敗残兵、剣闘士になる 069 生死の境目
初日の闘技会後半はハルゲニスのファミリアから出る者が居ないためメディケのヘルプに付いて回った
ここのメディケ達は整形外科の技術的には十分だが、内臓を観察することがなく出血や損傷部位の縫合や骨折の整復程度で重症度の確認が少ないことが気になった
同じことをガレノスさんも思っていたようで「体内への窓が開いたのに勿体ない」と終始ボヤいていた
なんとなく意味合いが違うような気がするが内臓を確認しなければならないという点では合っている気がする
後々腹膜炎や腸から漏れた便などで感染、壊死しそれが原因で死んでしまうグラディアトルも居そうだ
メディケの仕事が一段落したところで控室に戻るとルクマーンが相撲の四股と鉄砲(運び足)、摺り足をしていた
旅の途中にハーランドが教えていたのだがハーランドより(若いためか?)覚えが早く形も綺麗だった
ルクマーンは仲間の出番以外はずっと自分の体と対話するように反復して練習していたらしく大粒の汗をかいていた
「マツオ、終わったか」
「ああ、馬の終わりに皇帝陛下から夜来いと誘われたんだがどうしたらいいと思う?」
「どうもならないだろう?」
「まあそうだけど」
「じゃあ呼ばれるだけ呼ばれて行くしかないな」
「そうだな」
会話が終わってしまった
「帰ろう、迎えを寄越してくるんだろ?」
「そうだ」
「腹が減った、昨日の晩餐会も食いそびれたしな」
「晩餐会って?」
「マツオ知らないのか?まあそうか、グラディアトル達が最後の飯かもしれないからってこういう公式戦の時には興行主が振る舞ってくれるのさ」
「知らなかった」
「今回は皇帝陛下だったから随分と豪華だったんじゃないかな、勿体無かったな」
「くぅぅ仕方ない、帰って肉を食おう」
「肉があるのか!」
「馬肉だがな」
そう、しっかり取りおきしてあるのさ
転倒骨折し安楽死させられた馬の肉をね!
ちなみにレースに使われた馬は全て牝馬だった
戦争に行くには牡馬、農耕や移動に使われるのが牝馬で繁殖出来なくなった老馬をレースなどに使い尽くさせられるのだそうだ
そんな老牝馬のレバー、バラ肉、喉肉を優先的に貰ってあり既に寄宿舎へ届けられている筈だ
肉と聞くと全員の準備が早くあっという間に整い川向こうの宿舎に戻った
大麦飯と煮豆、クズ野菜のドロドロスープは宿舎のおばちゃんが用意してくれていた
肉は老馬だけあり肉の線維が固い、バラ肉は線維を断ち切るように5ミリスライスにして包丁の背で叩いて線維を壊して塩を振り炙り焼き、レバーはとても綺麗だったので薄切りにして生のままオリーブオイルと塩で頂く、喉肉は塩といつぞや拾った乾燥ハーブ(雑草?)を塗り込んで漬け込み燻製にして帰りのおやつにする予定だ
そういえば小学校の遠足でおやつは1円(現在の価値で200円そこそこ)までって書いてあったな〜
「おやつ入れといたわよ」言われて、よっしゃー!と期待して開けたら生姜味噌だった時はショックだった〜
さすがに皆は仕合終わりだけあって食欲旺盛、どんどん肉が消えていく、ルクマーンも明日のためにと負けじと食べている
今日マリディアーンに出場した他の3人も「マリディアーンにはもう出るな」と言われたそうだ、これで全員がチロを卒業しパロスやウェテラヌスに混じって闘うことになると理解するとルクマーンを眺めて大きな溜息をついていた
ルクマーンは「大丈夫だ、お前達はやれる」と励ましていたが皆納得は出来ていないようでヤケ食いに走っていたように見えた
賑やかな食事が終わり夕方の仕合を思い出し心象風景の中で幻影と数多のグラディアトル達と闘いながら待てど使者は来ず、結局皇帝陛下からの招待はなかった
その理由は翌日に闘技場へ行って分かった
ガレノスに山火事のことを伝えたことで闘技会終わりにアレラーテで、そして朝イチでマッサリア(現マルセイユ)に馬で向かって災害対策のための物資の手配をし、船でニカイア(現ニース)へ向かうことになったそうだ
上が行動派でまた頭がいいと振り回される下の人間は大変だろうな〜でもそれが民衆の支持を集めるんだろう
闘技場に来ている人にも物資を送れるか派遣できる人材は居ないかなど闘技会前に話がされるなど重要地点らしい
マクシミヌス辞典を開くとオリーブオイルとワインは勿論のことハチミツ、テルフェジア(テルファス:食用キノコで香りが良い白トリュフに近いモノ)が有名でよく皇帝陛下も立ち寄るところなんだそうだ、本当によく知ってるな
闘技会の最初の競技ははエクィス(騎馬闘士)による対決から始まった
馬への攻撃は不可、馬上で槍を構えて闘技場のあっちとこっちからダッシュ、接近し交錯するときに盾で防御しながら槍で突くのだ
槍で押し落としてもよし、穿いてもよしだ
エクィスは属国の騎士だったものか酪農家さん、野生馬を捕まえてくる仕事の人、もしくはグラディアトルになってからある程度実力を付けた者でなければそもそも馬に乗れず馬上で槍を構えて攻撃など出来ないのだ、勿論自分も無理です
見ている分には楽しいが盾を弾き飛ばして体のド真ん中に槍が刺さった、そんな状態で運ばれてきたのを見るとやはり生死が表裏一体のものだと分かり身震いがする
今までの闘技会ではそんな風に感じたことがなかったこともあるがこれから当たるのはルクマーン達と同じクラスになる、今度は自分がこうなる番が来るかもしれない、そう思うと胸を締め付けるようなそんな苦しさと侘びしさを感じてしまう
「おい、大丈夫か!槍を抜くぞ!?」
「お、つ、つ」
槍に手を掛けようとしているメディケを止めて何かを伝えようとしているグラディアトルの気持ちが交錯していた
「抜くな!最期の言葉を聞いてやれ、もう助からない」
声を出してしまったがグラディアトルの方は分かったようで少し苦しさが落ち着いたようだ
グラディアトルの右手は槍を押さえつけ左手は左側に回ったメディケの服の裾を引っ張りメディケの顔を向けさせた
「妻を、同じヌメリウスの、んぅ、アンドレアスに、だのむぅ」
喋るごとに口に溢れてくる血を飲み込みながらメディケの腕を掴んで目を見開き遺言を残し「分かった、妻をアンドレアスにだな?」と復唱すると安らかな笑みを浮かべたまま早かった呼吸が少しずつ間隔を開け最後は息絶えた
ただ生を諦められない左手だけは強く強くメディケの裾を握りしめ死んでも自ら離すことはなかった
「抜いたら出血が溢れて話を聞いてやれないときもある、最期の言葉を聞いてやれるのはメディケしかいないんだ
槍は俺が抜く、遺言を伝えに行ってくれるか?」
対応したメディケは涙ぐんだまま服を引っ張り手から抜き取り走って行った
槍は指を一本ずつ剥がしてから引いたが肉が締まって抜けず、上下に切開を加えて抜いた
傷はまだナマだったこともあり髪の毛で縫って閉じて少し焼いて形を整えておいた
搬送用の奴隷に運んで貰ったが薄く笑みを浮かべた顔は痛みに耐えて歪んでしまった顔にも見えていた




