37. 『味方』
『ファンは、味方』
雑誌のページの中から、その言葉が、目に飛び込んできた。
古本屋さんで、何気なく手に取った雑誌の表紙で、
HSTのメンバーがキラキラした目で、こちらを向いている。
今より数年前の雑誌だ。
インタビューに対して、メンバーの一人ひとりが答えている。
『あなたにとって、ファンとは、どんな存在か?』
宝物。
心の支え。
元気をくれる存在。
温かい存在。
家族のようなもの。
いろいろな言葉がある。
どの言葉もそれぞれに、ファンへの愛情を感じさせる。
圭が口にしたのは、
『味方』
という言葉だ。
宝物でもなく、家族でもなく、『味方』。
なんとなく、その言葉に、圭が、自分とファンとのつながり
に対する信頼感のようなものを感じている気がした。
いや、それを期待する言葉なのかもしれないが。
『味方』と言われて思い浮かぶのは、『敵』という言葉。
その頃、きっと、彼は、日々、闘いの中にいたのだろう。
何が、彼の『敵』だったのかは、わからないけれど。
もしかしたら、それほど深く考えずに言った言葉だった
かもしれない。
けれど、彼の口から出た、『味方』という言葉は、
なんだか、佳也子の心に、深く入り込んできた。
自分が、そばにいくことで、彼は、その心強い『味方』を
失くしてしまうのではないか。
今、自分たちは、いや、自分は、ものすごく、我儘なことを
しようとしてるのではないか。
佳也子の心が、揺れる。
一緒に前に進もうと、動き始めたところだけれど、
これでいいのか?
一日に何度も、自分に問いかけてしまう。
つい先日も、ミュージシャンであり、俳優でもある男性が,
結婚を発表して、ファンは大騒ぎになっていた。
みんな嘆き悲しんで肩を落とし、とても祝福するという
雰囲気ではなかった。
相手の女優さんは、ネットでも、さんざんたたかれていて、
それを目にするたびに、佳也子の胸は痛んだ。
「ごめんな。よけいなこと、いろいろ考えさせて」
そのニュースが流れたとき、圭は言った。
「佳也ちゃんのやりたいことを我慢しないでね。
大好きな書店の仕事を辞めて、大阪を離れるだけでも
大変なのに。俺のせいで、いろいろやりにくい思いさせて、
ほんとに、ごめんな」
「ううん。本に関わる仕事がやれるなら、場所はどこでも、
がんばれるから。大丈夫」
「想ちゃんは、あともう一年保育園だよね」
「うん。それが、うまく見つかるかどうか」
「そうだな・・・俺も、調べてみる。それに、住むところも
考えないとね。小学校もどうするか・・・」
英子が一緒に関東に戻る話を伝えたとき、圭は、
「それは、心強いな。よかった」
と、ホッとしていた。
仕事の合間を縫って、圭は、こまめに連絡をくれる。
でも、今また、新しい仕事が入ったらしく、なかなか
こちらには、来ることができないでいる。
新しい仕事の一つは、全国あちこちにある、古今東西の、
ユニークな建築物を訪ねて、建てられた当時の背景や
建設時の裏話などを、著名な建築家とともに調査する、
という番組だ。
彼が大学で学んだことが活かせるテーマでもあり、
彼自身、とても力が入っているのがわかる。
あらためて、本も読んだりして、かなり勉強しているようだ。
もう一つは、『弟子入り修行日記』という、タイトルは少し
可愛らしいけれど、圭が、これまた全国あちこちに出向き、
様々な道の達人に数日弟子入りし、その仕事を体験しつつ、
インタビューを行い、その達人の仕事と人となりを伝える、
という番組だ。どちらも、月1回の放送だけど、撮影にも、
勉強にも時間がかかるので、かなりハードそうだ。
その上、新しいドラマへの出演も、決まりそうだと聞いた。
年明けからは、HSTの5大ドームツアーも予定されている。
こんなスケジュールでは、どこにも、余裕などないのは、
佳也子でもわかる。
ほんとは、会って相談したいことも、なるべく我慢する。
ただ声を聞きたい、そう思うことがあっても、できるだけ
我慢してしまう。
自分を心の支えだと言ってくれた圭の、
大切な『味方』を奪ってしまうのではないか。
佳也子一人が傷つくだけではなく、
圭が負う傷を思うと、
ほんとに、これでいいのか・・・。
佳也子の迷いは、ますます深まる。
そんなとき、夜遅くに、電話がかかってきた。
発信者の名前を見て、佳也子は驚いた。
亡くなった姉の元夫、想太の父親の名前だ。
「久しぶりです。お元気ですか」
「はい。元気です」
「少し、会ってお話ししたいことがありまして。
近いうちに、お時間をいただけないでしょうか」
かたい声だった。
明後日、仕事のあとで、会う約束をしたものの、
黒い雲が広がるように、佳也子の心は不安で
一杯になる。
重い気持ちで、佳也子は手帳に、予定を書き込む。




