敗残兵、剣闘士になる 079 頑固なルクマーン
「マツオはいつから槍にしたんだ?刀はどうした」
カヒームが疑問に思ったらしい
「刀はローマに来てから始めて実践で使ったんだ、昔はずっと槍と棒で訓練してたんだ」
「同じような槍の使い手が居るなら刀に戻したらどうだ?」
「刀は危険なんだよ、間合いが近いから」
「うーん、まあそう言われればそうなんだが
刀の方が恐らくだが人気が出るぞ?人気が出ると報酬が上がる、危険も大きくはなるけどな」
「そう言われると…うーん、考えるねえ
安全を取るか人気と金を取るか、か〜」
悩んでいるとアルティマタスが聞いてきた
「両手槍は他に居ないのか?」
「居ないな」
「マツオはこんなに槍が強いのに他の武器も使えるのか?」
「前は刀を使ってたんだよ
マシュアル、下の投げて」
一応木刀も持ってきておいた
二番目の少し重たい大きい方の木刀だ
「これだ」
「このファルクス刃が逆じゃないのか?」
「それが刀って言うんだ、薄い盾なら切り落とせる」
「はぁ?」
「そういう武器なんだ
カヒームはこっちの方がいいと思うか?」
「まあな、マクシミヌスもそうおもうだろ?」
「槍よりは人気が出るだろうな
今見た感じだとマツオがもう少し槍を教えればアルティマタスの方が強くなりそうだぞ
目も反応もいいし才があったから押し負けることがなかったんだろうな、防御と捌きが不十分なくらいでそこが補填されればもうマツオと対等になる思うぞ」
「それは同感だ」
カヒームが頷くと皆も同意で頷いていた、セバロスが半泣きでニゲルが背中を撫でている以外はだ
「じゃあまた刀でやるか〜、訓練にまた付き合って貰うよ?」
「おう!いいぞセクンダスまで上がったからこれからはこっちの訓練も頼むぞ」
「望むところだ〜、ちょっと心配だけど」
気の抜けた返事をしたあと、ドライオスを含めて全員の自己紹介をした
一応アルティマタスがスエビの王族ということは伏せてある
体の温まったアルティマタスにはオココの精密射撃の洗礼を受けさせ「盾があれば」と2回目チャレンジし、もう一度洗礼を受け膝から崩れてへこたれた
最後に足掻いたゲルマンの弓矢も強いがオココほどの正確性と走る能力、隙を突く旨さのあるサギッタリウスは居ないと思いたい
アルティマタスの肉体と精神の疲労が回復するまでの間に皆も掛かり稽古で闘い合った
見所だったのがイフラースとルクマーンの闘いだ
長旅の帰り道でルクマーンがあることを言っていた
「イフラースとは同時期に入ったんだ、しかし初めの頃から殆ど勝ったことがない
ただ今なら勝てる気がする
あいつの本来の闘い方はマツオが杖で闘った時の動きに近い、分かっていても速度についていけないんだ
ハンマーを振ればその腕を、盾で顔を守れば足を盾の向きを変えれば縦の振りになる
距離さえ詰められればと思っていたが今度はできる気がする」
それを目の前でやってみせたのだ
イフラースの武器はファルカタという軽く湾曲した剣で持ち手が傘の柄のような形をしていて引っ掛けても使えるようだ
盾はカエトラという楕円形の小型の盾だ、一応はトゥラケスという分類だが本人的には根本が違うんだと言い張っているそうだ
マクシミヌスの掛け声で始まった
確かにイフラースも小さい回転を加えて柄を握るでもなく離すわけでもなく絶妙な加減で使っており当たるんじゃないかという速度で剣が迫る
ルクマーンが盾のすぐ裏に隠れるように構えているのが気になったが何故かはすぐ分かった
剣の軌道が変わるギリギリまで待って盾に押し当て一気に前に出た
クラブ代わりに削った流木を胸を狙って突きだ…した
「また俺の負けか」
盾に弾かれたように見えた剣は反対に回り込みルクマーンの首を捉えていた
「相打ちだな」
マクシミヌスが言った
タイミング的には間違いなくそうだが実践だったらどうだろうか?
ルクマーンのクラブがイフラースの体を押し下げるかイフラースの剣が先に首を跳ねてるか、勝ち筋的にはルクマーンが勝ちか引き分け、イフラースが負けか引き分けとなるだろうな
「なぜ盾で俺を叩こうとしなかった?」
「それはしたくなかった、新しい相棒を練習しなきゃいけないんだ」
「ルクマーン強くなったな、実践だったら俺の負けだ」
「何を言う、結果は引き分けもう一回だ」
「やるか?」
マクシミヌスが呆れ果てたような顔で審判を降りオココに任せてやり合わせほったらかしにしていた
次はババンギとニゲルだ
ババンギにも足の運びと重心移動は教えているし、イフラースから剣速の出し方、カヒームから認識の外側について教わっていたらしい
武器も少し変わり短い剣と長い剣になっているし腰にもう一本短い剣を差している
認識の外側という技術はそのうちカヒームに教えてもらうとして、どう変わったか見させてもらおう
「構えて、始め!」
マクシミヌスの審判で開始
隣で見ているマシュアルが言うにはババンギの速度に緩急が付き、とある技が加わったらしい、聞いただけで厄介だ
ニゲルはババンギにはあまり勝ったことがない、リーチの内側に入られると対処が下手だったからだ
そこは今回遠征時にルクマーンから盾の使い方を習っていたことである程度克服されているはずだ
ちなみに両手槍ならば左構えを右構えに返した際に石突で横から叩きつけるなり、縦一文字で構えて爪先を狙ったり細かく方向を変えた突き等で短いリーチは対処可能だと軽く身振りを交えてマシュアルに教えていると後ろでアルティマタスが頷いていた
ババンギとニゲルに戻そう
ニゲルは槍先を上手く使いながら自分の間合いを保ち最小限のステップで突きと薙ぎ払いで攻める、ババンギは長い槍の内側に入ろうと左の短剣で防御しながら隙を狙っている
全ての攻撃を避けるか左で受けていたババンギが1度だけ右の剣でニゲルの突きを防御した瞬間だ
「いでぇ」
いつ投げたか分からない短剣がニゲルの腹に当たっていた、そして既に2本目を抜いて構えていた、実にエグい
「それまで!」
マクシミヌスの掛け声で仕合はババンギの勝ち、なんだかカヒームにしてやられた感が拭えない
カヒームを見ると凄いニヤニヤしていた、何か腹が立つが凄い技術だし真似するにも習得するにもかなりの練習が必要なのは間違いない
アルティマタスなんて目がバッチリ開いてババンギを凄い凄いと讃えていた
「マツオ、出番だ」
カヒームに声を掛けられた、あんなの見せられたらヤル気削がれてるんですけどね〜




