26. ええよねえ~
「うわっ!」
思わず、声が出た。
佳也子が、いつものように、入荷した雑誌の袋を開けて、
付録をセットしようとしたときのことだ。
1冊の女性向け雑誌の表紙に、どーんと、圭の顔があったからだ。
しかも、こちらを向いたカメラ目線ではなく、ピアノに目を落として、
唇の両端を少しあげて、滲むように優しくほほ笑んでいる。
例のドラマで話題になっている表情だ。
今にも、音楽が聞こえてきそうな雰囲気で、思わず目が釘付けになる。
通常、女性誌の表紙を飾るタレントの顔は、正面を向いて、
カメラ目線でほほ笑むか、色っぽい表情で横たわっている写真でも、
ちゃんと目線は、こちらを向いている。
それなのに、この表紙の圭は、カメラ目線ではなく、
ただ幸せそうなほほ笑みを浮かべて、ピアノに向かっている。
(買う!)
佳也子は、一瞬にして心に決める。
表紙にこの写真を使うことを決めた人が誰だか知らないけど、
大英断だと思う。
カメラ目線でない分、よけいに、写真の彼に、引き寄せられてしまう。
これ、やばいかもしれん。
この表紙だと、普段この雑誌を買わない人まで、
買ってしまうおそれ(?)がある。
いや、それ自体は、悪いことではないけれど。
通常、よほどのことがない限り、この雑誌が、初日で売り切れる
ことは、まずない。
でも、これは、毎月買ってる人でなくても、通りすがりの人でも、
“うっかり”買ってしまいかねない。
この、“うっかり”、というのが、キケンなのだ。
うっかりに歯止めはきかない。
あかん。これ、売り切れるかもしれん・・・
それほど魅力のある表紙になっている。
一緒に、付録のセット作業と品出しをしていた店長夫妻に、
「すみません、お隣さんに取り置き頼まれてるので、
1冊取り置いていいですか?」と、念のため声をかけておく。
「いいよ~。・・・あら、その表紙!めっちゃええやん。あのドラマの
ピアノのシーンみたいやん。わあ・・・、あかん、これ私も欲しい。
私も取り置きしとこう」
店長の奥さんのエミも、圭の、あのドラマにハマっているらしい。
毎週、録画して、演奏会シーンは、何回も見直すのだという。
麻友も同じようなことを言っていた。
『あの、ピアノのシーンが、めっちゃええよねぇ。
私は大ちゃんファンやけど、あのドラマでは、圭くんサイコーって
なるよね。』
エミと佳也子の取り置き分に付録をさっと挟んで、カウンター内の
棚に置く。
引き続き、付録つけの作業と品出し作業に邁進していると、
電話が鳴った。なんとなく、予感がする。
電話に出た店長が、
「はい。はい。・・・ええ、入荷してますよ~」と朗らかに答えている。
そして、
「はい、じゃあ、カウンターで、1冊お取り置きしておきます。
はい、お昼頃にとりにこられるということで。また、おいでになったら、
カウンターに声かけてくださいね~」
とても愛想よく答えている。
電話を切った店長が、
「さっきの雑誌、お取り置き1つ追加です」と言った。
(ああ・・・やっぱり)
開店前に、早くも、カウンターの内側の棚に、3冊が並ぶ。
さっき、取り置いた1冊は、英子の分のつもりだから、
自分の分も、ほんとは、取り置きたい。
でも、さすがに、それは言えない。
店としては、売れてくれる方がありがたいけど、佳也子的には、
(どうか、1冊でいいので、売れ残りますように・・・)
と願ってしまう。
案の定、開店するなり、常連さんの女性が来て、
「これこれ。よかった~。売れ切れたらあかんから、早く来てん」
と言いながら、1冊購入して、嬉しそうに、胸に抱くようにして
帰って行った。
そのあと、小さな赤ちゃん連れの若い女性が、また1冊。
そして、今日シフトの入っていない麻友が、1冊。
「この表紙は、“買い”、でしょう」
「大ちゃんのファンでも?」
「うん。それに、中の記事で、大ちゃんの出演シーンのことも
出てくるねん」
「そ、そうなんや」
「佳也ちゃんも、取り置きしたらええやん」
「いや、私、お隣さんの分、1冊取り置いてるから、さすがに、
もう1冊って言いにくい」
「そっかあ・・・そやなあ。売れ残ることを願っとこう」
麻友も、嬉しそうに帰っていく。
そのあとも、ぱたぱたと売れていく。
(ああ・・・どうかお願い。このへんで、ストップしますように)
佳也子は、心の中で、手を合わせる。
今まで、これほど本気で、『売れないで』と願ったことなど、
なかった気がする。
午前中に、入荷した分の半数以上が売れてしまった。
朝イチの電話で、取り置きしておいたひとは、お昼に取りに来て、
さらに、佳也子を不安にさせるようなことを言う。
「私の友達も、あちこちのお店に、電話したら、売り切れたって
言われたらしいから、もうすぐ、ここに買いに来やると思うわ。
私、ここのお店には、まだ、ちょっと残ってるでって、いまさっき、
教えといてあげたから」
(いやいや、いらんこと教えんでいいってば・・・)
佳也子の思いをよそに、その女性は、
「この表情がええよねえ~。毎週、リアルタイムで見て、録画して
何回も見てるねん。めちゃくちゃええよねえ~。今まで、
あまり知らんかってんけど、こんなにきれいな可愛い
かっこいい子がおったんやぁって、すっかりファンになってしもて、
とうとうこの子のグループのHSTのCDまで、買うてしもてん」
「めっちゃ、いい表情ですよねえ。ピアノのシーンもすごく
いいですもんねえ」
さっきは、いらんことするなよと、一瞬思ってしまったけど、
この人が、笑顔全開で、圭のことを語るのを見ていると、
佳也子まで嬉しくなってきて、2人で力いっぱい、
盛り上がってしまう。
彼女が、帰っていく姿を見送るころには、佳也子の気持ちも、
ふしぎに穏やかになっていた。
(そやな。売り切れたら、また注文出せばええんやから。
心の狭いこと言わんとこ)
何より、圭が、いろんな人から、
ええよねえ~と笑顔いっぱいで、語られていること。
そのことを喜ぼう。
(良かったね。圭くん)
午後の早いうちに、残っていた分のほとんどが売れた。
あとは、わずかに2冊。
もし、これが売り切れてしまったら、カウンター内に取り置いた分も、
放出せざるを得ないかもしれない。
ただ、佳也子の分ではなく、お隣さんの分、と言っているので、
お客様分として、確保できるとは思う。
午後に買った人の中には、常連の、今まで、ただの一度も、
女性誌を買ったことのない、おじいちゃんもいた。
「この子の出てるドラマ、うちの奥さんが、毎週見とってなあ。
わしも一緒に見ろ見ろ言われて、始め、しぶしぶ見たら、これが、
よかってねえ~。そこから毎週一緒に見てるんですわ。
お嬢ちゃんも見てるの?」
この人は、佳也子のことをいつも、お嬢ちゃん、と呼ぶ。
「あ、はい。見てます。ピアノのシーンとか、グルメのシーンとか、
見どころいっぱいですよね」
「そやそや。それが、うちの奥さんは、ピアノに向かう瞬間の、
この笑顔がめちゃくちゃ好きや言うて、このシーンばかり
必死で見てるねん。せやから、この雑誌の表紙見たら、
そら喜ぶやろと思って」
「素敵ですねえ。奥さん、きっと喜ばはりますよ」
嬉しそうに買って行く人を見ると、単純に佳也子も嬉しい。
店長が、追加発注をかけたけど、どうやら、現時点では、
在庫切れになっているらしい。
次はいつ入るかは未定だけれど、この売れ行きだと、
すぐに増刷されるだろう、という話だ。
夕方、もう少しで佳也子のシフトが終わるころ、
駆け込んできた常連の高校生が、
「これこれ!よかった~あった~」と1冊をカウンターに
持って来た。
「油断してた~。昨日やったら、まだ注文できたのに。
もう今は、ネットでも品切れになってるし」
佳也子は、再びちょっと不安になる。
あとで、ネットで注文できるか見ようと、思っていたから。
「え、そうなんですか。ネットでも品切れ・・・」
「これ、表紙良過ぎ!うちの友達も、ファンちゃうけど、
表紙見た瞬間に、めっちゃいい!って、うっかり買うてしもた、
て言うてたもん。それで、私もあわてて買いに来てん」
やはり、“うっかり”恐るべし!。
そして、残る1冊は、佳也子の目の前で、仕事帰りのおじさまが、
週刊紙と一緒にあっさり買って行ってしまった。
佳也子は、英子へのおみやげ用の1冊を手にして、家路をたどる。
きっと、英子はとても喜んでくれるだろう。
圭にも、メールか電話で、教えてあげよう。
今日一日、佳也子がどれほどハラハラしたか。
そして、どれほどたくさんの人が、圭の載った雑誌を、
嬉しそうに買って行ったか。
そして、圭のドラマを、圭の笑顔を、
どれほどたくさんの人が好きだと言っていたか。
圭が、ほんとにたくさんの人を、笑顔にしていること。
いっぱい、いっぱい伝えてあげたい。
でも、一番伝えたいのは、
(今日も、圭くんの笑顔を思い浮かべて、
私もがんばったよ。
圭くんの笑顔を支えに、がんばったよ。
今日も一日、ありがとう)




