なんてものじゃない。
彼女は、子ども用の小さな椅子に座った香奈に、
幼児用のスプーンを握らせて、ときに手伝いながら、
食べさせている。
椅子もスプーンも、今より小さかった頃の想太が
使っていたものだ。
想太は、香奈の様子に興味津々だ。
今まで、この家の中では、自分が、赤ちゃんだったのが、
今日は、自分より小さな子どもがいる。そのことが、
不思議で、少し嬉しいらしい。
いつもより、お箸を持つ手がしっかりしている。
「想ちゃん、お箸、上手になったね」
隣に座る圭が言うと、
「うん。おまめ、はさめるで」
「ほほう。すごいね。修行したんだね」
「うん。した」
自信たっぷりの様子で、にっこりする。
想太の向かいに座る、水原氏が、にっこりとして、
「想太くんの好きな食べ物は、なに?」ときいた。
「ぷりん!」
「そうか。プリンか。美味しいよね」
「うん。だいすき。かたいのがいいの」
これは、いつも英子がそう言うので、
多分に影響されているかもしれない。
「想太くん、抱っこ、してもいいかな?」
水原氏が、両手を広げる。
「いいよ」
想太が立って、とことこと、水原氏のところに行く。
水原氏が、優しく想太を抱く。
想太が、ニコッと笑って、ぎゅっと言いながら、
水原氏を抱きしめる。
そして、へへ、と照れくさそうに笑うと、圭のところに
戻ってきて、その膝にもたれかかる。
水原氏の目にみるみるうちに涙が浮かび、その一滴が
ぽとりと落ちた。
そのときだ。
「ぱ~ぱ。だっこ」
水原氏の隣に座っていた香奈ちゃんが、そう言って、両手を
水原氏に差し出した。
「お。か、香奈が」
うろたえた水原氏は、泣き笑いをしながら、言った。
「パパって。抱っこって言いましたね」
京子がほほ笑みながら言う。
「初めてだ・・・、香奈に抱っこ、て言われたの・・・」
「よかったわね」
水原氏は、香奈ちゃんをそっと抱きしめる。
「よかったですね」佳也子が言った。
「初めての、ぱぱ、ですか。」圭も言う。
「よかったね」
佳也子や圭が言うのを見て、想太も嬉しそうに言う。
そんな想太を、膝の上に抱き上げて、圭が言った。
「ねえ、想ちゃん。俺も、言われたいな。想ちゃんに」
「?」
想太が首をひねる。
「想ちゃん、俺、想ちゃんのお父さんになりたいんだ。
想ちゃんは、俺の息子になってくれる?」
圭が、想太をのぞき込む。
みるみるうちに、想太の顔に大きな笑顔が広がる。
「いいよ!なる!圭くん!」
圭の首にかじりつくように、想太がぎゅう、と抱きつく。
「やったあ!」
圭が、思いきり顔をほころばせて、想太を抱きしめ返す。
ぎゅうぎゅう、と言いながら、2人とも頬ずりしあっている。
「とうちゃん!だいすき!」
「え?とうちゃん?」一瞬、おどろいた圭が、聞き返す。
「ん。かあちゃんはかあちゃん。だから、圭くんはとうちゃん」
相変わらず、佳也ちゃんと母ちゃんを言い分けるのが
へたな想太だけど。
「とうちゃん~」圭の首筋に両腕をまきつけて、
ほっぺたを、圭の胸におしつける。
「とうちゃんか・・・それも、新鮮でいいな」
圭が笑う。
「アイドルだけど・・・」
京子が、小さくつぶやいて笑った。
英子も佳也子も、水原氏も笑った。
「とうちゃん~」
「想ちゃん~」
2人は、嬉しそうにぎゅうぎゅうし合っている。




