敗残兵、剣闘士になる 008 回復
鰻の日からカヒームの回復は著しい
傷付いたのが肝臓だったこともありかなり危険な状態だったが峠は十分に越えた
日中殆んど寝て過ごしていたのが午前午後で昼寝こそするが歩いたり軽く槍を振ったり出来るまでに回復した
カヒームの体の回復のために尽くすようにと主のハルゲニスから言葉を頂いたが本当にそう言ったのかは定かではない、何せ言葉が通じないのだから
とりあえずカヒームに一日中付き添いながら物の名前や言い回し方を教わり、一週間もしないうちに聞き取りくらいは大抵出来るようになった
そんなに頭は良くないが必要に迫られると耳と脳が頑張るらしい
カヒームが一人で歩けるくらいになった十日目にヨーレシ監視の元、カヒームに町へといざなわれた
カヒームはお金を少々持っているようで俺の革製の編み靴と短パンを中古で購入
ここの食事情でも痛めた部位と同じものを食べるという健康法が有るらしく牛のレバーと羊のレバーを購入した
「レバーを使った料理で良いものはあるか?」
「まあ幾つか在るな」
「じゃあ頼むよ」
パンが焼けるか?とヨーレシに聞くと買っていった方が安いとのことで黒っぽい半球型のパンを購入、市場に卵は見つからなかったのが残念だ
最後に寄ったのは鍛冶屋だった
キンキンキン、カンコンカンと小気味良い音を奏でる汗だくのオジサン達がいる灼熱地獄だ
「グラディアトルだが剣を置いているかい?」
「何だ?」
「ファルクスだ」
「そんな古いもん誰が作るか!アンフィテアトルムにでも行って錆びたの持ってきな打ち直すくらいはしてやるよ」
「分かった」
カヒームに知らない単語を確認する
グラディアトルは戦う人だそうだ、恐らく最初に戦ったあのお兄さんのような職業だろう、と思ったがカヒームもオココ達も自分も皆同じなんだそうだ
アンフィテアトルムとは円形闘技場のことで観客席のある試合をするところなんだそうだ
そこ行ったことあります
「今日は行かない、もうすぐ行く機会ができるさ」
あんまり行きたくないが仕方ないだろう
ヨーレシの買い出しを手伝って帰ってくると中天をちょっと越えたくらいの時間になった
「ここは何て言う場所なんだ?」
「サンーアだ」
「知らない土地だな」
「だろうな小さい湊町さ」
夕食はレバーカツレツだ
繋ぎの小麦粉はあるが卵がない、こういう時は煮豆の擂り潰した物を代用する
卵よりサクッと上がるが揚げ時間が長くなるのと味が付くのが難点でもあり利点でもある
油はビックリするほどある、いつぞやオココがくれた油の実はオリーブだった
オリーブオイルは見たことがあったが生の実の絞り汁だとは思わなかった
その夕食時にここの責任者で自分を奴隷として買ったハルゲニスから声がかけられた
「マツオ、四日後の夕方に町の会合がある
お前とババンギを連れていき、グラディオをさせる
お前はまだチロだ、木剣での戦いとなるが当たり所が悪ければ骨は折れるし死ぬこともある
無様な戦いと見せれば処刑もあり得る
心してかかれ、そしてヴィクトールとなるのだ」
「はい」
「お前はカヒームに付ききりだったから鍛練の時間が無かっただろう
明日よりドクトレのドライオスとマギステルのマクシミヌスより学べよ」
「はい」
話が終わりカヒームに知らない言葉を聞くとヴィクトールが勝者、ドクトレは鍛えてくれる訓練師さんでマギステルが闘い方や人間の急所等を教えてくれる先生である教練師さんだそうだ
ついでにとカヒームが二人のところに連れていってくれた
ドクトレのドライオスは柔道家のような体型で顔の左頬から後ろ頭まで削ったような瘢痕が残っており左耳がない、頭はキレイに剃ってある白人男性、目は青い、左足が無く一本木の義足を着けている
マギステルのマクシミヌスは茶髪ソバージュ頭で褐色肌、瞳は赤っぽい茶色、シワの太い俳優さんみたいなナイスミドルだ
「明日より指導をお願いします、マツオです」
「お前がマツオか!診療所で独特な動きで木剣を振っていた奴だろ?武器は使ったことあるのか?」
ドライオスはどうやら気にかけてくれていたらしい、こういう時は素直に嬉しい
「あります、ただ此方には無い武器らしいのでどうするか考えています」
「そういうのはマクシミヌスに聞け、俺の方はグラディアトルどもの体作りと基本の剣と盾の使い方、ベスティアリウスやサギタリウス、エクエス、エッセダリウスなんかの訓練が主体だ
とにかく動ける体がなければどうにもならんからな」
後でカヒームに確認したらベスティアリウスは獣と戦うグラディアトルで、新人や対人に向かない人がなるそうだ
サギタリウスは弓矢を使うのだそうだ、サギタリウス同士の闘いや公開処刑、模擬合戦等で活躍するらしい
エクエスというのは騎馬戦士だそうだ、エクエス同士の闘いもあれば此方も模擬合戦で出てくるらしい
最後のエッセダリウスは戦車らしい、戦車同士の闘いや競争、模擬合戦で馬が牽く一~二人乗りで刃の付いた馬車が駆けるそうだ、めちゃ怖い
「とりあえずドライオスの方で剣と盾の基礎学べ、そのあとにどんな闘い方が合っているのか俺の方で見よう」
マクシミヌスの声が渋い、カッコいい
「マツオはダキアのファルクスみたいな剣を使う、ただ刃は逆で反ってる方が切れるんだそうだ
盾も使ったことが無いんだと」
カヒームが補足に入った
確かに盾は無い、刀はどこかにあるなら欲しいがどうだろうか
「そんなんで人が切れるのか?」
「いい刀なら首がスパッと落とせます
腹であれば三人くらいは重ねてても両断できると聞いたことがあります」
「そいつは凄いな盾ごと左手切り落とせそうだな」
考えたことなかった~
「出来るかもしれませんが木やパピルスは切りにくいと聞いてます」
「そういうものか、で実際に人を切ったことがあるか?」
「はい(銃剣ですが)」
「そうか、じゃあ明日からだな」
「よろしくお願いします」
食後に診療所に戻る、調子の戻ったカヒームは自分の住む家に戻ることにしたらしい
「一人で住んでいるのか?」
「いやイフラースと二人だ」
「俺の家はどうなってるか知ってるか?」
「今のところ無いだろうな
ここに居ればいいだろ」
「グラウクスは?」
「あいつは母屋の端で寝てる」
「じゃあここに居る」
「明日は朝飯前に母屋の前でマクシミヌスの教練だ、木剣は持っていけ」
「分かった」
「じゃあな、助かったぜ」
カヒームの優男っぷりが生半可じゃない
「プルケー!」と道行く女性から声をかけられると髪をかき上げて目線を向け手を上げると女子達が腰砕けになる程のイイ男だ
「イイ男で性格が良くて強かったらそりゃ人気も出るよな」
ここのファミリアグラディアトラ(剣闘士団)の中でも一番の人気者らしい、闘う時に兜を被らないというパフォーマンス?もあり潔さも相まって更なる人気になっているのだろう
明日から頑張るぞー!