敗残兵、剣闘士になる 075 涙
ゲルマン達は30人、パンツ1枚で片足に足枷の錘を付けられている
木剣や木の槍を持っている程度で盾はない、対するグラディアトル達は総勢70〜80人で胴鎧も付けたローマ帝国軍の装備で真剣を持ち弓矢も持っている
ゲルマン達は5人ずつ6列に纏まり先頭の男が腕や足、木剣に矢を受けながら蛇行しながら突撃、グラディアトルの方も負けじと更に矢を放つ
闘技場はたかだか長さ120メートル程度、矢の軌道は殆ど放物線にならない
矢がくることを想定して列は左右へ広がり個人個人も十分に間隔を開けることで先頭の人間が避ける方向に合わせて進むため殆ど脱落者は出していない
ゲルマン側の先頭の6人が闘技場真ん中辺りで矢を足や下腹部に受け走れなくなると最初こそ肉の盾にして2番目の者が押しながら走ったがそこからは散開して各個撃破へ移行した
接敵する手前で矢を受け息絶えた者もいるが息のある者は這ったり、足を引き摺りながらグラディアトル達の元へ進んだ
グラディアトル達はスエビの王族を護衛する程の精鋭部隊に木とはいえ武器を持たせてあったことが災いする
ゲルマンの戦士達は的確に鎧の隙間から急所を狙い、挟み撃ちされないように動きを合わせて一人ずつ確実に仕留めていく
後ろから追いついた者に弓矢を渡したり這ってきた者はグラディアトル達の足に絡んで動きを止めたりと生きること誰かを生かすことを諦めない
倍以上居たはずのグラディアトル達は攻め込まれ叩き殺され、武器を奪われたらそこからは観客の息を飲む音が聞こえるほどの静寂の中にただただ響く阿鼻叫喚の図だ
おそらくは指揮官であるアルティマタスに戦術を仕込まれ、各個人としても強力な兵として成長していたのだろう
針山になった腕をだらりと下げ足を伸ばして座った体勢で足趾に弓を挟み腹筋で体を起こしながら口で矢を引く強者
腹にグラディウスを貫かせたまま血を口から噴き出しながらも木の槍でグラディアトルを鎧の上から叩き潰す者
右足は膝から下がなくなり左足一本となっても剥ぎ取った盾を支えに槍を突き出す者
両腕、左足を垂れ下げ右足一本で体を前に進め槍が腹を貫通させられても倒れず、怯えるグラディアトルにのしかかり首を噛み千切り果てる者
四方から槍や剣で刺されても力を入れて抜かせずグラディアトルの腰に下がっている短剣を奪い道連れにする者
全くの無傷グラディアトルの中に突っ込み掴んでグラディアトルを投げ飛ばし一気に複数人を無力化していくのはさっき牢屋で会った部隊長だ
そんな光景を控室の中のハーランドとビョルカンは勿論、アルティマタスも目を開いたまま大粒の涙を溢し最後の勇姿を脳裏に焼き付けていた
最後まで立って居たのは3人、いずれもゲルマンの戦士だった
勝利の雄叫びを上げる部隊長を卑怯にも観客席の上からローマの兵士十数人が弓で狙いを定めているのが見えた
残ったゲルマンの戦士の中に一人だけ少し背の低い戦士が弓と矢筒に残った数本の矢を持っているのが見える
観客席から矢が放たれると小柄な弓の戦士を庇うように部隊長ともう一人が向かい合わせで肩を組み肉の盾となりローマ兵の矢を凌ぐ
ゲルマンの小柄な弓の戦士は早引きの凄腕だった
ローマの兵が2本目を番える前に3本で3人の頭を正確に打ち抜き、最後は5本目で弦が切れてしまった
弦と共に緊張の糸も解けたのだろう、最後は肩を組んだまま逝った部隊長の足に背を預け笑顔でこの世を去った
模擬戦争が終わると控室にいる全員の顔が嗚咽と涙と鼻水とでグチャグチャだった
特にアルティマタスの憔悴は酷かった、膝から崩れ壁に額を打ちつけながらずっと何かを呟いていた
「ありがとう」なのか「ごめんなさい」なのか分からないがその場でずっとへたり込みビョルカンとハーランドに挟まれて泣いていた
他の部屋からは何も聞こえてこない、泣いているのかそもそも見ていなくてただ黙っているのか全く分からないが今回の模擬戦争で100人以上がたった30分少々の時間で死んだのだ
ただ今回のように勝った方まで殺されることは珍しいとマクシミヌスも言っていた、普通なら勝ち残った者は奴隷剣闘士として残されるのだと言う
確かに最後に残った3人は恐ろしく強かった
3人は最初から作戦の要として動いていたのだろう、壁際を走り挟撃を受けないように前を走る仲間がグラディアトル達の先頭集団を潰して飛び道具が出なくなったところで攻勢に出たようにも見えた、その後の統率と鬼気迫る勢いと個人として強さというのは桁違いだった
軍団を率いても個人としても強いのはやはり生きて残す訳にはいかなかったのだろう、解放されたあとでローマへ進軍する軍隊になる可能性もあるのだから
闘技会の締めはルクマーンとニゲルも伴って血塗れの闘技場を練り歩き観客席に手を振り閉会だ
帰りは貰った大荷物をサービスで衛兵に運んでもらいアルティマタスを中心に据えローマ兵にバレないようにローマ兵に襲い掛からないように囲むようにして寄宿舎へ戻った




