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敗残兵、剣闘士になる  作者: しろち
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敗残兵、剣闘士になる 091 茶番劇


 審判の始めの合図で4つの盾が四角を作り、内側にレティアリウスをそれぞれ1人入れて囲った



「あれじゃ5人ずつしかやれないな」


「あんまり近づくと盾で囲われて内側に入れられるから気をつけろよ」


 アルティマタスが足を踏ん張り始めたが牽制の一言で止めた、面倒くさいがやれることはやってみよう



「まず俺が一つやって見るからもう一組が来ないように見ててくれよ」


「分かった」



 アルティマタスに言い残し先に左の5人組に仕掛ける


 4メートルくらいの距離を取り槍を地面に刺して立たせておくと4枚の盾が展開し1枚壁となってこちらに向いた



「なるほどな」



 槍持って走りアルティマタスの元に戻る



「同時に行こう、アルティマタスは右の5人組をナイフか錆鉄で視線を誘導しろ俺が後ろから斧を投げてレティアリウスにぶつけよう」


「マツオはそれでいいのか?」


「大丈夫だ、いい考えがある

 ただし、斧が外れたらスマン」


「その時は鰻追加な?」


「食わせたことないだろ?」


「カヒームに聞いた、鰻美味いんだろ?食わせろよ」


「時期が来たらな」


「言質は取った!行くぞ」


「おう」



 それぞれの5人組を少し離して背合わせにするように対角に分かれた


 盾の壁と盾の壁の距離は15メートルくらい

 斧を投げたら余裕で当てられる距離だ



 槍を刺し置き、数歩の助走で斧を投げた

 自分の方に向いている盾とレティアリウスは少し屈んで避けたが縦の回転をしながら吸い込まれるようにアルティマタスの方を向いているもう1人のレティアリウスの後頭部に直撃、前に倒れて盾を1枚押し出した

 アルティマタスはすかさずズレて出てきた盾のグラディアトルを槍で一突きして倒し、残り3人


 マツオは後ろへ数歩下がり左手で槍を拾い、盾の壁を右へ回り込むように走りながら右手で巾着を取る、マツオの走りに合わせて壁を維持するように盾のグラディアトル達も走り始めた


 当然のように錆鉄を撒いて足止め後ろから「オア!」という低い声が聞こえてくるが無視して走る


 アルティマタスに向いているグラディアトルまで残り10メートル、槍を右で構えて走りながら投げ左に下げている革の鞘から刀を抜いた


 観客の一部にザワつきが混じった

 その時は「珍しいんだろうな」で済ませたが理由はあとで判明することになる


 投げた槍は1番左(アルティマタスからは1番右)のグラディアトルの右腰に刺さりに左へ崩れるように倒れてそのまま動かなくなった



「覚悟ー!」



 声を上げこちらを向かせると1人はアルティマタスが首を突き裂いた、俺はもう1人のグラディウスを持つ手を手首から切り落としてすれ違い様に腹の柔らかい部分を斬り払った


「錆鉄は!?」


「まだ使ってない、ナイフは全部使った」


「こっちはナイフが2本残ってるから1本やろう」



 血のりを振り払い後頭部に斧を生やしたレティアリウスの腰巻きで入念に刀の血と脂を拭き取り鞘に納め、槍を生やしたグラディアトルから引き抜いた



「残り5人だな」


「次はどうする?」


「全然考えてない」


「じゃあ盾を投げるってのはどうだ?」


「槍投げればいいんじゃないか?」


「ああ、コイツらのね」


「そうそう」



 もう使われない槍を4本と盾の裏にあったグラディウスや短剣を回収した


 相手は人数が半分になったことと足を錆鉄で負傷したこともありかなり動きが鈍いがしっかり一列に4枚盾を並べて壁になって進んできている



「先に撒こうか?」


「そうだな」



 アルティマタスが巾着を緩めて相手方の足元に錆鉄を撒いた

 「また!イデェ」とか言いながらも痛い地面をなんとか歩いてくる相手を鼻で笑いながら戻り、アルティマタスが頭に刺さったままの斧を引き抜き地面スレスレに回転をかけて投げた



『ゴスッ!』



 と音を立てて真ん中の盾の男を転ばせた



「いいね!」



 アルティマタスの開けてくれた壁の間の露出したレティアリウスを狙って槍を一本投げたが網を使って方向を変えられて当たることはなかった


 追加でアルティマタスがナイフを投げて倒れた盾の男に傷を増やしていたが動けないほどでは無いようだ



「あのレティアリウスだけちょっと格上だな」


「そうだな」



 カヒームとは少し違うが網の使い方に熟練さが窺える動きだったしその1人だけが靴を履いていた


 他の4人はまだ謎だが共通して裸足で足が痛そうな歩き方をしている



「盾が先だな」


「そうしよう」



 壁を作っている4人の横へ左右から回り込むように動くと2枚ずつに分かれて攻めてきた


 悪運が強いのか怪我をしていない盾2人とレティアリウスがこっちに来てしまった


 アルティマタスの方は怪我人の盾を含む2人なのでそのうち加勢に来てくれると信じよう


 さて大盾相手の時に役に立つのがセバロスの大得意な足先への攻撃だ

 大体が足の甲まで被えるオクレアを付けているが足趾の先までは覆うほど長くない、盾の上辺を並べるように事前に言い含められているのであろう床からの高さの差があるので狙いやすい


 大盾の大きい左側の奴を突きで攻撃し盾の位置をずらしたところで右側の男の足先を連続で突く


 趾の親指から3本を傷つける事に成功、盾が下がった瞬間に槍を横に振り抜き兜の上から打ち付け力なく手と盾が下がったところで腹に穴を開けて御退場だ


 あと1人と思った目を向けた瞬間に網が飛んで来た、自分に掛からないようにと槍に絡めて投げた



「厄介な!」



 大盾の男が迫る、刀を抜き対するが流石にパルス・セクンダスまで上がってきただけあり一対一では隙が減る



「足が大丈夫なら大変だったかもな」



 地に足が着かない片手槍は突きがブレてキレもない、せめて上から振り下げてくるなら脅威あったかもしれないが甘いし温い


 槍の柄を左へ切り払い胸が開いた、盾で塞がれないように右足を一歩踏み込んで盾を押さえ刀の切先で首を撫で後ろへ下がって距離を取る



 最後の一人はレティアリウスだ



 金髪チリ毛で彫りが深い

 髭がないからかちょっと爽やかに見える十分に優男だ、腹が立つ



「ゴブゥ!」



 突然血を噴き出して崩れたレティアリウスの背中には槍を突き立てているアルティマタスがいた


 首を左から回して後ろを見ようとするレティアリウスの左腕の内側を刀で刺し銛を落とさせた、これで最後の力を使うこともできない


 最後は左手を見てから目を上天させ力が抜けて落ちた



「なんだ?無傷じゃねえか!」



 アルティマタスが声を掛けてきた



「お前もな」


「勝負は引き分けか〜」


「そうだな」



 刀をレティアリウスの腰巻きでキレイになるまで拭い一旦革の鞘に納め、網が絡んだ槍を拾い上げ同じく血のりを拭い取った



「じゃあ主催者のところに行って金を貰おう」


「おう」



 あ然としている観客に手を振りながら主催者の元へ歩く



「その剣は皇帝陛下の?」



 元老院からきたという壮年の主催者に聞かれた



「半年前に献上させて頂きました

 これはまた打って貰った物です」


「元老院のパトリキが不正を働いて粛清された時に使われたのだ、凄まじい切れ味であった

 それを見ていた者が数人ここにも居てな、闘技中に済まなかった」


「いえ、皇帝陛下に持ってて頂いて良かったです」


「そうだな、グラディアトルからすれば誉れだ

 今日は良くやった、これを受け取りなさい」



 アルティマタスに先に取るように視線を右に向けた時に何かが光って見えた



「スマン」



 アルティマタスに脇っ腹を蹴り転ばされ自分も倒れ込んだ


 数瞬後に矢がコンクリートの壁に当たって砕けた

 アルティマタスがそれを見て元老院のオッサンを睨んでいるが口元は少し歪んでいる



「皆、元老院マキシマムス様を狙う不届き者を突き落とせ!成敗してくれる!」



 半笑いで叫びアルティマタスがこちらに目配せすると笑顔で声を堪えて笑ってしまった

 元老院のオッサンをチラ見、上を見て口元は笑いを作りながら睨みつけ刀に手を掛けた


 青ざめて冷や汗を噴き出しているマキシマムスの選択肢は少ない



「不届き者を引き摺り下ろせ!」


「「「おおおおおおおおおお!」」」


 マキシマムスは自分の保身を選択したようだ

 両手で観客席の縁を掴み、顔が見えないように項垂れた


 観客も闘技会の流れでグラディアトルの2人を殺す予定だったことくらい承知な筈だがアルティマタスの機転の効いた訴えに乗ってくれた


 流石にラテン系、ノリがいい

 神輿を担ぐように屈強な男達数人が見せびらかすようにローマの弓兵を担いで客席を降りてきた


 四肢を掴まれ壁の上から勢いよく投げ落とされた兵は受け身が取れずに闘技場に右手から落ちたがひしゃげ折れ曲がり顔を打ち付けた



 足は大丈夫だったのかなんとか立ち上がったが動きがおかしい、首の神経やってしまったか?

 それでも恨めしい目を少し上に向けたままこちらに体を引き摺るように歩いてきた


 なんの命令もされていないのでただただ見ていると闘技場の真ん中当たりで兵が叫んだ



「俺はそこのマキシマムスに生き残ったゲルマンのグラディアトルを殺せと命令された

 私が罪なら元老院議員のマキシマムスも厳罰だ!そうだろう!」



 ローマ人は演説が好きなんだろうか

 ここで弓兵に狙撃させれば自らの罪を認めることになるし反論したところで黒は確定している

 それが分からないような学のないローマ人は恐らく居ないのだから



「マキシマムスこそ引き摺り下ろされるべきでは無いか!?」



 会場はザワザワしていてが次第に静寂になっていった

 これは誰かの一声で大津波になるな



「そのグラディアトル達は素晴らしい戦いを見せたぞ!?お前はどう報いるつもりだ!

 グラディアトルを殺すのか?

 それとも殺せと命じた俺を殺すのか?

 それともマキシマムス、お前が死ぬか!?

 さあ!どうする!?」



 ローマ兵が素晴らしい煽りを見せたがマキシマムスは反論せず沈黙を貫いている



「アルティマタス、大盾を拾うぞ」


「何するんだ?」


「あの兵士のところへ行く

 上に4人弓兵を見つけた、恐らくコイツの上にも居るだろうから全部で5人だな

 民衆がアイツに従えばアイツは英雄だ、ワザワザ死なせるわけにもいかないだろう?

 マキシマムスを殺すならあいつの持ってる弓矢で取り巻き関係なくアルティマタスが射れるだろう?スッキリするぞ」


「それ採用」



 2人とも大盾を左右の手に持ち4枚でローマ兵の左右を固めるように壁を作れるようにしておき弓と矢をアルティマタスが回収した



「マキシマムスは黙秘を続けているが?

 民衆の意見は何を選択する!?」



 安心したのかさっきより大きな声で観客を煽った



「元老院のクズ野郎!」



 聞こえた位置的には絶対観客席ではなく控室のどこかだがそれだけで十分だった

 間違いない一声というのはかなりの強さを秘めている、更に一言「そうだ!」が乗ることで勝負は決した



 マキシマムスはそれを護ろうとする2人の兵士とともに壁の上から落とされた

 マキシマムは左を下に真横から落ち、兵士の一人は足から着地したがもう一人は頭から落下し首を折って死んだ



「コ、ロ、セ!」

「コ、ロ、セ!」

「コ、ロ、セ!」



 助命の拒否の時のようにマキシマムスを処刑するように観客が煽る

 無事着地した兵士がマキシマムスを起こして壁に背中を預けるように座らせ、それを保護するように腰に帯刀していたグラディウスを抜きこちらを睨みつけた



「弓兵さん、これからどうするつもりだ?」



 護衛している弓兵に声をかけてみた



「いやぁ、こんなことになるとは予想もしてなかったですね」


「嘘が苦手ですね〜、本当は寝首でも掻きたかったんでしょう?」


「分かります?あいつ嫌いなんですよ

 不正だらけ、賄賂だらけですからね

 恐らくですけどあの兵士も生かしてくれたら金をやるとか言われたんですよ、きっとね」


「こんなところに落として申し訳なかったです、ですが自分達も生きるためなんで」


「仕方ないですよ、自分も生きたいからアイツを槍玉に挙げたんで」


「そうですか」


「ただもう自分では出来なさそうなんでお願い出来ますか?」


「はい、アルティマタスが恨みを込めてやらせて頂きます」


「良し!弓で良いよな?」


「あぁ良いぞ」



 アルティマタスは盾を弓の兵士に渡し代わりに矢を番えて弓を引いた

 距離は40メートル程度で闘技場故に風は無し、公的に配備される弓の癖は殆ど無いに等しくそんな状況でアルティマタスが外す訳がない


『ビッ!』


 真っ直ぐ盾になった兵士に向かって飛んでいく矢を剣で弾こうとしたが失敗、兵士は矢を胸に生やして倒れ込んだ


 アルティマタスはもう一本番えて今度は上半身を起こし座っているマキシマムスを狙って放った

 矢はキレイに眉間を貫き、後ろまで抜け脳漿を撒き散らしてマキシマムスは果てた


 アルティマタスを讃えるように大歓声が上がった、他に主催者になる人が居たらしくトーガを来た赤茶の髪色のお兄さんが自分とアルティマタスに月桂樹の冠を兵士にはシュロ枝を渡して一言呟いた



「早く行け」



 アルティマタスと共に弓の兵士を支えながら歩き大歓声の中で闘技場を後にした


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[一言] 色々面倒事に巻き込まれた感じやね。
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