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いつかきっと  作者: 原田楓香
33/53

33. あと一歩

 

圭のドラマが、最終回を迎えた。

最終回は、10分延長のスペシャルバージョンだ。

事件は、二転三転し、ハラハラのし通しだ。

でも、その合間に、圭の演じるピアニスト、花村礼と助手が、

楽しい掛け合いで笑わせてくれる。

絶妙な展開だ。

ドラマの最後の演奏会シーンでは、視聴者のリクエスト曲の中から、

ゲスト出演者とストーリーに合わせた曲を、演奏会場でのリクエスト、

という設定で、毎回1曲演奏しているが、

最終回は、どの曲が演奏されるのか。

様々な予想が飛び交って、注目を集めていた。


英子も、珍しく、リクエストをしたらしい。

テレビに向かって、手を合わせている。

待望の演奏会シーンで、いつものようにアンコールで、礼が

会場からのリクエストを受ける。

会場の後ろの方に、座っていた男性が、指名されて曲名を言う。

「坂本九さんの『心の瞳』をお願いします」


礼がニコッと笑って、手を挙げる。

会場に、わあっという歓声が広がる。

年齢を問わず、この曲が好きだと言う人は多い。

坂本九さんが活躍していた当時を知らない世代も、合唱曲として、

馴染んでいるからだ。

佳也子も、学生時代、合唱コンクールで歌った記憶がある。


礼がピアノに向かい、唇の両端をあげ、優しく滲むようにほほ笑む。

そして、言う。

「この曲、僕も好きなんで、一緒に歌ってもいいですか?」

会場中に、歓声と拍手が沸き起こる。

美しい前奏が流れ、会場に温かい歌声が広がる。

歌詞を知らない人も、歌詞に耳を傾け、ハミングで、メロディを追う。

礼の、高めの甘い歌声が、客席の歌声と溶け合う。

その温かな歌詞とメロディーが、心に響く。

テレビで見ている佳也子たちも、思わず、一緒に歌ってしまう。

ふと見ると、歌いながら、英子が涙を流している。

画面に映る、会場の人たちも、涙を流しながら、歌っている。

悲しい涙ではなく、幸せで心強い温かい涙だ。

 

歌い終えて、礼のピアノの最後の音が、会場の空気の中に

静かに溶け込んだ瞬間、大きな拍手と歓声が、会場に溢れた。

礼の頬にも、きらめく光がひと筋、伝うのが見える。

熱のこもった温かな拍手は、いつまでも鳴りやまず・・・。

礼は、柔らかな笑顔で、何度も、客席に頭を下げる。


素晴らしい演奏会を終えて、最後は、いつも通り、助手と2人で、

駅に向かうシーンだ。

そこに駆け寄る、今回のヒロイン。

大きな紙袋を礼たちに手渡す。

列車の中で、食べてください、と言う。

地元の町おこしで、これから名物にすることに決まったと言う。

列車に乗り込んだ二人が、紙袋から取り出したのは、

めちゃくちゃボリュームのある、ハンバーガー。

目を丸くした礼が言う。

「これ、めちゃくちゃ分厚いんだけど、どうやって食べたらいいの?」

「そら、そこは、潔く、大口開けてかぶりつくんですよ」と助手。

「え~、入るかなあ。アゴはずれたりしない?」

めちゃくちゃ美味しそうなハンバーガーだ。

ハンバーグのパテ、野菜やベーコン、チーズ、目玉焼きまで挟まっている。

確かに、これは食べるの大変そう・・・。そう思ったとき、

礼がびっくりするほど大きな口を開けて、嬉しそうにかぶりつく。

案の定、口の周りに、はみ出したソースをつけて、

「うっま~」と特上の笑顔だ。

ほっぺたが、リスのようにふくらんでいる。

可愛い。

助手が、「ああ、もう、ソースついてますよ。世話やける人やなあ」

ぼやくように言いながら、礼の口元のソースを、ティッシュで、

拭いてやっている。


(こんなシーン前にもあったな)

佳也子は、ちょっと懐かしく思い出す。

バラエティー番組で、フルーツたっぷりのロールケーキをほおばる圭。

その口元についたクリームを、紙ナプキンで拭っていたのも、

そういえば、この人だった。


画面の中で、安心した表情で、顔を差し出している礼の笑顔は、

そのまま、圭の笑顔と同じだ。

食べ終わった二人は、窓の向こうの景色を眺めながら、

「先生、今度は、どこ行きます?」

「う~ん。美味しいものが食べれるとこなら、どこでもいいよ~」

「そうですね~。どこがええかなあ・・・」

「おまけに、ピアノの弾けるとこ~」

「おまけなんかい!」

顔を見合わせて笑う2人の姿で、ドラマは終わった。


見終わった瞬間に、佳也子は思った。

圭くんは、愛されている。

出演者たちの間に流れる温かい空気が、伝わってくる。

忙しくて大変だと言いながらも、楽しいと言っていた圭。

現場の雰囲気もとってもいいんだよ、と。


見ていて幸せな気持ちになる、そんなドラマだった。

演奏会シーンでは、気持ちよく涙を流せて、心の浄化作用と

ドライアイ対策にもなる、なんて冗談もよく耳にした。

早くも、シリーズ化が期待されている、という話もある。

ドラマだけでなく、圭自身の人気も高まっていて、

HSTの歌の動画も、圭のシーンが、以前より増えているのは、

たぶん気のせいじゃないと思う。



(俺も、長いこと、このグループの補欠みたいなもんだったから。

補欠でも、いつ、どこでどんな風に、出番が来るかわからないから。

いつでも、力を発揮できるように用意しとかないとね)

前に、MCを務めるラジオ番組の中で、リスナーの相談に、

圭はそう答えていた。

そうやって、さらっと笑って言えるようになるまで、

彼が乗り越えてきた心の葛藤を思う。

今、こんなに素敵な笑顔で、自分を輝かせている。

圭のかっこいいのは、見た目だけじゃない。

強い人なのだ。

見るからに、強そうな、というのではない。

むしろ、見た目は、優しくて可愛くて甘くて、決して強そうではない。

でも、彼の中身は、深くて強い。


『最終回見ました。歌声もピアノも素晴らしかったし。

ドラマ全体も、最高によかったよ!心の瞳、一緒に歌ったよ。

英子さんも歌いながら、泣いてた。ほんとに素敵なドラマでした。

見ていると幸せな気分になるドラマでした。ありがとう、圭くん』


見終わってすぐに、感動を書き送ったメールには、

返信はまだ来ない。

ドラマを最後まで一緒に見て、すっかり眠くなった想太と、

佳也子は部屋に戻る。

2人とも、お風呂もすんでいるので、あとは寝るだけだ。

今日は、ドラマの余韻のままに、さっさと寝てしまおうか。

そう思いつつも、気がつくと、録画したそのドラマを、最初から

再生してしまう。想太も、眠い目をこすりながら、

「圭くん、みる」といって、

リビングのソファに座る。


笑う圭、少しふくれっ面の圭、

真剣に相手に語りかける圭、

優しくほほ笑む圭。

こうして何度でも、テレビ画面で再生して、しかも、こんなにアップで、

その姿を見られるのは、考えようによったら、幸せなことなのか。

佳也子には、だんだん、わからなくなってくる。

ただ、自分の中の圭への気持ちが、前よりずっと大きくなっている、

そのことだけは確かだ。


自分の心の弱さをなげいている場合じゃない。

圭を見ていると、あと一歩、自分も強くなれそうな気がしてくる。

なりたいと思う。

ならないといけないと思う。

そして、彼を堂々と惹きつけられる人になりたい。


(圭くん、大好きだよ)

大好きだから。

だから、強くなりたい。



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