敗残兵、剣闘士になる 067 黄色い声援は大事
本日8仕合目、ビョルカンの登場だ
相変わらず武器は届いていないようだ
相手はプロウォーカトル、首から鎖骨下くらいまでを守る部分鎧が特徴的、細めの兜と中途半端な大きさの長方形の盾にグラディウス、右腕のマニカと左足にだけオクレアという装備だ
ビョルカンは大盾と槍のみ、兜もつけず後ろに一つ縛りにしている
食べ物の充足からか急激に筋肉が発達してきたし顔も細かったのが顎のしっかりした感じに変わってきたこともあり優男な感じに見える
上段からの黄色い声援がニゲルの時よりも大きい、黄色い声援は大事!
無難な木剣と木槍の打ち合いを終えた時に元々ボロだったビョルカンの盾の端の方が木剣なのに削られてきているように見えた
槍の試し突きは問題無さそうだったがその間もビョルカンは盾のボロさを確認しており首を傾けながら何かを考えているように見えた
槍を持ってから勝負はすぐに付いた
始め!の合図でビョルカンは盾を押し出しながら前に飛び出ると相手はそれに合わせボロい盾の持ち手の近くを狙ってグラディウスを突き出す
少しだけ盾を貫いて出たグラディウスにビョルカンは盾を押しハメてからすぐに手を離し両手持ちした槍で盾を貫いた
『ダァァン!』
「おっ!」「ひゃあ!」
隣のオッサンの声は気持ち悪かった
こちらからはビョルカンの背と貫かれた盾しか見えない相対する2人の動きは止まったままだ
朽ちた盾が槍とグラディウスで貫かれたこともあり徐々に裂け目が拡がり真ん中で割れて落ちた
「お?おぅ?おおおお」「おおおおおお」
会場の客も息を潜めて見ているようで朽ちた盾が闘技場内に落ちる音まで聞こえるほど会場は静かだ
槍の穂先は鳩尾で捉えたまま、顔を合わせて相手は盾とグラディウスを落とし助命のための左手を挙げた
ビョルカンはあれだけの勢いで槍を突き出したにも拘わらずちゃんと寸止めしていたのだ
「「「ウオオオオオオオオオ!」」」
「「「「キャーーーーーーーー!」」」」
花火の音が胸を打つように観客の声援が爆発した、もちろん助命され皇帝陛下からは昼間にも拘わらず月桂冠が渡される異例の事態となった
「いくら貰ったんだろうな〜」
「幾らくらい貰えるもんなんですかね?」
「アウレリウス金貨で数百枚ってこともあるらしいですよ」
「そんなに!?夢がありますね〜」
「そうですね〜」
ビョルカンは月桂冠を頭に乗せ会場の観客達に手を振りながらのんびりと歩いて闘技場を後にした
その後3回泥仕合が続き、休憩を挟んで乗馬での競走時間となった
「マツオ居るか?」
マクシミヌスが治療所まで来るときは大抵がダメなことだ
それにタイミングが悪い、最後の仕合で負けたほうだがグラディウスが左の目頭にまっすぐ刺さり失明はしていないが涙腺が断裂し涙が出ない事態になったのだ
そしてヘルプで眼瞼を縫っている最中で来よったんよ
ちなみに涙腺が閉塞しないように現在ではシャープペンの芯より細いシリコンチューブを涙腺に入れ込んで癒着を防ぎます
当時は縫って癒着したなら針で貫通させるという治療方法でした
「馬乗れたよな?」
「へ?」
「カヒームが出る予定だったんだよ〜代わりに出れないか?」
「ハーランドもビョルカンもダメなのか?」
「馬が怖がっちゃって乗れないんだよ」
「えぇぇ〜」
「頼む、行って駄目なら仕方ないから乗って!頼む〜」
「縫い終わった行きますよ、ほぼ素人なんですから負けて元々ですよ?」
「おお!おお!乗れれば何でもいいぞ!」
後の処置は他のメディケに任せて馬屋へ急ぐ
残っていたのは牝馬(メス馬のこと)、それもかなりの老馬だ
走れるのかどうかもあるが、まずは乗せてもらえるかどうかだ
歩いて近付いて顔の横に立つもジッとこちらを見ているだけで嫌がりはしないし前足や頭、首を撫でても気持ちよさそうにしている
毛艶は良くもないが悪くもない、触った感じも艶の少し落ちた着古した服のようだがそれはそれで良い物だ
「マクシミヌス、名前はどこかに書いてるのか?」
「小屋の横にマリレナと書いてある、よく居る女の子の名前だな」
「マリレナか、今日は走ってくれるかい?まだ乗ることに慣れてないから宜しく頼むよ」
鐙の高さを絞り上げ跨がり手綱を持つとマクシミヌスが柵を開いた
「そろそろ始まるぞ、闘技場へ行くぞ」
マクシミヌスが手綱の付け根を持って小走りで誘導すると老馬も合わせて走ってくれる
マクシミヌスから聞くところによると小さい闘技場内に20頭もの馬が犇めきあって一緒に走るらしい
闘技場内に2本杭が立ちその外側を5周先に回った人が勝ち、武器の使用は皇帝陛下が出るため今回は無し純粋に馬の速さと鞍上の腕のみの勝負になる
落馬しても再度乗り込めば継続可能、落馬後馬が止まらず走り続けることもあるし落馬した人間を踏んで馬が転倒することもあり命懸けなのだとか
絶対に落ちられない、落ちるだけでも死にそうなのに落ちた後も死ぬ可能性があるなんて危険過ぎる、しがみついてでも生き残ることが先決だ
頑張りすぎない程度に乗り切るぞ!
 




