敗残兵、剣闘士になる 080 それぞれの成長
マシュアルは旅の途中ずっとカヒームに教えを受けつつ、マツオの訓練内容を教えていたそうだ
カヒームにお礼を言い、こちらから手合わせを再度お願いした
「刀でいいか?」
「勿論だ、マクシミヌス!審判を」
「お?カヒームが珍しいな」
「まあな」
「準備はいいか?」
「ちょっと刀が久しぶりだから待ってくれ」
「じゃあちょっと受けてやるさ」
久しぶりの木刀だ、刀をまたディニトリアスに打って貰わないとだな
最初は間合いと木刀の重心を体に入れ直すために銛で受けたり逸らしたりしてもらいながら足の感覚と腕の振りを確認していく
何故だろう?2度目にカヒームに挑んだときに比べても間合いの掴み方というか距離感は掴みやすいというか、相手の動きをよく見れるようになっているように思う
「そろそろ良いだろう?」
「大丈夫だ」
「マクシミヌス頼む」
「良し、お互い構えて、始め!」
「キェエエエエエ!」
集中を拡げる
カヒームを見る、視る、観る
風が撫でる髪の揺らぎも指先が少し沈む砂の動きも一つの視界で捉える
右手は殆ど動かしていないのに網が動く、小さく体を動かすだけでも網が動かせている
カヒームが左腕を前に構え銛を真っ直ぐ向けるのはいつもこと、銛を軽く揺らし目線に誘導させることで距離感を狂わせるのだと思っていたが、本当は左手に一瞬でも気を向かせることが目的だったのだ
体の影になった右手は上下左右自由に動いて網が巻き付くように且つ絡まないように纏まり、網の束がまるで蛇のように波打つ物に変わった
小さい体の揺らぎが網に伝わる、あんなに不定形な物がまさしく武術で言う使える状態になっているのが分かる
自分より遥かに難しい得物を上手く扱っているのだ、それに気付かないうちは勝ちようがないのは明白だった
ただし、今回は見えている
銛の内側から木刀を添わせて巻き上げ外に銛を弾きあげた!そこから切り下げる…あれ?網は?
カヒームの左手は銛と共に外へ挙げられていたし胸はこちらに向いている、右手はもう前にある?
ずっとスローモーションのようだった
カヒームの右手が小さく外へ揺れる
斜め下からうねるように回ってきた網が逆のウネリを喰らい束ねられた網の先端が強かに左脇腹を打ち付けた
『ベヂィン!』
「いでぇ!」
横から叩きつけられよろけないまでも体勢を崩されブレた切り下げを出させられた
束ねられた網は脇腹を打ち付けた後に手首の外返しで先端が開きカヒームが腕を横に振ると刀ごと腕を絡め取ってしまった
抜けなくはないが、既に時遅し銛は首の前で止まっていた
「参りました」
「どうだ?マシュアルから習った運び足と使える網が出来ていただろう?良い理論だ、もっとあったら教えろよ」
「10日そこそこで身に付く技術じゃ無い筈だ!どうしてこんなに上手いんだ!?」
完全に敗北だ、技術習得も対戦も学習能力も顔も全て負けている
四つ這いのまま立ち上がれる気がしない
「練習したからな、いつもの練習と対して変わらないけど使い方を少し考えるようになったし、重さの中心を捉えるというのは網にとってとても良い練習だった、ありがとう」
「追いつかないどころかドンドン差が明確になるのが辛いな」
「まあな!まだまだ追いつかれる気は無いぞ
それでも俺の腹に穴を開けた奴を懲らしめてくれたのは有り難かったな」
「え?ええ?あいつか!投げナイフの!」
「そうだ、凄ぇムカつく奴だったんだ!ナイフなんて検品出さずだぜ?最低だよ審判も咎めないしよぉ?
マツオがナイフ野郎をやってくれたんだろう?ありがたかったぜ」
「こっちは死にかけたぞ!」
「まあまあ、そりゃテルティウス(3位)だもの
それに勝つ方がビックリさ」
「なんだか喜べねえ!」
砂を叩いても音なんか少ししか鳴らない、サラッサラで気持ちいい、現実逃避しちゃいそう
「カスタノス、マシュアルとやってみろ
弟子対決だ、やりすぎるなよ?」
「うん、やってみる」
「師匠の仇!まあ仕方ない」
「仇討ちを頼む」
「断る!勝手にやってください!」
「いい弟子に恵まれたな、マツオよ」
「クソォ!面目なし!」
直属の弟子にも見捨てられる始末だ
アルティマタスにも笑われ凹む気も失せたのでしっかりと成長を見届けようと思う
「マシュアル?も両手槍なのか?」
「そうだ」
「構え方がまるでマツオだな」
「そうか?あんなに力入れてないぞ」
「それでも似てるな」
「まあな」
マシュアルは8月に買ったときは130センチそこそこしかなかったが今は150センチ近い身長になっている
どれだけ栄養が足りていなかったか、最近は遠征で離れていたがカスタノスが取った魚を焼いて食べていたらしいから栄養もついただろう
まだ低栄養での成長障害に追いついていない可能性があるので栄養を入れ続け運動させないといけないが栄養が原因の突然死は避けられるとこまで来ただろう
槍の構えも一端だ、中段で構えて動きを確認
「ハアアアッアーー!」
気合い入れの声が高い、ちょっとニヤッとしてしまう
踏み込むわけでもなくしっかり重心位置を感じて力を抜いていく、槍の握りも十分に緩まった
「マシュアル何歳?」
「今14だな、年が明けたらチロで仕合に出られるらしい」
「2歳下か、スエビでもあんなに強いのは居なかったな」
「そんなに強いか?」
「多分、マツオ負けるんじゃないか?」
「え?」
アルティマタスの言葉はあながち間違いではないかもしれない
自分がカヒームにやったように銛を巻き上げ弾き上げ、網が迫るも冷静に槍で叩き落としてカスタノスの胸元に槍の先を置いた
「それまで!」
カスタノスの腕前も上がっているがマシュアルが強い、カヒームに教えてもらっていたらしいから認識の外側という技術に対して何か対処が出来ているのかもしれない
「あんなに強かったっけ?」
「マツオが居ない間にカスタノスと一緒に鍛えてみたんだ」
「カヒームはドクトレに成るのか?」
「カスタノスが上級者に上がったらもう十分だ
金も貯まったから1月の興行でルディスを貰って故郷に帰るつもりだ、0からやり直す」
「そうか、寂しくなるな…ん?1月!?」
「毎年恒例、1月23日マルクス・アウレリウス帝の即位記念大会だ、ルリーア・オクタヴァノルムでやるぞ」
「本当か!マシュアルの初戦が決まったな」
「はい!」
「私も出られるのか?」
「アルティマタスも出られるだろうさ」
「いぃ良し!」
「チロとマリディアーンで1回ずつ勝てば2人ともすぐパロス戦だぞ?練習しろよ」
「「はい!」」
カヒームに囃し立てられ急にやる気になったアルティマタスとマシュアルにみっちりと武技と人体組成を、カヒームからは例の技を、イフラースには剣速の出し方をそれぞれみっちりと教えて貰うことになった
ルクマーンとハーランド、ビョルカンはドライオスから大盾の指導を受けたりカスタノスを含めてそれぞれの剣闘士の闘い方を学ぶ論理的且つ実践的なトレーニングを行うルドゥスに方向転換していくことになった




