17. それぞれの場所で
ライブの翌日、仕事も休みだったので、佳也子は、
朝から、英子の家で、英子と想太に、再現できる限り、
その熱気と興奮を伝えるべく、奮闘した。
うちわと、メンバーカラーのタオルは、ふたりから
大喜びされた。
HST2022LIVEという文字と、圭の名前が白抜き文字で
入っている。
2人も、昨日、佳也子が出かけたあと、昨年のライブの
DVDを見ていたらしい。
圭くんのダンスの指先まで美しいことや、しなやかな
身のこなしかたや、きれいなターン、
3人で、夢中で語り合って、話が尽きない。
「ピアノは?どうだった?うまく弾けてた?」
英子がきく。
「ばっちりですよ!」
メンバーの人にも、会場の観客からも、すっごく
上手くなったと大評判で、アンコールもされてたと
話すと、英子が、ほっとした顔をして、笑った。
「実はね、この前電話してきたとき、やらなくちゃ
ならないことが多すぎて、練習時間足りなくて、
ちゃんとできるか不安だって、珍しく、ちょっと弱気に
なってたのよね」
「そうだったんですか。全然そんな様子なくて、
余裕の笑顔でみごとに弾きこなしてましたよ」
佳也子は、楽しくてたまらないという表情で、鍵盤に
向かっていた圭を思い出す。
「そう、よかったわ。無事乗り切れたのね」
電話で、英子は、圭に言ったのだそうだ。
「焦っているときは、いろんなことを見落としがち
だからね。落ち着いて、今やらなくちゃいけないことを、
整理しなおしてみたらどうかな。そしたら、練習時間を
少しでも確保することも可能になるかもしれない。
それとね、言霊っていうでしょ。
やる前に、できないかも、なんて言わないで。
『~しませんように』って祈るのじゃなくて、
『きっと~します』って宣言するの。
大丈夫、君は、聴いてくれる人たちを、楽しませて
幸せな気分にできる」
圭は、「ありがとう」
そう言って、電話を切ったらしい。
佳也子は、ふと気になって、きく。
「英子さん、圭くんは、英子さんの教え子
やったんですよね。
圭くんって、どんな中学生やったんですか」
「そうねえ。本人から聞いてもらう方がいい
と思うから、少しだけね。
ちょっと完璧主義なところもあって。
あまり友達づきあいもしないほうだったな。
人を寄せつけないとか、そんなんじゃないけど。
ひとに弱みを見せない、ほんとは弱ってても、
なんでもない顔して、静かに笑ってる、
そんな子でね。
たぶん、今もそんなに変わってないと思うけど」
「たしかにそうかも」
前に、汗みどろのどろどろの努力は、人には
見せたくない、そう言っていたことを
思いだす。
「あの子、自分一人でも生きていける生活力を
身につけたいって、中学生の頃、今の事務所に
入ったの」
英子が続ける。
「デビューに至るまでもいろいろあったけど、
デビューしてからも、なかなか大変でね。
初めて出演した歌番組では、グループの人数も
多かったから、カメラの角度によっては、あの子の
姿が全く映らなくてね。
テレビ出るよ、って教えてもらって、一生懸命
見てても、どこにも映っていない、なんてことも
あったりして。 それでかな、しばらく、あの子は、
自分が出てることを教えてくれなくなったことも
あったわ。たぶん、がっかりさせたら悪いって、
思ったんでしょうね」
そうだったのか。
今、ステージで、華やかに甘い笑顔を振りまいている彼。
テレビで、ゆったりと余裕の笑顔で周りの人を
笑わせている彼。
そんな彼が、これまでどれほどの想いを乗り越えて
きたのか、と佳也子は思う。
グループのメンバ―それぞれが、いつも等しく注目を
浴びられるわけではない。
時には、自分がここにいることの意味を見失いそうに
なったり、自身のプライドや積み重ねてきた努力を、
あっさりスルーされてしまう理不尽な目にも
あってきたのかもしれない。
悔しさや不安、自分に自信を持てなくなるような
そんな思いも、いっぱい味わってきたのかもしれない。
でも、アイドルとして存在する以上、心の中の
そんな葛藤を見る人に感じさせずに、いつも笑顔で
輝いている姿を見せ続ける。
「悔しい思いも苦労もいっぱいしたと思う。
でも、そんなこと、全然言わない。
いつだったか、『大変でしょう?』ってきいたら、
『そんなのは、俺一人じゃない。
みんな、誰だって、
それぞれの場所でがんばってるんだから。
俺だけが大変なわけじゃないでしょ』って」
佳也子は、もし、今ここに圭がいたら、
彼をぎゅうっと抱きしめたい、と思う。
その気持ちは、彼への心からの敬意だ。
自分を見失わずに、今、たくさんの人を
惹きつけて、幸せな気持ちにしてくれて、
存在してくれていることに、ありがとう、
そう言いたいからだ。
今、彼がこの世にいてくれること、
彼の存在まるごとに感謝したい気分で
いっぱいで。
「圭くん、すごいね。かっこいいね」
タオルを、ぎゅうっと抱きしめながら、
想太がつぶやく。
話の内容が、どこまでわかっているのかは
わからないけれど、
想太にも、圭が、一生懸命歩いてきた
道のりが、感じられたのかもしれない。
「そやね。すごいね」佳也子もうなずく。
「うん」
想太が、タオルをぎゅっとして、顔をうずめる。
佳也子は、そんな想太とタオルをまとめて
ぎゅうっと抱きしめる。
なんだか圭まで抱きしめたような気持ちになる。
「そうだ。今度、圭くんにお休みができて、遊びに
来ることがあったら、いっぱいごちそう作って
あげよう。想ちゃん、手伝ってね」
英子が元気よく言って、
「うん!てつだう!おいしいのいっぱいつくろう」
想太が、弾む声で答える。
そうだ。
美味しいって幸せなんだ、そう言った彼に、
今度は、私たちが、幸せをお返ししよう。
素晴らしいライブで、幸せにしてくれた彼に、
お礼をしよう。
みんなそれぞれの場所で、がんばってる。
ひとりじゃない。
佳也子の心に、爽やかな風が吹いてくる。




