敗残兵、剣闘士になる 068 お誘い
登場口は馬で溢れておりまだ全頭出揃っていなかったためレースに遅れることは避けられた
1番最後に登場し最後方から他の選手を見ると明らかに1頭大きく毛艶の違うピッカピカの青鹿毛(全身真っ黒で一部褐色あり)で体高も高く浮いている金髪さんが居る
絶対に皇帝陛下だ、トーガこそ脱いでいるがチュニックから出る腕は筋肉質で脂肪が少ない
1番前が1番有利で1番安全とマクシミヌスも言っていたからまあ当然だろう
審判が赤い棒を上に挙げたらスタートだと言っていた、その前に一着が誰か賭けをするんだそうだが当然皇帝陛下に100%だろう、オッズは分からないが金ばらまいているようなもんだ
などと考えていると棒が上がった、中央に立って上げるもんだと思ったが外側だったので完全に見逃した
スタートダッシュで出遅れたし一人だけ跨がるどころか体育座りだったものだから一部からは笑われ「猿が馬に乗っているぞ」などと揶揄する声が聞こえて来た
最初はゆっくりと腰を下ろした状態で慣らしてから腰を上げて半モンキーライド、先頭から40〜50メートル、集団から20メートルくらい開いていたが問題ないだろう
少しずつ加速していきやっと半分まで来たときには先頭のコンモドゥスは速度を殺しながらコーナーを大きく曲がり加速していく
やっぱりコーナーで詰まるなと確信した
1周目は仕方ないゆっくり行こう
我先にとコーナーへ飛び込み最初の2頭の内側は木杭に足を搦めてしまい足が鐙に絡まったまま落馬、驚いた馬が何度も跳ね上がり踏まれ意識を失い馬はその上に横倒しとなって止まった
次は5頭横並びでコーナーに入った1番外側の馬が内側に斜行、外から2番目の馬が嫌がり下がった
最内にいる馬は曲がるスペースがなく棒の内側を馬が行こうとするが騎手が外に手綱を引っ張ったため馬に振り落とされ馬はそのまま走り続けたが落馬した騎手は振り落とされた勢いで背中から落下、内から2番目の馬も同じく棒の手前を曲がってしまい落馬した騎手の顔を後ろ足で踏み抜き足を痛めたのかひょこひょこ歩き止まってしまった
真ん中の馬はスムーズに棒を曲がれたが減速仕切らず外を回ってきた馬に接触し前足から崩れ落ちるように転倒、外の馬を巻き込んで落馬
結局曲がれたのは外から2番目の一歩引いた馬のみだった
転倒した馬、落馬者がまだどけられず次から回ってくる馬もかなりの数が巻き込まれ転倒、斜行による落馬が耐えず、結果最初のコーナーを曲がれたのは自分を含めて6頭だけだった
コンモドゥスとの差は半周とちょっと、なんなら独走状態だ
自分はモンキー乗りで最後尾から大外を回って悠々と走るマリレナ(馬)の邪魔にならないように重心移動を合わせている
2周目に入り前を走る馬に並ぶように大外から捲っていく、大外を回ることで距離は長くなるが速度はそれほど落とさずに済むためコーナーの抜けが速い
「(マリレナが年の割にヤンチャだ)」
心の中で思っただけ、口には出していないのに伝わったらしく頭を大きく振り速度をあげ始めた
かなり前につんのめって走るので落ちそうになるが重心の保持だけは大得意だ、しっかり膝下で背を挟み込み安定した姿勢を取る
2周目の終わりのコーナーを4番が回った直後に大外から棒のスレスレを速度を落とさずに回っていく
体を内へ傾けつつ外へ戻れるようギリギリの位置へついたため目の前に棒が迫る
グッと体を縮めてマリレナにしがみつくような格好になると回転速度が更に上がった気がした
鐙に足を掛け内股で挟み込みんで上体を安定させ馬の頭の上から常に前を見るため上半身を少し起こしていたが、頭が下がった瞬間だけ前を確認すればもっと重心位置を低く出来てマリレナに負担をかけずに済むのではないか?
これは仮説だ、競馬場で見たジョッキーより低い位置で体勢を取ってみよう、実証実験だ
上体をグッと下げマリレナの背から15センチくらいの高さで前屈みでキープ、恐ろしく臀筋と大股が辛い10分と耐えられなさそうだ
それからは快進撃だ、3周目コーナー回ってすぐ前にいた馬を外から抜く、3周半のコーナーで3番目の追いつきコーナーで外から抜き去る老婆すげえ
現在3位でコンモドゥス含めて前にはあと2頭、コンモドゥスとは半周以下に縮まって来ているし2位の馬もコンモドゥスのすぐ後ろにつけているが邪魔な騎手が乗っていない馬がその間にいる
身軽に動く騎手無しで棒の内を楽々回る馬の何とも邪魔なことか
コンモドゥスはそんな馬を避け、倒れて挽肉になった人間達を飛び越えながらスイスイとまるで馬が自分の足になったんじゃないかと錯覚するほどの腕前だ
後ろを走る2番手の騎手は逆にナニカを踏んでも耐えるというような姿勢でそれはそれで良い
マリレナは上手い具合に合間を縫って走る、老馬の癖に?いや老馬だからこそ足は軽快なのかもしれない
4周目に入り2番手の真後ろ付けるがなかなかに速度ものっており中々に抜けない、でもマリレナは後ろからプレッシャーを掛け続ける
コーナーを抜けたところで横並びで最終周に突入、コンモドゥスまで残り10m程度
一足早くコンモドゥスが最後のコーナー入る
マリレナは大外から巻き上げ減速せずコーナー内を攻めていく、そろそろ騎乗しているだけでも足がパンパンで辛くなってきたが最後の直線で追いつけるかどうか
マリレナが粘ってコンモドゥスの乗る馬の尻尾が鼻につくほど迫ったが速度を落とさずに行くと壁にぶつかるため最後の最後で減速した
コンモドゥスは減速せずまっすぐ突っ込み、ゴール位置を超えた瞬間に馬から飛び降り、地面を一回り勢いよくでんぐり返しして立ち上がり腕を押し伸ばした
「「「オオオオオオオオオオ」」」
大歓声の中、馬は軽く流してからコンモドゥスのところに戻ってきた
結果として残ったのは5人と7頭、15人は落馬で11人死亡、4人重軽傷、馬13頭は供養して肉を客に配るらしい
ゆっくり下馬してマリレナから降り抱き合ってお互いを称え合った
「お前はさっきのグラディアトルだな」
コンモドゥスに後ろから話し掛けられた
「はい、パロスと戦えと言われた者です」
「マギステルもしているそうだな」
「はい、メディケもしています」
「そうか器用だな
あの後3人防具なしのグラディアトルが居たが3人共驚くほど強かった、誰に師事したか聞くとマクシミヌス、ドライオス、マツオという3人だそうじゃないか
そのうち1人はパンツで出てきて杖で軽々相手を叩きのめした挙げ句に教えながら遊んでいたグラディアトルの名前があるじゃないか」
「聞こえてたんですか?」
「目の前でやってたら聞こえるだろう、そして適切な教えだったあの短時間でも十分身になるほど
でだ、夜ちょっと来い話がある」
「はあ、何処に?」
「迎えをやる」
「分かりました」
「ヨシ!じゃあ手を出せ」
「はい」
右手を差し出すと左手で掴まれて持ち上げられ、3着に入った騎手のところに歩き右手で左手を持ち上げて万歳をしながら小さく回った
顔を向けた方の観客は勿論、ウネリを上げるほどの大歓声を浴びたがなんとなく場違い感は燻った




