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敗残兵、剣闘士になる  作者: しろち
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敗残兵、剣闘士になる 070 ルクマーンの防具


 2日目も順調に仕合は過ぎていく


 マリディアーンの仕合は比較的緩いというか温いというか死には瀕して敗北を宣言しても死ぬ寸前の状態で運ばれてくる者は少ない


 例えば腕を切り上げられ上腕動脈を正中神経尺骨神経とともに切られ肘から下が殆ど動かなかったり、大腿部をグラディウスで刺され動脈大出血なんかも居たが動脈さえ挙上して止血、縫合と進められれば意外と生きるだけならなんとかなる


 止血は紐グルグル巻きが主流、縫合は水で洗って絹糸で縫えるだけ縫って閉創という方法だ、挙上することがなくグルグル巻の手足の先から瀉血(脱血)させることすらあった

 理論的には出血量が多ければ血が固まりにくくなるので血栓なんかには効果的かもしれないが貧血もそうだが動脈が修復されずに裂けそうで怖い


 マリディアーンとパロス/ウェテラヌスの合間にはパエグニアリウス(前座闘士)の戦いがあり会場の笑いを誘っていた



 日が落ちる頃になりパロス/ウェテラヌスの闘いが始まる



 その初戦がルクマーンだ



 前回は軽トラが人間を連続轢き逃げしたという痛ましい事故で終わったが今回はそこまで盾が丈夫じゃない、大丈夫かな〜と隙間を覗くとなんか格好いい装備のルクマーンが出てきた


 アレ?あんなのだったっけ?




ーーーーーーーーーー



「防具を呉れて遣わされたと?」


「ああ、興行主の皇帝陛下の働きかけらしい」


「そんな大層な!頂いていいのか!?」


「この場合、頂かないほうが不味いんじゃないか」


「絶対に負けられない闘いになるな」



 エクィスの仕合が始まったときに衛兵がこの団体の代表者にと伝言が渡されマクシミヌスが受け取ると数分固まったまま動かなかった

 再起動後にルクマーンに先の内容を伝え衛兵の案内に従って支度部屋に割り当てられた部屋に向かった



 木の扉が開くと部屋の中央には少し使用感こそあるがキレイに磨き上げられた紫色のマニカ、両足のオクレア、少し湾曲ある黒く四角い大盾、80センチ近い長さで赤黒い木のクラブに鉄の杭が打たれた物、そして同じく紫色で顔が見えるタイプで頭頂部に縦に剣が載ったような形の装飾の少ない兜が置かれていた



「(こんな派手なのか、もの凄い恥ずかしい)」



 率直な感想だった

 着せてくれる奴隷もおり、まず右腕に布が巻かれその上からマニカを、足は膝下から足首まで布が巻かれてオクレアを装着、兜は頭に布を巻いてから被ると風通しもよく直に肌に当たらないため心地よい


 大盾だけ別に誂えたのか色は黒だが真ん中に鷹の意匠が施されている



「ローマの軍団旗じゃないか」



 大盾だけ多分だけど近衛隊の物だなと推測しながらも盾とクラブを持ち重さと動きを確認する



「意外と軽いもんだな」



 厚みのある盾だが持ってみると意外と軽いし縁には鉄で枠がつけられているなど強度も十分、クラブは丸ではあるがわずかに楕円形なのだろう持ちやすい方向と振りやすい方向がある



「武器に振られるな、武器の重心位置を捉えるんだ」



 ハーランドから又聞きしたマツオの教えを反復する



「中心より少し先の方に重さがあるんだな、強く大きく振るよりも手首の返しで細かく早く振るのか」



 物の重心位置など考えたこともなかった

 ハーランドもだがニゲルもビョルカンも握る位置が手垢の位置と少しズレていたよなと思い返し、握りの位置を確かめながら握りやすく振りやすい位置を詰めていく


 握りの位置でこんなにも変わるのかというほどに重さを感じずに腕の一部に変わっていくクラブの操作は楽しかった


 もしかしたら盾も?と思い握りの位置と自分との距離、角度を変えてながら煮詰める

 盾で押すというか突き飛ばす動きをする際に力を出すのに無駄な引きがあったことに気付いた

 無駄な引きの位置を最初から保っておけば楽じゃないか?と思い引いて持つとクラブが出しにくい、攻めにくくなった

 かと言って前に出しておくと引く距離ができてしまう、いっそ引く分前に出てしまえばいいのでは?マツオ達のような重心位置を倒して前に出るすり足のような動きが鉄砲の運び足と合わさり全く盾を引くことなく盾の湾曲が風を切り『ドンッ!』と何かを押し出すようなその時初めて最短の動き見出した



「コレだ!」



 求めていた動きが一部完成形に近付いた

 気分が更に高揚していく、何度となく動きを確認していくうちに装備の色など忘れてしまった



「そろそろ出番です、宜しいですか?」


「ああ」



 夢中になり過ぎてあっという間に時間が過ぎてしまっていたが疲労感よりも技を試したいという闘争心の方が明らかに前に出ている


 衛兵にクラブと盾を預けて闘技場へ進む、クラブはちゃんと本番用とウォーミングアップようのただの木のクラブも用意されていた




 闘技場へ出ると笛と太鼓で歓迎され、名前が呼ばれ盾と練習用のクラブを持って中央へ進む


 相手はホプロマクス(重装闘士)、身長は175センチくらいで肉付きもしっかりしている

 円形の盾と槍、兜は小さめで目のところは格子が入っており頭の意匠は小さくトラが居る

 ルクマーンと同じく両足にオクレア、右腕にマニカという装備、色は真鍮のようなくすんだ金色に赤が差し色で使われている



 お互い顔をみあわせると色が派手だなと思って見合わせる



「二人とも全力で戦うのはもう少しあとでだ、始めるぞ構えて、始め!」



 審判が妙な空気感を感じたのか杭を刺した

 流石に二人ともパロス・セクンドゥス(準師範級、マツオ達もここに上がった)というクラスで生き抜いてきている人間だ、そのくらいは分かる


 牽制する程度の攻防で体を温める


 ルクマーンの体は最初からアツアツ、熱を逃さないようにフットワークも入れながら応対している



「そんなに動くとあとに響くぞ」


「もう体がやりたくてウズウズしているんだ、抑えるだけで必死さ」


「後で受け止めよう、勝つのは俺だ」


「受け止められるならな」



 興奮を理性がしっかり押さえているが半笑いになってしまうほどルクマーンのヤル気が上がっている



「一旦止め」



 審判が細い棒を持って割り込み、試し切りの時間が来た

 ほんの数分だがルクマーンは興奮が沈みこまないように体を動かし、お互いが武器を受け取り少し遠いところから審判がすぐに開始の合図を送った



「始め!」


「ウボオアアアアアア!」



 ルクマーンが雄叫びを上げ内に押し込んでいた煮えたぎる興奮を解き放ち自分の制御下に置いた



「(さっきの通りやるんだ)」



 ルクマーンは左足と左の盾を前に向け右手のクラブは中段で盾に隠して進む

 その妙な気配が伝わるのか相手は少し右へ回り込むように近付いてくる


 お互いの間合いまであと数センチというところで牽制し盾で弾き合う2人の距離を縮める動きが重なった時、2人共が動いた


 槍をまっすぐ顔へ付き出すホプロマクスを気にも止めず盾の内に半歩入って盾を全力で突き出すルクマーンの動きは狭間から見ていたマツオでもどうやったか分かっても目で追いきれない速さだった



『ドギャッーン!』



 ホプロマクスは体こそ盾で守れたが槍は斜め曲がり顔を強かに打ち付けた挙げ句に吹き飛ばされ2メートルほど転がされた

 今までの盾を壁にしたダッシュでさえ及ばないほどの威力をまともにカウンターで受けたのだ運良く盾が体の前にあったことで意識を失わずに済んだことは明白だ


 観客も審判も何が起きたのか分からないという顔をしている、打ち飛ばされた本人でさえそうなのだ

 隙間から覗いていた中でも数人しか気付けていない出来事だった


 なんとかふらつきながらも立ち上がり構え直すが衝撃が大き過ぎたのか真っ直ぐ立っていることも辛いし呼吸が苦しい



 ルクマーンはまだまだ気分だ、今度は突き出す盾をフェイントにクラブで叩く

 余りにも盾を警戒し過ぎて身構えて盾を当ててしまい頭部を守るものはなかった



『ギャンッ!グシャァ』



 スナップを利かせて振り抜いたクラブは兜ごと相手の頭を打ち抜き、あらぬ方向に兜が回って首の方向は右肩の方に畳まれ地面に叩きつけられた




「ウオオオオオオオオオ!」



 ルクマーンの雄叫びは不完全燃焼で終わったこと、興奮の逃し場がなく腹の底から全て捻り出すようなそんな悲しい叫びだった



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