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いつかきっと  作者: 原田楓香
26/53

26. ええよねえ~


 「うわっ!」

思わず、声が出た。


佳也子が、いつものように、入荷した雑誌の袋を開けて、

付録をセットしようとしたときのことだ。

1冊の女性向け雑誌の表紙に、どーんと、圭の顔があったからだ。

しかも、こちらを向いたカメラ目線ではなく、ピアノに目を落として、

唇の両端を少しあげて、滲むように優しくほほ笑んでいる。

例のドラマで話題になっている表情だ。

今にも、音楽が聞こえてきそうな雰囲気で、思わず目が釘付けになる。


通常、女性誌の表紙を飾るタレントの顔は、正面を向いて、

カメラ目線でほほ笑むか、色っぽい表情で横たわっている写真でも、

ちゃんと目線は、こちらを向いている。

それなのに、この表紙の圭は、カメラ目線ではなく、

ただ幸せそうなほほ笑みを浮かべて、ピアノに向かっている。

(買う!)

佳也子は、一瞬にして心に決める。

表紙にこの写真を使うことを決めた人が誰だか知らないけど、

大英断だと思う。

カメラ目線でない分、よけいに、写真の彼に、引き寄せられてしまう。

これ、やばいかもしれん。

この表紙だと、普段この雑誌を買わない人まで、

買ってしまうおそれ(?)がある。

いや、それ自体は、悪いことではないけれど。

通常、よほどのことがない限り、この雑誌が、初日で売り切れる

ことは、まずない。

でも、これは、毎月買ってる人でなくても、通りすがりの人でも、

“うっかり”買ってしまいかねない。

この、“うっかり”、というのが、キケンなのだ。

うっかりに歯止めはきかない。


あかん。これ、売り切れるかもしれん・・・

それほど魅力のある表紙になっている。


一緒に、付録のセット作業と品出しをしていた店長夫妻に、

「すみません、お隣さんに取り置き頼まれてるので、

1冊取り置いていいですか?」と、念のため声をかけておく。

「いいよ~。・・・あら、その表紙!めっちゃええやん。あのドラマの

ピアノのシーンみたいやん。わあ・・・、あかん、これ私も欲しい。

私も取り置きしとこう」


店長の奥さんのエミも、圭の、あのドラマにハマっているらしい。

毎週、録画して、演奏会シーンは、何回も見直すのだという。

麻友も同じようなことを言っていた。

『あの、ピアノのシーンが、めっちゃええよねぇ。

私は大ちゃんファンやけど、あのドラマでは、圭くんサイコーって

なるよね。』

エミと佳也子の取り置き分に付録をさっと挟んで、カウンター内の

棚に置く。


引き続き、付録つけの作業と品出し作業に邁進していると、

電話が鳴った。なんとなく、予感がする。

電話に出た店長が、

「はい。はい。・・・ええ、入荷してますよ~」と朗らかに答えている。

そして、

「はい、じゃあ、カウンターで、1冊お取り置きしておきます。

はい、お昼頃にとりにこられるということで。また、おいでになったら、

カウンターに声かけてくださいね~」

とても愛想よく答えている。

電話を切った店長が、

「さっきの雑誌、お取り置き1つ追加です」と言った。

(ああ・・・やっぱり)

開店前に、早くも、カウンターの内側の棚に、3冊が並ぶ。


さっき、取り置いた1冊は、英子の分のつもりだから、

自分の分も、ほんとは、取り置きたい。

でも、さすがに、それは言えない。

店としては、売れてくれる方がありがたいけど、佳也子的には、

(どうか、1冊でいいので、売れ残りますように・・・)

と願ってしまう。


案の定、開店するなり、常連さんの女性が来て、

「これこれ。よかった~。売れ切れたらあかんから、早く来てん」

と言いながら、1冊購入して、嬉しそうに、胸に抱くようにして

帰って行った。

そのあと、小さな赤ちゃん連れの若い女性が、また1冊。

そして、今日シフトの入っていない麻友が、1冊。

「この表紙は、“買い”、でしょう」

「大ちゃんのファンでも?」

「うん。それに、中の記事で、大ちゃんの出演シーンのことも

出てくるねん」

「そ、そうなんや」

「佳也ちゃんも、取り置きしたらええやん」

「いや、私、お隣さんの分、1冊取り置いてるから、さすがに、

もう1冊って言いにくい」

「そっかあ・・・そやなあ。売れ残ることを願っとこう」

麻友も、嬉しそうに帰っていく。


そのあとも、ぱたぱたと売れていく。

(ああ・・・どうかお願い。このへんで、ストップしますように)

佳也子は、心の中で、手を合わせる。


今まで、これほど本気で、『売れないで』と願ったことなど、

なかった気がする。


午前中に、入荷した分の半数以上が売れてしまった。

朝イチの電話で、取り置きしておいたひとは、お昼に取りに来て、

さらに、佳也子を不安にさせるようなことを言う。

「私の友達も、あちこちのお店に、電話したら、売り切れたって

言われたらしいから、もうすぐ、ここに買いに来やると思うわ。

私、ここのお店には、まだ、ちょっと残ってるでって、いまさっき、

教えといてあげたから」

(いやいや、いらんこと教えんでいいってば・・・)

佳也子の思いをよそに、その女性は、

「この表情がええよねえ~。毎週、リアルタイムで見て、録画して

何回も見てるねん。めちゃくちゃええよねえ~。今まで、

あまり知らんかってんけど、こんなにきれいな可愛い

かっこいい子がおったんやぁって、すっかりファンになってしもて、

とうとうこの子のグループのHSTのCDまで、買うてしもてん」

「めっちゃ、いい表情ですよねえ。ピアノのシーンもすごく

いいですもんねえ」

さっきは、いらんことするなよと、一瞬思ってしまったけど、

この人が、笑顔全開で、圭のことを語るのを見ていると、

佳也子まで嬉しくなってきて、2人で力いっぱい、

盛り上がってしまう。

彼女が、帰っていく姿を見送るころには、佳也子の気持ちも、

ふしぎに穏やかになっていた。

(そやな。売り切れたら、また注文出せばええんやから。

心の狭いこと言わんとこ)


何より、圭が、いろんな人から、

ええよねえ~と笑顔いっぱいで、語られていること。

そのことを喜ぼう。

(良かったね。圭くん)


午後の早いうちに、残っていた分のほとんどが売れた。

あとは、わずかに2冊。

もし、これが売り切れてしまったら、カウンター内に取り置いた分も、

放出せざるを得ないかもしれない。

ただ、佳也子の分ではなく、お隣さんの分、と言っているので、

お客様分として、確保できるとは思う。


午後に買った人の中には、常連の、今まで、ただの一度も、

女性誌を買ったことのない、おじいちゃんもいた。

「この子の出てるドラマ、うちの奥さんが、毎週見とってなあ。

わしも一緒に見ろ見ろ言われて、始め、しぶしぶ見たら、これが、

よかってねえ~。そこから毎週一緒に見てるんですわ。

お嬢ちゃんも見てるの?」

この人は、佳也子のことをいつも、お嬢ちゃん、と呼ぶ。

「あ、はい。見てます。ピアノのシーンとか、グルメのシーンとか、

見どころいっぱいですよね」

「そやそや。それが、うちの奥さんは、ピアノに向かう瞬間の、

この笑顔がめちゃくちゃ好きや言うて、このシーンばかり

必死で見てるねん。せやから、この雑誌の表紙見たら、

そら喜ぶやろと思って」

「素敵ですねえ。奥さん、きっと喜ばはりますよ」

嬉しそうに買って行く人を見ると、単純に佳也子も嬉しい。

店長が、追加発注をかけたけど、どうやら、現時点では、

在庫切れになっているらしい。

次はいつ入るかは未定だけれど、この売れ行きだと、

すぐに増刷されるだろう、という話だ。


夕方、もう少しで佳也子のシフトが終わるころ、

駆け込んできた常連の高校生が、

「これこれ!よかった~あった~」と1冊をカウンターに

持って来た。

「油断してた~。昨日やったら、まだ注文できたのに。

もう今は、ネットでも品切れになってるし」

佳也子は、再びちょっと不安になる。

あとで、ネットで注文できるか見ようと、思っていたから。

「え、そうなんですか。ネットでも品切れ・・・」

「これ、表紙良過ぎ!うちの友達も、ファンちゃうけど、

表紙見た瞬間に、めっちゃいい!って、うっかり買うてしもた、

て言うてたもん。それで、私もあわてて買いに来てん」


やはり、“うっかり”恐るべし!。


そして、残る1冊は、佳也子の目の前で、仕事帰りのおじさまが、

週刊紙と一緒にあっさり買って行ってしまった。


佳也子は、英子へのおみやげ用の1冊を手にして、家路をたどる。

きっと、英子はとても喜んでくれるだろう。


圭にも、メールか電話で、教えてあげよう。

今日一日、佳也子がどれほどハラハラしたか。

そして、どれほどたくさんの人が、圭の載った雑誌を、

嬉しそうに買って行ったか。

そして、圭のドラマを、圭の笑顔を、

どれほどたくさんの人が好きだと言っていたか。

圭が、ほんとにたくさんの人を、笑顔にしていること。

いっぱい、いっぱい伝えてあげたい。


でも、一番伝えたいのは、

(今日も、圭くんの笑顔を思い浮かべて、

私もがんばったよ。

圭くんの笑顔を支えに、がんばったよ。

今日も一日、ありがとう)



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