敗残兵、剣闘士になる 086 晩餐会
地中海沿岸といえど冬は寒い
夜中は0度で日中15度くらい、風が叩きつけるように吹き曇ることもあるが平地に雨は少なく山に降り注ぐだけだ
アルベンガヌム(現アルベンガ)、セイント・レムス(現サンレモ)、ニカイア(現ニース)と宿を取って体を温めながら歩きルリーア・オクタヴァノルム(現フレジュス)に1月21日に到着、誰一人文句を言わず自分の重心を追い越しながら歩いてきた
毛皮は風を通さず温かいが陽が照れば暑くて敵わない、風が吹き荒れれば毛皮の下から空気が入り寒い
薪が足りない一軒宿は全員で固まり熱を逃さず汗臭い、寝たままオナラなどしたときには溜まらない臭いに吐きそうになったがそれも楽しい旅だった
闘技場に着いた日に晩餐会が催された
何かの葉っぱに包まれた肉の塊、ニンニクの効いたオリーブオイルに漬けこまれたジューシーな魚と葉物野菜、ナッツを衣にした焼き魚等は食べたことがなく夢中になって食べた
ただ金欠ファミリアからしたら豪華な食事だらけなのだが塩っけが強く辛いのだけが玉にキズ、大麦飯を欲してしまうのは貧乏性か?酒に手が伸びない
周りは塩っけの強いオカズで酒を飲んでいるが、自分はブドウの生絞りジュースを飲みながらパンを食べる
「柔らか〜い、美味すぃ〜」
焼きたてのパンは白くて柔らかい、ローマに来てからこんなパンは見たことがない
「マツオ、コリックスならそっちの炭で炙って表面をカリカリにしてそれかけてちょっとパラパラってしてガブだ」
コリックスというパンは長さ30センチくらいのフランスパンだ
マクシミヌスが言うとおりに千切って追加で炙りオリーブオイルをかけて塩を少し振って食べてみる
「なんじゃこりゃぁあああ」
病み付きになりそうだ
「マツオ、皿の残り汁にちょんちょん、スープにはドボンだ」
ソーセージの食べ終わった肉の汁に浸しても野菜の崩れるほど煮込んだシチュー浸けても旨い
「マクシミヌス、凄いな」
「だろう?」
物知りにも程があるだろ
一度頭の興奮を冷ますのに顔を下げてマクシミヌスを見た
「おい、それ何をしてるんだ」
赤黒いシチューにゴロゴロの肉が入った甘く酸味のある匂いの漂うシチューのようなスープだ
目は釘付け口は半開きで涎を垂流しながら亡者のようにマクシミヌスの元へ歩を進める
「これか?鹿肉のワイン煮込みだ、旨いぞ〜!」
「どれだ!」
「さっきマツオが食ってたスープの2つ隣だ」
「くっ!」
とろ火にかけられている大鍋が4つ、さっきの野菜ゴロゴロ煮崩れシチューは左から2番目だった…ということは1番右か!
行ってみるとまだまだ肉が残っていたので器によそい両手で抱えながら持ってきた
コリックスとは違うオクタブロモスという30センチくらいの丸いパンを8等分した柔らかいパンを貰ってきた
いつか食べた硬いライ麦パンを思い出したがこっちはふんわり柔らかいパンだ
恐る恐るパンを千切って炙りワイン煮込みに浸して口に入れた
「ホわぁああああああ」
膝から崩れそうだ、こちらも煮崩れた野菜がトロみになって旨味になってワインは僅かな酸味を残し旨味と甘味を強調させている
塩味は抜群、微かに爽やかな風味が通り過ぎる
「肉ぅぅ、う、うううぅぅぅ」
ホロホロと崩れる大きい塊肉が最高傑作だ
膝どころか腰まで砕け落ちて涙が流れてきた
なぜ毎回晩餐会に参加しなかったのか
「今まで何故、晩餐会に来なかったんだ
後悔しかねぇ」
「こんな凄い料理はここでしか出ないぞ」
「そうなのか?」
「ああ、料理人の問題もあるがここは皇帝陛下が休みにくる特別な地域だからな」
「ほお」
四つ這いで地面を叩きながら後悔していると物知りマクシミヌスが教えてくれた
ここの料理と同じくらいの食事はロムルス(ローマ帝国首都のローマ市)かメディオラヌム(ミラノ市)、カルタゴくらいまで行かないと出てないそうだ
「マクシミヌス」
「何だ?」
「幸せだ」
「そんな顔してるぞ」
旅先での食事というのは格別だ、自分で作らなくていい、そして自分で作るより美味しいし食べたことがない味に出会うという至福の時だった
他のファミリアは知らないがハルゲニスのグラディアトル達は酒に呑まれるほど飲んでいない、飲んでも良いのだが体調を2日後に合わせるのは至難の技だろう
微妙な怠さや人によっては関節痛が出たり肝臓の疲れで持久力が落ちることもある
日本ならキャベツを食わせたり生姜湯なんかで体調を戻すことは出来そうだがこちらではよくわからない
「ヨシ、皆食ったか?明日は体慣らしで明後日本番だいいな!」
「「「おう」」」
気合は入っているが腹の出具合と顔の緩みは抑えることができないのは仕方ないだろう




