敗残兵、剣闘士になる 073 奴隷の御人
なんとか控室に戻ってきたが気もそぞろだ
皆が勝ったことに対して凄い喜んでくれたが喜ぶ気に成れず様子がおかしいとハーランドが止めて肩を掴んで話を聞いてくれた
治療所で聞いた話をすると皆が押し黙ってしまい暗い雰囲気が漂う
「マクシミヌス、なんとか一人だけでも買い取ることは出来ないか?」
「いくら出せる?」
「金貨で30枚、と今日のコロナの分だ」
月桂冠を外してマクシミヌスに渡した
「分かった、聞いてくる」
月桂冠を持って衛兵伝いに主催者に会いに行ったようだ
皆で祈るようにだんまりしながら時間だけが妙にゆっくり過ぎる
十数分後、マクシミヌスは戻ってきた
「一人だけなら売ってくれるというか、追加報酬の代わりとしてやるとのことだ、予定では金貨50枚だったそうだが奴隷にしてしまっていいんだな?」
ひええええええ!金額すげえ
勿体ない気がするけど仕方ない
「仕方なし、ハーランドも一緒に見に来てくれるか?」
「ああ、いいぞ」
マクシミヌスとハーランドを伴って地下のカビ臭い廊下を進むと鹿やライオンなんかもいた、ちょっとした動物園みたいだ
奥の方に牢屋があり30人ほどの男達が詰め込まれていた
皆が上裸で腕に木の枷がハメられている、下は布の腰巻き1枚という状態だ
日焼けを見ると全員長ズボンを履いていたんだろう腰から下は白い肌が松明に浮かんでいる
牢屋の前面部分におっさん達が整列しており後ろがあまり良く見えない覗き込もうとすると間を塞がれてしまいなんだか腹が立つ
舌打ちしたくなるのを堪えて衛兵に話しかける
「衛兵、後ろの方が見えないんだが」
「ずっとそうやってるんで、どうしたものかと思ってます」
「交渉しても?」
「クアディ族の言葉が分かるならどうぞ」
「一人通訳を連れてきたから大丈夫だ」
「そうでしたか、交渉ならいくらでもしてください、ただ出せるのは一人までですよ」
「感謝します」
ハーランドにお願いして柵越しに交渉してもらうようにお願いしたら、迷わず一番右のおっさんのところへ歩み寄り話を始めた
クアディの言語だが単語を知らないので何を話しているか分からないが一応交渉は成立したようで手の平を上に向けて指をクイクイと曲げて手招きした
近づいていくと端の男が内側に入り人を掻き回している
ハーランドに何を話したのか衛兵に聞こえないよう耳打ちした
「どういう交渉したんだ?」
「今話し掛けた奴はこの部隊の長です、目線で指示出していたように見えたんでね
それで自分はスエビ出身で今も辛いが生きている、ここに居れば最終的には全員殺されるから一人だけ選べと伝えました」
「それでいいのか?」
「あの護り方は尋常じゃないですから誰か重要人物が居ると思うんですよ、適当に別の人物を選ぶと柵が壊れるか、模擬戦争でグラディアトルが全滅しかねないですよ」
「そんなにか?」
「槍と弓矢くらいなら腕を犠牲にしてでも攻めますよ、護る人物がいるなら尚更です」
「凄いねぇ」
「来ましたよ、この御人で決めてください」
「分かった」
奥から出てきたのはまだ若い男だ
前額が随分と張り出て鼻がシュッと長く目は知的な目覚めのある茶色い瞳で少し面長だ
明らかに一人だけキレイな肌ツヤ、均整の取れた引き締まった筋肉、髪の毛も周りはボサボサだがこの人物だけは泥か何かでオールバックに固めたのかビシッと整っていた
ハーランドは顔を見た瞬間に頭こそ下げずに踏みとどまったが目を伏せて敬う姿勢をみせた、誰か知っているようだが今は聞かないようにしておく
ハーランドも納得なのだろう
衛兵に連れて行く奴隷を決めたことを伝えた
衛兵はクアディの言葉をカタコトに言い、全員を後ろ向きにさせ壁に詰めさせ規律よく動いた囚人達を確認してから牢から一人だけ出した
衛兵に木の板に書かれた書類?を貰い受け、後日役所に出して来るようにと伝えられた、その間ハーランドはクアディの言葉と少し違う言葉を話して何かを説明していた
行って良しと衛兵に言われ控室へ戻る前に、部隊長らしき人物にしっかりと頭を下げておいた
何を言っていたのか聞き取れなかったがなんとなく伝わったので頷いておいた、あとでハーランドに聞こうと思う
今買ったばかりの奴隷は木の枷がはめられたまま、明日役所で手続き完了したら取ってもらえるのだそうだ、うん可哀想
でも相当ヤバい奴なんじゃないかとちょっとドキドキする
ちょっと前を歩くマクシミヌスもなんだか緊張の面持ち、後ろのハーランドは新人さんに付き従うかのような畏まった方の緊張が見える
控室に戻るとマクシミヌスが緊張からかソワソワしていた
「トイレ行ってくる!漏れそう」
マクシミヌスは衛兵が追いきれない速度でトイレへ駆け込んで行った
緊張が一気に解れた気がした




