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いつかきっと  作者: 原田楓香
12/53

12. もしかしたら


 「あの~。ネコが出てくる話で、あまり有名な話じゃないと

思うんですけど、男の人も出てくるんですけど・・・。

題名はっきり覚えてなくて・・・」


 時々、書店のカウンターは、クイズコーナーになる。

「ネコの出てくる話ですね。外国のものですか、それとも日本の

お話でしょうか」

「日本です」3,40代の男性が答える。

ネコと男の人が出てくる話と言えば、真っ先に浮かぶのは、

夏目漱石の『吾輩は猫である』だ。

でも、それはあまりに有名すぎる。これではなかろう。

となると、もっと現代のものか?

有名かどうかは、人によって多少の受けとめの違いがあるし。

いくつか、検索をかけて、思いつく限りの、ネコが出てくる本の

題名を伝える。

「う~ん。ちがいますね・・・もっと長い題名だったような。」

「いや、もうちょっと古いイメージの題名で」

「ネコが、しゃべるんです」

ネコがしゃべるファンタジーぽい話もいろいろある。

「いや、男の人は、あんまり若くなくて、もっと年配の人な感じで」

おじさん、しゃべってるネコ、ちょっと古いイメージ・・・

まさかとは思うけど。

有名じゃないって言うから、真っ先に浮かんで真っ先に除外した、

「あの、もしかして、『吾輩は猫である』では?」

「あ!それ!それです!それ!そんな題名でした!」

レジを、同じシフトで入っている麻友に頼んで、夏目漱石の棚まで

ご案内する。念のため、本を確かめてもらう。

「これです。いやあ、よかったです。ありがとうございます!」

とても喜んでくれているので、佳也子も嬉しくて、ホッとする。

お客さんがさがしている本を、無事に見つけられたときの喜びは、

ひょっとしたら、当のお客さん本人以上かもしれない。


「なあ、『吾輩は猫である』って、もう有名じゃないんかな?」

「漱石もがっくりしてるね、きっと」

麻友と二人で笑う。


書店のカウンターに立つのは、なかなか楽しい。

もちろん、忙しくて、てんてこ舞いのときは、そんな悠長なことを

言う余裕はない。

でも、棚をうろうろしながら、次第にカウンターに近づいてくる

お客さんを見ると、今日のクイズは何かな?と少しわくわくする。


昨日来たおじいちゃんは、「お坊さんが書いた本で、なんやしら

心が癒されるらしいって聞いてんけど、あるか?」

う~ん。たいてい、お坊さんが書く本は癒される本が多いけど。

どれやろ?もう少し情報が欲しいので、つづけていろいろ聞いてみる。

「テレビとか、新聞記事で紹介された本ですか」

「テレビで言うとった」

「表紙の雰囲気とかは、覚えてはりますか?何色とか、写真が、ついてた

とか」

「わからん。白っぽかった気もする。とにかく、坊さんや」

「そのお坊さん、若い人ですか?それとも年配の人ですか」

「うーん。そこそこ若そうやったな」

店内にある、30代くらいの若いお坊さんが書いたエッセイや説話集

のような本をピックアップして見てもらう。

念のため、けっこう年配のお坊さんの書いた本も一緒に添える。

どちらも、一時期結構話題になった本たちだ。


「お、これやこれや」

おじいちゃんが、嬉しそうに手に取ったのは、念のために添えた方の

本だった。

ええ~ぜんぜん若くないやん・・・

佳也子は、心の中でつっこむ。

でも確かに、そのおじいちゃんから見たら、4,50代のおじさんだって、

そこそこ若いのだ。

う~ん。質問のしかたも考えないとな。

若いっていっても、基準をどこに置くかで違うよな。


佳也子には、毎日、一つひとつが、発見と修行だ。

お給料は、けっして多くはないけど、大好きな本が山ほどある場所で、

ときどき、お客さんにクイズを出されながら(?)、謎解きを楽しむときも

ある、この仕事が、佳也子には、とても合っている。

もちろん、いやな思いをする日がないわけじゃない。

でも、それ以上にやりがいと楽しさがある。

自分の大好きな作家の本を集めて、POPを添えてミニコーナーを

作って推したり、いろんなテーマを考えて特集を組んで、それに

合わせて仕入れた本がすべて売れたときなどは、この仕事やってて

よかった~と、とても嬉しい。

残念なことに、何冊売れても、お給料には一切反映されないが。


東京に帰った圭からは、毎日ではないけれど、わりと頻繁に、

メールが届く。

『何日の何時にテレビに出るよ』という出演情報が届くこともある。

食いしん坊らしく、『これが美味しかったよ』と美味しいお店情報が、

食べたご飯の写真入りで届いたりする。

たまに、ロケ先で撮ったという、きれいな風景の写真が届くことも

ある。いつかみんなで行こうね。という言葉が添えられている。

同じメールが、英子のところにも届いているから、英子と想太と

3人で、ほんとにいつかいきたいねえ、と話し合う。


はじめのうち、佳也子は、美味しいご飯の写真を送ってくる圭の

メールを見て、相変わらず、食いしん坊な人やなあと思っていた。

だから、そのお返しに、佳也子も、自分が食べて美味しいと思った

ものの写真や、たまに見かけた素敵な景色の写真などを送った。

素敵な景色といっても、どこかに旅行することもあまりないので、

夕暮れどきのきれいな虹とか、青空にくっきりと描かれた飛行機雲

とか、ごく身近なところで見た景色だ。

でも、見た瞬間、思わずわあっと嬉しくなった景色の写真だ。


そんなやり取りを続けていたある日、佳也子は、気づいた。

何か美味しいものを食べるたび、何か素敵な景色を見るたび、

(圭くんにもこれ食べさせてあげたいなあ。)

(このきれいな景色、圭くんにも見せてあげたいなあ)

自然にそう思っていることに。

そして、同時に思った。

もしかしたら。

もしかしたら、彼も同じように思っているのかもしれない、と。

だから、美味しいものや素敵な景色を、送ってきているのかも。


(まあ、考えすぎかな?)

そう思いながらも、目の前にある、英子特製のちらし寿司の写真を

圭に送ることにする。

英子が、酢飯を切り混ぜている横で、想太が一生懸命、うちわを

使ってあおいでいる。

「天狗さん、けーへんかな。来たら、こうたいするねん」

想太がつぶやいている。


『今日は、天狗さんがいないので、かわりに、想太がお手伝いです』

メッセージを添える。


圭からの返信はまだだ。


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